『あれ、そんな古いのどうしたんですか?』
『いやーを掃除してたら出てきたんですよー懐かしいなぁ』
大好きで大好きで堪らなかった玩具がある。
それは兵隊の形をした人形。
何処に行くにもずっと一緒で、絶対に離そうとはしなかったからよく母さんが頭を悩ましていたのを覚えている。
マスケット銃を後生大事に両手に抱えた兵士は所々色褪せていて、首の辺りにボンドの痕が残っている。
昔、遊びすぎて折ってしまったのだ。
その日は一晩中泣きに泣いて、直してもらってからは大事に大事に扱うようになった。
大事に扱われてきた人形も歳を経るごとに遊ぶ回数も減っていき、次第に存在すらも忘れていくようになる。
そんな今まですっかり忘れていた古い人形を最近、家の物置で見つけた。
懐かしさのあまり持ち帰ってきてしまったが、どうしようにも今住んでいる狭いアパートには飾る場所なんてなかった。
手放すには込み上げてきた愛着心が大きすぎる。
そんなこんなで仕方なく職員室の机に置いていたら、目敏く安田先生がやってきた。
「あれ、そんな古いのどうしたんですか?」
「いやー掃除してたら出てきたんですよー懐かしいなぁ」
「ふぅん」
特に興味がないといった様子で人形を眺めていた安田先生がポツリと溢す。
「可愛いですね」
「へ?」
「いや、可愛いですねって」
これ、英国の奴ですよね。
手に持ってるのはマスケット銃ですか?
なんて言う安田先生に少しだけ驚いた。
「詳しいんですね」
「こう見えても先生ですから、英語だけど」
緑のハイネック姿の安田先生は特に自慢するわけでもなく、淡々と言ってみせる。
そりゃ、そうだ。
安田先生は女子の前で言う冗談くらいでしか自慢なんてしない。
そんな自身のことを冗談として扱えるから、きっと安田先生は生徒に人気があるのだろう。
「やっぱり安田先生は凄い人ですね」
「中峰先生に褒められたって嬉しくありませんよ。どっちかっていうと女子に尊敬されたいです」
「あっはっはっはっ安田先生は実に愉快な人だなぁ」
安田先生の冗談は好きだ。
「あ、そうだ。これ、良かったら貰ってくれませんか?」
「え…いや、」
古い人形を上げるなんて失礼だと思うが、なんとなく安田先生にあげたくなった。
「私はもう使いませんので」
「…俺も使わないんですけど」
「貰ってはくれませんか?」
「……っ、」
知ってる。
安田先生は頼まれたら断れない人だと。
嗚呼、狡い。
「…仕方ないですから、貰ってあげます」
でも、安田先生の気持ちも知ってる。
この人形を可愛いと言った言葉に嘘はないことと少しだけ嬉しそうな顔をしていること。
本当、素直じゃないからなぁ。
昔から大好きで手放せなかった人形があった。
今はもう手元にはない。
手元にはないけれど、きっと愛されているのだろう。
ちょっと恥ずかしそうにツンと顔を背けている彼によって。