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※成人してます、付き合ってます





やってしまった。

完璧、井浦くんに嫌われてしまった。

『そんなに俺と一緒にいるのが嫌なら別れればいいでしょっ!!』

耳に残るのはつんざくような怒鳴り声とバンと叩かれた安い机の無機質な音。キッと睨み付ける瞳は濡れていて。


『井浦くんこそ、本当は嫌なんじゃないですか?嫌なら勝手に出ていけばいいじゃないですか』
『…っ!!〜〜もういいっ!!あかねなんて、あかねなんて…っ』


『だいっきらいっ!!もう知らない!!!』


きっと僕は彼を傷付けてしまった。

原因は些細な口論。何でもない日常風景。だけど、何故か引くに引けなかった。変な意地の張り合い。それの結果がこれだというのなら、なんて下らない。
事実、井浦くんは財布と携帯だけを持って出ていってしまった。僕の部屋に残されたのは彼の雑誌やCDといった私物と僅かばかりの匂い。彼が此処にいた証拠。
もう戻って来ないかな。
見たくないですよね、僕の顔なんて。

「…はぁ」

もう何もかも、嫌になってしまいそうだ。
あんな喧嘩しておきながら、止めもしなかった癖に。


「……まだ、」




あれから何もする気が起きなくて、今日はコンビニの弁当でも買って食べよう、と出掛けたのが一時間前。
それから井浦くんのいた部屋に戻るのが嫌で少し離れたコンビニに長居して、遠回りをして。それでも、結局帰ってきてしまう。

部屋の前までくると、誰かが自分の扉の前に座り込んでいるのが見えた。
それは、

「…井浦くん」

名前を呼ぶとビクリと肩を揺らし、井浦くんが顔を上げる。
なんて、なんて情けない顔をしているんだろう。今にも泣き出しそうな、迷子の子供のような顔。井浦くんがゆっくりと口を開いた。

「……遅い、」

どこ言ってたの、低くいじけたような声。まさか、一日も置かずに井浦くんが来るとは思わなかったので、正直頭の中が真っ白だ。
でも、何してるんですか?なんて喧嘩の続きのような言葉、言えるわけもなく。また井浦くんのすがるような顔に半ば出鼻をくじかれたようで、どうも強く出られない。

「…コンビニ、行ってました」
「そう、…なんだ」

井浦くんはそれだけ言うと、一人納得したように視線を落とした。

「部屋、入れないんでいいですか」
「あ、ごめん」

そそくさと立ち上がり、井浦くんは扉の横に退いた。鍵をポケットから取り出しガチャガチャと錠を外して、扉を開くと玄関の明かりを付ける。
レジ袋を片手にバランスを取りながら靴を脱いで、後ろを振り返った。
そこには変わらず、どうしたらよいのかとおろおろ視線をさ迷わせる井浦くんの姿。本当、何してるんですか?

「早く、上がってください。虫が入ったらどうするんですか」
「ぁ…う、うん!」

声を掛けるとぱぁっと顔を明るくして、それから慌てたようにパタパタと此方にやってくる井浦くんに小さく笑みを浮かべた。

部屋に入り、カーテンを締めて電気を入れる。何処か居心地の悪そうな井浦くんを横目にコンビニで買ってきたアルコールを机に並べた。

なんて、声を掛けたらいいんだろう。誘ってはみたものの、きっと井浦くんは荷物を取りに来たんだ。
それが終わったら帰ってしまうし、もう戻ってこない。でも、そんなの、そんなの嫌なんです。

「……あかね、」
「なんです?」

冷蔵庫を漁り、つまみになるものを探す。生憎、小さいものがあまりなかったので適当に肉でも焼こうかと、手を止めたとき、


ぎゅっ。

なんて、腰の辺りに圧迫感を感じた。

「…ごめんっ、あかね」

嗚呼、抱き付かれたのか。とか思うのと同時に口角が上がったような気がした。

「…ごめっ…なさ…い…」

きっと井浦くんは今、泣いているのだろう。ふっと小さく笑みが溢れる。

「枝豆、枝豆がきれてますね」
「……?」

不思議そうにことりと首を傾げた井浦くんの頭を優しく撫でながら、手を取る。

「ほら、買いに行きますよ」

触れた温もりに愛しさを感じて。
なんだ、君も一緒だったんだ、なんて。








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