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軽いリップ音が狭い室内に響く。

「きーんぐ?」

耳元で聞こえる女受けの良さそうな甘い声。さらりと流れた髪が首に掛かり、くすぐったい。
その感触を煩わしく思う。だが、首筋に顔を埋めながら何が可笑しいのかクスクス笑うこいつを見てると毒気が抜けてしまうようで、不思議と退けようとは思わなかった。

「キングは少し焦げ臭いね」

確か一昨日は「キングは太陽の香りだ。ダニやなんたらの死骸の匂いっても言われてるけど、やっぱり第一印象は太陽の香りだよねー」等とほざいてやがったような気がする。
薄情とかそういうことではなくて、これは単純にこいつの気分だ。天性の気紛れと生来の適当さがどんな配分で交わればこうなるのか、俺は未だに知らない。
もっとも知ろうとも思わないわけだが。

「キングがピアスしたらキングの熱で金具が溶けてキングの耳が溶接されちゃいそうだよねー。あ、でもそれだとキングは常時全裸になっちゃうか」

だったら、お前の耳を溶接してやろうか。
何処から拾ってきたか知らないピアスをしやがって。
何だかそれはこいつを拘束している何かに見えて、自分のものに勝手にマーキングでもされているような気がして、吐き気がした。
引きちぎってやろうかとピアスに手を伸ばせば十束はやんわりとその手を止めた。

「駄目、これはまだアンタにあげるわけにはいかないんだ」

また、またよく分からないことを。
妙に悟ったような口調が無性に腹立たしくて、ピアスに伸ばしかけた手を後頭部に回すとそのまま引き寄せ、口に噛みついた。
ガツンと鈍い音を上げながら歯と唇がぶつかり、舌を伸ばすとじんわりと鉄の味が広がった。

「……っ! ちょ、なに! 地味に痛いんだけど!」
「あ? なにってキスに決まってんだろ」

涙目で詰め寄ってくる馬鹿を適当にあしらいながら今度は背中に手を回し、しっかりと抱き止めてやる。
十束は暫くああだこうだと文句を言っていたが、次第に飽きたのか最終的には最初のように首筋に顔を埋める形に収まった。

「こうして最期、キングに帰れたら最高なんだろうね」

十束の体温は決して高くはない。俺が高いだけかもしれないけれど。
しかし、こうして密着しているとこいつにも人間らしい体温というものが存在していて、心臓はきちんと一定のリズムで音を刻んでいく何ら普通の人間なんだと実感できた。
呼吸だって、脈拍だって正常で正当で違和感なんて何もない。十束多々良は全くもって普通の男だった。
当たり前な筈のその事実に酷く安堵し、またその反面では十束多々良という存在の脆さに落胆……いや、恐怖した。もし、もしもこの男が消えた時、自分は果たしてどうなってしまうのか。
考えたくもない。真っ暗な闇の中に一筋の光すらも見つけられなくて、だから俺はその時、最期だなんて言葉を使う十束を酷く憎んだ。

「馬鹿言ってんじゃねぇよ、」



貴方と一緒なら、

俺は何処までだって付いていくのに、俺の身体は弱くて脆い。
せめて、せめて、この心臓が鉄で出来ていたら俺はそれを溶かして王様に差し上げられるのに。








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