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どうやら今日の仕事は衛宮のところと重なってしまっていたようで、ただいま旦那と切嗣さんが報酬について別室で依頼人と話し合ってます。

紙である俺も本当は付いていった方がいいんだけど、セイバーさんが一緒だと集中出来ないという切嗣さんの意思により俺も旦那たちとは別の部屋で待機することになったのだ。

「ねぇねぇ、セイバーさん」
「ん?なんだ?」

無駄に広く、簡易な机と椅子以外何もないがらりとした控え室のような部屋で向かい合うように座っていたセイバーさんが此方を向く。
先ほどまで、まさかの自前らしい炊飯器の中身をカレーの入っている鍋に投入し、食していたセイバーさんの口の周りは微妙に黄色くなっていたので近くにあったティッシュを渡す。

「あぁ、すまない」

ごしごしと口まわりを拭い、今度こそキリッと仕切り直す。

「セイバーさんってさ、切嗣さんと普通にヤってる?」

龍之介の問いに当然ながらセイバーは不愉快そうに眉をひそめた。

「ないな」
「あー普通にはヤってない系?」
「普通も何も、私は切嗣と身体を重ねるつもりはない」

きっぱりと言われた言葉に龍之介は首を傾げる。

「それじゃ、セイバーさんは切嗣さんと、」
「粘膜の接触くらいなら接吻で間に合うからな、そういうお前らのところはどうなのだ?」

セイバーの一言に龍之介は僅かに口角を引き吊らせた。
いや、引き吊らせてはいけない。
なぜなら龍之介はそのことを相談しようとしてたのだ。
でも、そうストレートに言われると言いにくいような、むしろ向こうからきっかけをくれたのは有難いわけなんだけど。
セイバーの直球すぎる問いかけに龍之介の頭は半分くらいショートしかけていた。

「ん…や、その…なんていうか…、旦那は…」
「そう勿体付けるな、ジル・ド・レェがどうしたというんだ」

口籠る龍之介を急かすセイバーの口元には初々しいカップルを茶化すかのような綺麗な三日月が出来ていた。
もっとも、それも龍之介にとって事態を話しにくくする要因にしかならないわけだが。
暫く悩んだ後、意を決した龍之介が口を開く。

「…旦那は、俺に傷を治させてくれない……っていうか、キスも駄目だって…いう…」

傷一つ浮かんでいない龍之介の綺麗な両手は、比例するようにジル・ド・レェの体に傷を残していく。
ジル・ド・レェ、彼の過保護は今に始まったことではないが、今よりもまだましだと思える時期が一時期だけ存在した。
その頃の彼は龍之介を抱くことはしなかったものの、龍之介の望む、エグいキスとやらもしてくれた。
それもこれも彼の気が弱ってしまっていたのが原因で、俺がしっかり旦那の意志を汲んで支えてあげられなかったのが敗因であった。
前に彼が術の反動で横っ腹を大きく裂かれた時、彼は龍之介を呼ばず、自らの腹を焼いて傷口を塞いでみせた。
後から駆け付けてきた龍之介が処置しようとするが聞く耳を持たず、家に着くなり自室に引き籠り、結界により一切の面会を拒絶した。
龍之介がやっと彼の部屋に入れたのは彼が高熱により倒れてからだった。
病み上がり、龍之介が傷を引き受けたと聞いた途端、彼は狂ったように叫び暴れ、嘆いた。
それ事件以来、彼はより一層、龍之介を過保護に囲いキスすらまともにしてくれなくなってしまったのだ。
セイバーも龍之介のいう言葉の深刻さに気づいているらしく、真面目な表情で龍之介に訊ねる。

「…言霊による移植も、」
「ない。旦那は俺を使おうとしないから」
「それでは、彼奴はっ!」

声を張り上げるセイバーに龍之介は目を伏せた。

「…これ以上の負荷は危ないって、言われた。…それに」

続く言葉がゆっくりと小さくなっていくのを黙って聞き入る。
龍之介は自分より後に生まれた…いうなれば、弟のようなものだった。
どちらかといえば、兄弟より天敵やライバル、戦友に盟友といった感覚に近かった今までの同族とは決して違う距離感。
自由で主従に縛られない龍之介のスタイルははっきり言って言霊師に仕える紙として好ましくないと思われたことだが、主が死に、時を同じくして紙を失ったジル・ド・レェに回されることとなった龍之介は正直言って可哀想だと思ったが、龍之介はそんな運命すら甘受し乗り越えてみせた。
失うことで初めて固執してみせた龍之介と失う恐怖から過度の執着を覚え、過保護になってしまったジル・ド・レェ。
なんだか、それが皮肉な組み合わせに思えた。

伏せられた睫毛がふるりと震えた。
ゆっくりと開かれた目蓋から溢れた水分がしっとりと睫毛と常闇のような瞳を濡らす。

「俺…、もしかしたら、さ…力、弱くなってるかもしんない」

呟かれた言葉にセイバーは目を見開いた。

「…どうして、」

理解できないといった様子のセイバーに龍之介は優しく微笑んだ。
まるで、それはジル・ド・レェに送る笑顔のように、あまりにも綺麗すぎるそれは人形のようで、龍之介が一体何を意図して使ったのか分からない。
否、分かりたくない。
龍之介が口を開くのと同時に首を横に振るが、お構いなしに続ける。
そして、その言葉に頭を鈍器で殴られたかのような鈍痛が走った。
何も言えず、呆然としているセイバーのことを特に責めも笑いもしない柔らかな視線で見つめる龍之介の顔には何処と無く諦めのようなものが浮かんでいるように感じられ、また運命だと言って甘んじるつもりなのか。
立ち上がり、叫ぼうとした言葉は喉に張り付き、乾燥した喉がひゅっと音を立てるだけに留まる。
机に身を乗り出した格好で動くことも出来ずに固まるセイバー。
一生懸命言葉を紡ごうにも何て言ったらよいのか、それすらも分からなかった。
私は何も知らない。
龍之介のことを何も知らないのだ。
その事実が胸を締め付けた。
ぎりっと噛み締めた奥歯が軋む。

「龍之―「リュウノスケ、終わりましたので帰りますよ」

やっとの思いで顔を上げ、口を開いたのを見計らったかのように顔を出したジルが龍之介に手を振る。
途端、先ほどまでとは打って変わって無邪気な笑顔を浮かべた龍之介が立ち上がり、ジルの元へと行こうとし、何かを思い出したのか机まで戻ると、セイバーにそっと耳打ちをした。

「…セイバーさん、今日は聞いてくれて、ありがとう。あと、このことなんだけど…」
「案ずるな、元より誰にも言うつもりはない」
「ん、ありがと……アルトリアさん」
「…都合のいい奴め」
「あははは、ごめんごめん」
「良い、ほら、もう行ってやるがいい」
「うん、じゃあまたね」
「あぁ、また会おう」

そう言い、ジルの元まで駆け足で戻っていった龍之介の背中をじっと見つめる。
二人寄り添うように去っていく姿に、ずっとこのまま続けばいいと純粋にそう思えた。
嗚呼、しかし、どうして、あんなにも容易く二人から幸せが逃げていくのだろう。
そんな虚無感に包まれながら、ふと気がついた。

商談が終わったというのに切嗣が来ない。

そう思っていると再び扉が開き、思い出したのかようなジルの目が此方を向いた。

「そういえば、彼の術師は話し合いが終わり次第邸から出ていくので、てっきりもう帰られていたのかと思っていたのですが」

まだ用件が残っているのですか?

そう問いかけるジルにセイバーの何処か大切なところがプツリと切れるのを感じた。

「きぃいりぃいいいつぅぐぅううううっ!!!!貴様ぁああ!!!」

怒号をあげながら走っていくセイバーにジルはくすりと笑みを浮かべた。

「…だんな?」

隣で見上げてくる龍之介の頭にぽんと手のひらを乗せ、曖昧に笑っておく。
どうやら、もう朝のことは怒ってないらしい。
その切り替えの早さに驚いたが、それ以上に此処に残るのは危険と判断し、龍之介の手を引きながら外へと向かう。
沢山の疑問符を浮かべている龍之介の仕草がまたいとおしく、いじらしいとジル・ド・レェは青年と出会ってから何度目となるであろう数多の幸福を噛み締めるのであった。






≪おまけのおまけ≫


「待ってください、何ですか、この明らかに偏った報酬!」

ジル・ド・レェの叫びが客室に響き渡り、死と呼ぶに相応しい瞳をした男が目を細めた。

「いや、僕はちょうどいいと思うよ」
「どうしてです?」
「僕は妻と娘の為に頑張ってるからね。それに銃器は意外と値が張るんだ」
「術師なら術師らしく言霊を使いなさい!」

ばんっと机を叩き、隣を睨むも全く効果はない。
むしろ、依頼人の額に浮かぶ滴が増えたくらいだ。
構うものか、此方も生活がかかっているのだ。

「それを言うなら、ジル・ド・レェ、君も変わらないと思うんだが、どうかな?」
「私の場合は貴方の紙嫌いではなく、龍之介のことを思っての行為ですので一緒にしないでください」

不毛な言い争いは次第に激化していき、終いには自分がいくら質素な生活をしているのか、おでんの具まで話し合ったが一向に譲る気配はなく、ジル・ド・レェは最終手段として一度席を立つことにした。

「ちょっと失礼します」

一生帰ってくるなと言わんばかりのその顔も今に歪むのかと思うと実に愉快。
こうして、ジル・ド・レェは終わってもいない商談を終わったと言い、切嗣限定で沸点の低いセイバーの怒りを煽って、商談事態を破綻させてやろうという計画に移ったのだった。
報酬は惜しかったが、それほど生活には苦しんでいない。
更に元より低い報酬である今回の依頼は別に二分の一程度をもらったところで何も変わらなかったりする。

そんなこんなで龍之介の手を握りながら破壊音の止まない背後を笑顔で見送った。








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