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好きとか、嫌いとか、俺にとって彼奴はそんな存在じゃない。
もっと重くて、必要で。
何とも言えない。
隣に居るのが当たり前になりすぎて、見失ってしまう。
触れたら壊れてしまいそうで、そんなことあるわけないって誰よりも知っているはずなのに。
ただ、見守ることしか出来なかった。


「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい」

昔から一緒にいるのに、俺はこの家の玄関を潜ったことは数える程しかないのだと最近知った。
意外に妹を大切にしていること。
家では煩くないこと。
家族について干渉されるのが苦手なこと。
沢山、秀のことを知っていると思っていたのに全然知らなかった。

「秀。この間、借りたCDなんだけどさ」

幼なじみなら、我が家のように歩けるなんてわけもなく。
俺は秀が茶を煎れる姿を後ろから眺めるばかりだった。

「んー?」
「もうちょっと借りてていい?」
「いーよー」

気の抜けるような返事をした秀はお盆に何故か、4つお茶を載せ、やってきた。

「多くないか?」
「もととデコロックの分」

最近、秀が気に入っている後輩。
本人は断じて認めたがらないが、俺には分かる。
だから。

「秀って好きな人とかいる?」

俺が一番か、どうか。
幼なじみである俺はどうやら、このポジションでは満足してないらしい。
それか、幼なじみが一番であるのが当たり前なのか。
変な話ではあるが。


そんな馬鹿なことに浸っていた俺は秀が僅かに顔色を変えたのにも気が付かず。
どんな思いで応えたのかも知らない。


「…好きな人なぁ…彼女ほしぃー」

秀はいつものように笑ってみせた。



「お兄さんのお友達も来てたんですね」

北原は少しだけガッカリしたような顔をすると石川に頭を下げた。

「茶、淹れといたから」

井浦は特に見向きもせず、北原に言った。

「えっお兄さんが淹れてくれたんですか!?ありがとうございます!!」

途端に機嫌を良くした北原の現金さに井浦は思わず、笑みを溢して。

「大袈裟だな、普通に茶くらい淹れるだろ」

と今度は北原の方に顔を向けて言ってみせた。

「いいえ!!いつもは井浦さんじゃないですか!!」

強く、ここだけは譲れないと井浦の淹れた茶の入った湯飲みを両手で大事そうに抱えた北原は言った。
そんな北原を驚いたようにパチクリと見つめた井浦は何かを思い付いたように悪戯っぽく笑った。

「俺も井浦さんなんだけど?」

北原は嬉しそうに顔を歪めた。
まるで良いことを聞いたとばかりに。

「秀さんに淹れてもらったお茶が飲めるとは思いませんでした」

トコトコと井浦の座っているソファーに近づくとおもむろに井浦の横に腰をおろした。

「ちょっと、何処に座ってんのさ」
「秀さんの隣です」

迷惑そうな井浦とは裏腹に楽しそうな北原。
北原に至ってはこのまま井浦を押し倒さんと言わんばかりの勢いだ。
石川は二人を交互に見つめると額に手を当て、溜め息を吐いた。

これでは、さっきまで悩んでいた自分が馬鹿のようだ。

「おい、」

石川は声を掛けると同時に井浦に手を伸ばし、北原を遠ざけるように引き寄せた。
ぽすんっとすっぽり腕の中に収まる井浦に微かに疼いた何かを無視して。

「基子ちゃん?待ってんじゃないのか?」

北原はムッとしたように眉間にシワを寄せた。

「井浦さん…は、もうすぐ来ます」
「あっそ」

どうやら、俺は北原との相性があまりよろしくないみたいだ。
珍しい。
凄く、イライラする。

「あの…石川?普通に痛いんだけど…」

いつの間にか、力を入れてしまっていた腕から逃れようと僅かに秀が身じろぎした。
北原の早く離せよという視線に、こいつは秀をどうしたいんだ?と仙石を思い出してしまった。
いや、秀を抱き締めてるのは俺なんだし、これが普通なのか?
まぁ、どっちでもいいけどさ。

「あ、わり」

解放するとサッと立ち上がり、俺たち(断じて俺からではないと信じたい)から離れた秀の頬が仄かに朱を孕んでいて、そんなに力を込めていたのかと少しだけ反省した。
恨めしげに睨んでいた北原がゆっくりと口を開いた。

「今日はついてないです、とんだ厄日に当たってしまいました」


意味わかんねぇし。
多分、秀も同じこと考えてるんだろうな。
なんて、冷めてきた茶に口を付けながら、結論をつけてみた。



――――――…






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