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※アンパンのアニメが観たい龍ちゃんの話


「リュウノスケ、そろそろ自身の顔を子供たちに貪らせるヒーローの時間ではないのですか?」

今時、術師というのは現場仕事だけでは成り立たないらしく、書面に向かい合うリュウノスケはかれこれ二時間作業を続けていた。
達者とは言い難いが、流れるようなリュウノスケの字は嫌いではない。
それをずっと眺めていたい気持ちを抑え、リュウノスケに時間を告げる。
最近のリュウノスケの流行はどうやらアンパン頭のヒーローにあるようで、平日は毎日欠かさず観ているのを記憶していた。

「まじかぁー…ちょっと待て、」

延々と字を見ていて疲れたらしい目を指で解す仕草がなんとも言えない。
長時間、足を組み座布団に座っていた為、凝り固まった筋を伸ばすように真っ直ぐ伸ばされた細い足が目に入る。
ぱきんと小気味の良い音がした。

「ずいぶん凝っているようですね」
「んー俺、やっぱこういうの向いてないわぁー」

何を仰います。
貴方、気に入った書物があれば五、六時間は同じ体勢でしょう。
なんて言葉を呑み込みながら、目の前に伸ばされた両腕を掴み、持ち上げた。

「うわっ…は、あはははっ」

万歳をするように持ち上げられたリュウノスケをそのまま立ち上がらせ、宙吊りにする。
何が可笑しかったのか身を捩らせながら笑うリュウノスケの足が身長差故に空を切った。
頭をがくりと後ろに仰け反らせながらリュウノスケが此方を向く。
逆さまのリュウノスケの顔に刻まれているのは間違いようもないくらい期待に包まれた笑み。
これから何すんの?なんて耳を立て、尻尾を振っているように見えなく―…見えました。

「なぁに、旦那?」
「居間まで運んで差し上げましょう」

宙吊りのリュウノスケの手を持ち直し、向き合うような形にするとリュウノスケが嬉しそうに目を細めた。

「旦那が運んでくれるの?」
「もちろん、貴方が良いと言ってくださるのでしたら」
「いい!めっちゃいいに決まってんじゃん!!」

体をくの時に曲げ足をばたつかせながら、全身でアピールするのは大変可愛らしくて良いのですが、軸となる腕が揺さぶられ支える此方としても、かなり不安定です。

「では、リュウノスケ、暫し我慢を」

疑問符を浮かべるリュウノスケが言葉を発するよりも早く、知る限り一番ソフトであるやり方でリュウノスケの体を後ろに回した。
体操などで背中を合わせながら筋を伸ばすあれを思い浮かべていただけたら、分かりやすいかと。
頭上に伸びたリュウノスケの手をしっかりと持ち直し、背中に上げるように体勢を整える。

「い゙っいだっ!だ、だんなぁ!いたいっ!つる!うでつるっ!!かた、はずれるっ!!!」

足をバタバタさせながらもがくリュウノスケが見れないのは実に残念だったが、アンパンのアニメまでそう時間もないので移動を開始する。

「体が程よく伸びるんじゃないですか?」
「ゃ、もっ…十分だからぁっ!いたいっ!い、たぁっ!!」

きっと居間に着く頃には涙目になっているだろうことを想像し、たまには睨まれるのも悪くはないと思った。




「雨生くん、ちょっと明日近くのスーパーでタイムセールが…って、なんで君らそんなに離れてるの?」


数十分後、新聞と一緒に挟まれていた近所のスーパーのチラシを片手に居間にやってきた雁夜は異様な光景を目の当たりにすることとなる。
その異様な光景とは、夕食前は必ずと言ってもいいほど、並んでアンパンのアニメを鑑賞し議論している筈の雨生龍之介とジル・ド・レェが対極の位置に座り、あの雨生がジル・ド・レェを睨んでいるということだ。
何処と無く、涙目である雨生は自身の両肩を抱きながら警戒心むき出しでジル・ド・レェを睨み付け、一方睨まれている方のジル・ド・レェはニコニコと雨生のその様子を眺めている為、和解には時間がかかりそうだった。
どちらが悪いかは一目瞭然だったが、あの様子では楽しんでいるのだろう。

テレビの中では今日も雨生龍之介が言うところの悪くなった頭が新しい頭にぶっ飛ばされ、すり替えられているところだった。

とりあえず、スーパーのタイムセールに関してはどうせ夕食後には和解しているであろう二人が和解するまで待とうと『我様』と書かれた紙の下で纏められている座布団を人数分引き出し、並べる。
一枚、足りないことに気がつき、昔、桜ちゃんが使っていた小さい音の出る椅子を我様のところに置いておく。

嗚呼、今日も平和だなぁ…なんて手元に残ったチラシに視線を落とした。








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