『愛してる』なんて簡単に言うものじゃない。奴らはいつもいつでも私達を見張っているのだ。
♂×♀=○
「とおる」
私は彼奴を名前で呼ぶ。
「なんだ、吉川」
彼奴は呼ばない。ムカつくけど、当たり前。
「一緒に帰ろ」
「あぁ、いいぜ」
誘えば、断らない。私が傷付くとか思ってるのだとしたらそれは間違いで、女の子は繊細な生き物とか考えてるのならそれは良い迷惑だ。私をなめてもらっては困る。なんて強がってはみたけど、まぁ悪い気はしなかったりもするんだから女心はなんたらだ。
「今日さ、とおるの家行ってもいい?」
「相変わらず、でかー」
きっと塀を辿って歩いたとしても塀は終わりなく続いてるし、限りのある屋根の下には地下室とかがあって延々と下に伸びてるに違いない、もしかしたら横に広がってるのかもしれない。あり得ないことだとしても、とおるの家は私にとってそのくらい大きかった。
「おじゃましまーす」
玄関をくぐればお手伝いさんがやってきて、長い廊下を進んだ先にあるとおるの部屋に入るとお茶やお菓子を出してくれる。とおるの家には沢山の物があるけど、私が一番好きなのは温かい背もたれだったりする。
ゲームをやりながらとおるに乗っ掛かるのが何気に一番落ち着く。
「吉川重い」
女の子に重いとか言うな。そんな思いを込めて後ろに体重をかければ小さく呻くような声が聞こえた。ざまーみろ。
とおるの胸辺りに預けた頭をぐりぐりして遊んでると不意にとおるの手が肩を掴んだ。
「…?」
そのまま、とおるが起き上がると形勢逆転。頭のてっぺんに乗せられた顎とか、背中に掛かる体重とかが無駄に重い。前のめりに潰れそうになる私の胴体にとおるの腕が絡まり、いわゆる抱っこである。
「…重いんだけど」
「あーそーかよ」
気のない返事。ちょっとやめてよ。ばたばたと足を動かしたら、とおるが小さく笑うのが聞こえた。
「ばか」
私は重いって言ってるんだよ。早く退いて。それと、
「……――めて」
「ん?吉川、なんか言ったか?」
「さっきから重いって言ってんじゃん」
嘘、抱き締めて。本当は本当は。でも、あんたはきっと気づきはしないんだ。そう思うと無性に空しくなって、溜め息すらこぼれ落ちる。
「…はぁ」
少しは甘い雰囲気で愛してるとか言ってくれてもいいじゃん。
どーして、私たち、こんな中途半端なんだろう。
愛してというには遠くて、好きというには近すぎる。恋人未満の恋人もどき。恋人じゃないんだよ。恋人じゃない。だから、私にそれ以上錯覚させないで。とおるとこれ以上近づいてしまったら、
「…お前、ちょっと体温低いんじゃね?」
ぎゅっと身体を寄せるとおるの体温と匂いが私を踊らせる。
好きだよ、とおる。この距離感が。まるで恋人のようで。私たち、本当に付き合ってるみたい。偽物じゃないみたい。
いいなぁ、いいなぁ。何がいいな、だよ。私、とおるが好きだからとおるとずっと一緒に居たいんだよ、愛してほしいわけじゃないんだよ?
「とおるは、熱いね」
これじゃ、ユキが溶けちゃうよ。