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「おやすみなさい」


「おやすみなさい」


「良い夢を」



脳内に反響する優しい声音。
ゆっくり蓋を閉められ、身体に繋がれていたコードも断ち切られた。

だんだんと薄れていく意識から目を逸らし、瞳を閉じた。


嗚呼、あの人は今、何処で何をしているのだろう。




「iura Syu。機能停止確認、1…2…完全に凍結しました」




「研究所に眠るアンドロイドのお話を知ってますか?」


柳は世間話をするように言った。
いや、彼にとっては世間話に過ぎないのだろう。
友人との会話が途切れないようにの世間話、彼が語り部になることにより皆は少し耳を傾けた。

「ある廃村の研究所に立ち退きにも応じなかった頑固な博士が居たんです」

柔らかな口調で始まるそれに聞いていた一人の少女は呟く。

「博士は一人なの?」
「いいえ、博士には奥さんともうすぐ生まれるであろう一人の子供がいました。それに博士を慕っていた研究員。少ないけれど、一人ではない。孤独ではないし、毎日が賑やかで楽しかったんです」

優しく首を振った柳は近くに落ちていた小石を拾うと手のひらで転がした。

「博士はとある研究をしていました。それは機械に人の心を与えるというものでした。何人もの学者が下らないと罵り、呆れた研究員は立ち去りましたが、博士は決して諦めようとはしませんでした。その熱意に応えた研究員と支えてくれた妻。その効もあってか研究は恐ろしいくらいのスピードで進んでいきました。ですが、それも完成まで後一歩のところで問題は起きてしまいます」

そこで一旦、柳は言葉を区切ると息を吸い、先を促すように視線を向ける友人たちに笑みを返した。

「それは≪心≫です。何回も何回も繰り返してもロボットは無機質な応答を繰り返すだけ。博士は悩みました。“こいつに心を持たせるにはどうしたらいいんだ”」

柳は石を投げた。
遠くに遠くに。
皆の視線は柳から外れ、小石に向いた。
そんな皆に柳は少しだけ悲しそうな顔をして。

「そんな思い詰めた博士を励ます為、ある日妻は博士に内緒で街に出掛けます。出産を来月に控えた大事な身体で。その日は不運にも街で発生した暴動の最中でした。運悪く巻き込まれた妻は奇跡的に一命を取り止めましたがお腹の子は、もう…。妻は自分の命が長くないことを悟り、博士に言います」


“私の命を使って下さい”


「心を手に入れたロボット。それはまるで妻の生き写しのようで、あったかもしれない我が子との会瀬のようで」


柳は口を閉じた。
それを不思議に思ったのか、友人は不思議そうに声をかけたが、柳は俯き反応を見せない。
友人が心配して肩に手を置こうとした瞬間、柳はゆっくりと顔を上げ、いつもの人懐っこい笑みを浮かべ、申し訳なさそうに言った。

「すみません。そこからはよく覚えてないんです」



「iura syu。はじめまして、私は今日からお前の父となる者だ」

博士はやつれた顔で井浦に手を差し伸べた。
これは一つの実験。
成功すれば、妻は報われる。
そんな思いで、井浦を見つめていた。

「…はじめ、まして?」

井浦は首を傾げ、緩慢な動作で博士の手を掴むと少しだけ不思議そうな顔をした。

「どうしたんだ?」
「いえ、何でもないです」

井浦が誤魔化すように笑うと博士は寂しそうな顔をして頷いた。

「敬語はいらない。もっと気安くていい」

井浦は困ったような顔をした。
感情面では問題なし、なんて考え、これでは私の方が機械だなと笑ってしまった。
それを見た井浦はますます慌てて、どうやら実験は成功したらしい。
博士は笑って井浦を抱き締めた。

「ようこそ、我が子」



「……人間?」


とある廃村の研究所に来ていた石川は首を傾げた。
研究所の最奥に安置されていた箱、その中身は“iura syu”と書かれた人間のようなものだった。
その他は何も書かれていない。
触れた肌は無機質で冷たくて、機械のようだった。

少し先には外れたコード、どうやらこれと繋がっていたらしい。
しかし、これは一体何なんだ。
石川はそこで昔聞いたアンドロイドの話をふと思い出した。

「まさか、な…」

緑の柔らかな髪は人口のものとは思えないくらい健やかで、触れたら急に寂しくなってきた。
誰も居ない廃村で俺は壊れたアンドロイドと二人っきり。



機能を停止されていたとしても、凍結されていたとしても、完全に眠っていたわけではなかった。
あの人が迎えに来てくれるのをずっと待ってたんだ。
暗くて狭い箱の中で。

「…人間?」

久々に差し込んできた光は乏しく、空気は淀んでいた。
バッテリーはもう切れた筈なのに、何で俺の意識はあるんだろう。

優しく髪に触れられるとつい、あの人を思い出してしまう。
優しい微睡みのような日常。
戻れないかな。
動かない手を持ち上げようとした。
そうしないと目の前の存在に置いていかれそうだったから。

「……お前、もしかして生きてんのか?」


生きるって何ですか?


呼吸をすること?
笑うこと?
暖かいこと?

「…i、キるッTEナn…デ…スか?」

喋れた。
その事実に目を見開いた、いや、そもそも何で目が動くんだ。

「…――っ!?」

視界の端に捉えた人影は俺以上に驚いた顔をしていたのを認識した。



アンドロイドの名前は“iura syu”。
だから、俺は適当に“井浦 秀”なんて当て字をしてみた。
そしたら、秀が予想以上に気に入ってくれて嬉しかった。

あの日、あの時、俺は何をしに研究所まで行ったのか、秀は一切聞こうとはしなかった。
まぁ、目的も何も俺はその後、充電?の切れた秀を担いで自宅まで真っ直ぐ帰ってしまったわけだが。
充電方法は意外と簡単で電気の近くに行くと秀は自動で再起動した。
それを見て嫌な予感はしていたのだが、携帯電話は案の定、バッテリー切れを起こしていた。
どうやら、勝手にエネルギーを集めてしまうらしい。
困ったものだ、と一回言うと秀は自制をするようになった。
最低限だけど。
しかし、秀とのそんな生活も悪くないかと、少しだけ狭くなってしまった部屋を見渡し、苦笑いを浮かべた。



「とうの昔に凍結、廃棄されていたアンドロイドと出会った青年は何を思い、何を願うのでしょうか」

「そして、目覚めてしまったアンドロイドの未来は、」

「あぁ、ごめんなさい。ここから先は本当に覚えてないんです」

「いや、知らないといった方が正しいのでしょうか」


「だって、ここから先を紡ぐのは他でもない彼らなのですから」








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