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井浦と柳が付き合ってる前提です。




それは中峰先生を捜し、体育館裏まで来て帰ろうとしていた時のことだった。

「ずっと前から好きでした!」

結局いなかった中峰先生にがっかりしながら来た道を引き返していくと途中から来るときにはなかった筈の声が聞こえてきた。
何処の漫画にも溢れかえっているテンプレートな台詞に悪いと思いつつもつい立ち聞きをしてしまう。
校舎に戻るのにはただたんにこの道が一番早いというだけで別に道など沢山あるというのに足が動かなかった。
相手は誰だろうとは思わなかった。
こう何ヵ月も一緒にいると分かってしまうものなのだ。
その音と気配が馴染みの深いものだと。

「…すみません」

やっぱり。
聞こえてきた声は優しく控えめな低音。
耳に優しく馴染んだ。

「好きな…、付き合ってる人がいるんです」
「…はい、分かってます…謝らないでください…最初から付き合おうとか、そういうのじゃなくて……貴方に伝えられて、本当によかったっ…」

徐々に小さく霞んでいく声。
不自然な呼吸音にきっと彼女は涙を堪えているのだろうと思った。
大好きな人が後悔してしまわぬように。
強いなって思った。
俺だったら、どうしてたんだろう。
好きな人の一番になれないのは、凄く辛い。
何となくその場の居心地の悪さを感じてしまい、やっと動いた足は足早に反対方向へと進んでいった。


それから告白の場面を見てしまったことによる罪悪感からあかねと顔を合わせるのが少しだけ気まずくなった。
そうはいっても俺の勝手な思い込みで、あかねには全く関係ないし、逆に気まずい雰囲気を作ってしまっているのは分かっていた。

「…はぁ」

「五回目だぞ、溜め息」

聞こえてきた声にゆっくりと顔を上げると石川が心配そうに此方を見ていた。

「俺、…うん、……はぁ」
「言葉になってないんだけど」
「んー……」

気まずい。
いや、たまたまちょっと告白の現場に居合わせたってだけじゃん。
それにあかねはちゃんと振ってたし、浮気してるわけじゃないし。
寧ろ、避けてるの俺だし。

「…はぁ…」
「また、柳のことか?」

溜め息ばかり吐いて一向に進まない話に焦れたのか石川が憶測を飛ばしてくる。
しっかり的を射てる辺りが石川の凄いところだ。
それでも今回の話に限って言ってしまえば、どう説明していいのか分からない。
石川には俺たちの関係は明かしてあるけど、この問題は俺の一方的なやつだし。

「…あのさ、」

だけど、石川になら話してもいいと思える自分がいたのも確かなのだ。
自身すら形容しがたいそれをきちんと聞いてくれる友人の存在が何よりも尊く感じた。

あかねが告白される現場を見てしまったこと。
避ける理由なんてないのに、何となく気まずくて避けてしまっていること。
あかねがモテることなんて最初から分かっていたのに、もやもやして、気持ち悪い。
そうかもしれないし、そうではないかもしれない、そう思うからこそそう思えてくるだけという可能性がないわけではなくはなくないと思うし、やっぱり嫌だと思ってしまう。
出来るだけ遠回りな言い方をし、石川を見つめる。
彼は何て言うのだろう。
きっとそれは俺の求めている返答なんだと自然とそう思えた。
ゆっくりと石川が口を開く。

「お前、もしかして」



「…はぁ…」

「それ、十回目だよ」

呆れたような、しかし何処と無く気を遣うような声質で声を掛けてくれているのは生徒会長であり何かと世話を焼いてくれる仙石くんである。
大切な時間を使わせてしまっているようで申し訳ない気持ちになる。

「…最近、井浦くんに避けられてる気がするんです…」
「それは八回目だね」
「…何か、井浦くんの気に触るようなこと…」

それはないと思う、という言葉を仙石は敢えて飲み込んだ。
果たして、今の柳にそんな言葉は本当に必要なのだろうか。
もし彼が本当に避けられているのであれば、それにはきっとわけがあるはずであり、それは自分で気づかなくてはならないことなのだと思った。

「そんなに気になるなら直接聞いてみたら?」なんて気軽に言ってくれる空気の読めない宮村がいないことを仙石は悔やみながら、また柳の話に付き合うのだった。



『お前、もしかして柳に嫉妬してるのか?』

石川に告げられた言葉にぽかんと口を開きながらも、今までの自身の意味の分からない行動の数々に少しだけ納得した。

そうか、そうかもしれない。
俺、あかねが告白されてるのをみて。

自分勝手で理不尽で、あかねは何も悪くないのに俺が一人、勝手に不安になっていた。
あかねはちゃんと俺を選んでくれてたのに。
ぎゅっと胸を締め付けられるような痛みに目を細める。
謝らなきゃ、あかねに謝らないと。
ある一種の使命感のような衝動に襲われ、石川への礼もそこそこに走り出す。
世界中のどんなことより、今この瞬間にもあかねに嫌われてしまうのではないかという強迫観念に駆られ、踏み出す足すらまともに機能せずに縺れ、絡まる。
躓き、傾く体を腕でバランスを取り、何度も転びそうになりながらあかねを捜す。
ようやっと見つけたあかねは仙石さんと一緒にいた。
何をしてるの、何を話してるの。

いや、そんなことより。


「あかねっ!」

自分でも驚くくらい大きな声にびくりと振り返る後ろ姿に走ったままの勢いで覆い被さる。
ばたんと衝撃を殺しきれなかったあかねと俺はそのまま床へと転がった。
大きく背中を打ったらしいあかねが呻くが、一々気にしている暇などない。
軋む上体を無理矢理起こすと都合の良いことに、押し倒すような姿勢であかねの腹部に乗り上げた。
逃げられないように肩をしっかりと両手で押さえ付け、口を開いた。

「…ごめんなさい…嫉妬して、ごめ、なさっ…嫌いにならな、で…!」

じわりと目尻に浮かぶ熱い液体が溢れ、あかねの頬に落ちる。
それを呆然と見つめていたあかねがはっと我に返り、肩を押さえていた俺の手に手を重ねた。

「泣かないで」

手がゆっくりと離れ、そして優しい手付きで、親指で俺の目尻を軽く拭った。

「…ふ、ぅっ…ぁか、ねっ…」
「僕は嬉しいです、井浦くんが嫉妬してくれて」

柳がにこりと微笑むと井浦は訳が分からないと首を傾げた。

きっと、本当に分からないんだろうな。
僕はただ、井浦くんが僕に夢中になって、その他のことなんて分からないくらい愛しく身を焦がしてほしいんです。

嫉妬、それは自惚れてもいいんですよね?
井浦くんが僕を本気で愛してくれているのだと。


物憂い、溜め息二つ


どうか、ずっと僕の一番でいて、僕を一番にしていてください。


―――――……

リクエスト作品、『柳が告白され、振ってる現場を目撃した井浦』でした!

もうただの嫉妬してる井浦になってしまい、あれですが、リクエストありがとうございました!








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