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※雨が降りそうな仕事帰りの龍ちゃんと旦那


その日は朝からずっとどんよりとした陽気で、雨が降る前に帰ろうと思っていた。
とはいえ、仕事柄そう簡単に予定を弄れるわけもなく、今日は少し…というか、かなり長引いてしまった。
ケチでがめつく諦めの悪い社長を言いくるめ、取引が終わったのは日が沈みきり、世間様が活動を終えてしまった時間帯で。
取引先のビルから出たとき、すでに空は分厚い雲に覆われ、星も見えない正に降りだす直前の空模様であった。

「あちゃー…こりゃ、一雨くるね」
「迎えを呼びましょうか?」
「んー悪くはないけど、遠慮しとく」
「あまり迷惑をかけたくない、と?」

旦那の問いに俺自身、首を傾げてしまう。
迷惑、迷惑をかけてしまうのは確かに忍びないし、申し訳ない。
けれど、この気持ちはどちらかというと。

「旦那と二人で帰りたい」

それに迎えはランダムなのだ。
そのとき、家にいた人が当たるからわりと適当で、最悪、家主の雁夜さんが出ることになる。
というか、ほとんどである。
紙様の帰巣本能なのかどうかは知らないが、雁夜さんの作った紙様とその所有者の多くが彼の家に住んでいるか、定期的に帰って来たりしているのでかなりの確率で夕食の席は埋まっていたりするのだけれど。
重い腰を据え、よほどのことがない限り動かないのが彼らのクオリティなのである。

「旦那、急ご」
「分かりました」

雨が降ったら、紙様である旦那が濡れてふやけてしまう気がしてならない。
そんな柔な作りではないとよく笑われてしまうのだが、梅雨にバテてしまっている旦那を見ているだけに、放っておけないのだ。

「旦那ぁ、旦那って濡れたらアンパンみたいに頭とか交換しちゃう感じ?」
「いえ、もっとデリケートな作りをしているのでなんとも」
「そっかぁ」

早足で最寄りのバス停を探す。
本来ならタクシーを捕まえているのだが、生憎、今日は手持ちがこざっぱりしていた為、バス停を探していたのだ。

「明日っていうか、もうすぐ今日なんだけどさ、久々に予定空けてあるんだぁ」
「ほぉ…一日ですか?」
「うん、最近ずっと仕事詰めだったから」

乏しい外灯に照らされたバス停の看板が見えてきた。
屋根付きのベンチにほっと胸を撫で下ろす。
明日は旦那と一緒に古書を探すのも悪くないけど、家でごろごろするのも悪くない。
出掛けるなら出ていく時、雁夜さんが買い物を頼んでくるだろうし、家で休んでいても雁夜さんがおつかいを頼んでくるのだろう。
だから、ずっと好きなことだけが出来るわけじゃないけど、面倒臭いことを一時的にでも忘れることができる。

バス停に辿り着く。
時刻表を見に行こうとすると旦那が静かに制止し、ベンチに座るよう促された。
とりあえず、腰を下ろす。
旦那が数歩先の時刻表を眺め、戻ってくる。
空けておいた隣をとんとんと叩くと旦那もそこに腰かけた。

「どうやら、最終があと五分ほどで来るようです」
「ラッキーじゃん」

まだ雨は降らない。
もしかしたら、この調子で家まで持ってくれるかも。

誰もいないバス停で、たまに道路を走る車の光に目を細めながら旦那の肩に寄りかかる。

「疲れましたか?」
「…ちょっと眠いかも」

言うと旦那は俺の体を倒し、上体を横たわらせるようにして俺の頭を膝に乗せてくれた。
所謂、膝枕というやつだ。
優しい手つきで頭を撫でてくる旦那に本気で眠気が襲ってくる。

「おや、」

不意に旦那の手が止まり、声を上げる。
そんな旦那の様子を不審に思い、視線を上げた。

「…頬に少し傷がありますね。気付けなくて、申し訳ありません」

そういって旦那は俺の顔を掴むとおもむろに頬を舐めた。
それからゆっくりと唇が落ちていき、やがて唇が重なった。
優しく口内を犯していく舌に寝惚けた頭でぼんやりと対応する。
次第に足りなくなる酸素に頭がくらくらしたが、それ以上に癖になる。

暫く口付けを交わしているとバス停が明るく照らされ、バスの到着を告げた。

いつの間にか夢中になっていたらしい、ゆっくりと離れていく旦那の舌が恋しかった。
バスの扉が開き、運転手が気まずそうに此方に視線を寄越してきたので愛想笑いを浮かべながら乗り込む。

バスの中はがらりとしていて、俺たちの他に二、三人くらいしかいなかった。
新しく乗った乗客には興味がないらしく特に反応といった反応はない。
気にしないで真ん中辺りの席に座わる。
俺が窓際で旦那が通路側。
バスが動き出すと、中は更に静かになったような気がした。

そんな空気に当てられ、うとうとしていると旦那の手が後頭部に当たる。

「着いたら起こしますから、」
「…ん、」

ありがと、旦那。

目を閉じると一気に眠気が襲い、意識を手放した。




ザァ…ザァ…と遠くに聞こえる声に瞼を開けると、そこはまだバスの中だった。

「…だ、な…」
「もうすぐ着きますよ」

どうやら、十分ほど眠ってしまっていたらしい。
靄のかかった意識を無理やり起こし、外を見ると窓が少し濡れているようだった。

「雨、降っちゃったね」

旦那の肩に寄り掛かりながら呟くと欠伸が一つ零れた。

「バス停で迎えを呼びましょう。さすがにこの雨では体に障る」

うん、分かった。
旦那、紙様だもんね。

答えられたか、どうか分からないけど、強烈な眠気が再度やってくる。

「まだ眠っていても大丈夫ですよ」

旦那に頭を撫でられると眠くなる。
だけど、もうすぐ降りなきゃだから眠らない。
意思表示をするように首を振るがかくりと虚しく揺れるだけに止まってしまう。
自動で下りる瞼を必死に上げようとするが、叶わず。
旦那の手が優しく背中を叩けば、もう負けるしかなかった。

「眠りなさい、リュウノスケ」

旦那の低い声が頭に響き、ふと思う。

明日も明後日もずっとずっと先もこうして旦那と一緒にいれたらいいなぁ。


「おやすみなさい」








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