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あのとき、もとと北原のことを話したとき。我ながら誤解されても可笑しくないことを言ってしまった。
それがどんな形であれ、北原を期待させてしまう結果になってしまうことだけは避けたかったというのに。


「お兄さぁああんっ!」

元気いっぱい駆けてくる北原に軽く目眩がした。





「お兄さん!お兄さん!お兄さん!!僕のこと真剣に考えてくれてるってつまり、そういうことですよね!?」

まくし立てるように言う北原。
こんなことなら、やっぱりもとにあんなこと話すんじゃなかったと後悔した。
ていうか、そんなに目をキラキラさせたって、

「お前が期待してるような、そういう意味じゃなねぇーよっ!」

今にも飛び付かんとする北原を押さえながら、言う。
こいつの場合、本当に飛び付きそうだから怖い。そんなことしないって分かっているのに。

「え…違うんですか?お兄さんに褒めてもらったと思ったのに」

がっかりしたように肩を落とす北原。嗚呼、違う。
褒めたのは本当のことで、誤解されたくないのはその先の好意。北原とは抱いているであろう色が異なる好意。
その気もない癖に、変に期待させたくない。
北原には、もとと幸せになってほしいんだ。それが俺の本心。

「あー…いや、そうじゃなくて」

なんて言えばいいんだ。
悩む俺に北原は、

「分かりにくいんで、直接褒めてください」

なんてふてぶてしく言った。しかも、凄く笑顔。

「神経図太くて無鉄砲」

間を置かずに返してやった。北原はポカンとしたあと、ふっと吹き出た。

「それ、褒め言葉じゃないですよね?」
「そうか?」

俺も、大概ふてぶてしいような気がしてきた。
そんな俺の態度に気を害した風でもない北原は嬉しそうに笑う。

「でも、嬉しいです」

こいつ、本当に変態なんじゃないか?こんな奴にもとを任せられるのか、不安を覚えなくもない。
過保護か。俺にそんな権利ないことくらい分かってる。
僅かに顔を歪めた俺の変化に目敏く気づいた北原が目をすぅっと細めた。

「…お兄さんは、僕に何を期待してるんですか?」

「は、お前に期待とか、するわけ…」
「そんな顔、されながら言われても説得力ありませんよ」

どんな顔だ。
思わず、自分の顔に触れて確認してみるが、当たり前だけど分からなかった。

「凄く泣きそうな顔、もっと…貴方は自分に素直になるべきだ」

北原はさっきまでのふざけた顔を引っ込め、真っ直ぐ見つめてくる。
居心地の悪さを感じ、視線を逸らした。

「俺は、幸せになってほしい。もとと、お前と、」

多分、そこに俺はいない。別に二人がくっつかなくたっていい。幸せにさえ、なってくれれば。
なのに、どうしてコイツ"ら"は。

『お兄ちゃんは、本当は―――…』
『馬鹿、ちげぇよ。お前は変なこと考えてないで、大人しく部屋で勉強でもしてろ』
『でも、』
『大丈夫、兄ちゃんはちゃんと分かってるから』

分かってるから、頼むから、どうか、聞かないでほしいのに。どうして、

「お前たち二人は本当、なんでか似てるよ」

悔しいけど、そっくりだ。
人の傷口に触りたがる。
痛いのに、痛くないフリをしなきゃいけない、変なプライドごっこ。わざわざそんなに心配しなくてもいいのに。
自慢の妹と弟を持てて幸せだ。俺は幸せだから、だから何度もいうようにちゃんとした道を歩んでほしい。

俺は兄としてしかお前と接することが出来ないんだ。

先輩よりも、友達よりも、親友よりも、家族よりも、後輩なんかよりも、一人の兄としていたかったから。
それでも、思いに応えてやれないことが何よりも苦しくて、そうだ。これはきっと、

イケナイことだったんだ。

天罰が当たっても可笑しくない。実際に下ったまでのこと。
もう疲れたんだ。元に戻るって決めたんだ。恋する乙女になんて野郎がなれるわけがなかったんだ。

「俺はお前の兄でいたいよ」

俺は、お前の兄で、痛いよ。

無理やり口角を上げながら、不器用に笑ってやると北原が悔しそうな顔をしていた。
ざまぁみろ。





『ねぇ、お兄ちゃんは、本当は何かを期待してるんじゃないの?』


「ばっかじゃねぇーの」

あんな苦いの、ごめんだよ。


胸がいたくて、いたくて、張り裂けそうなのです。








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