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「…いたっ、」

髪をぐいっと引っ張られるような痛みに思わず手を止めた。
鏡を見ると見事に髪が絡まっていた。

「いしかわー」

後ろで雑誌を捲っていた石川が顔を上げる。
とても面倒臭そうな顔。

「なんだ、また絡まったのか?」
「うん」
「ったく、しゃーねーな」

優しい手付きで石川の手が髪に触れ、ゆっくりと解していく。

「今年の夏祭りさー…空いてる?」

石川が何気なく聞いてくる。
毎年、同じ質問。
もちろん、私の返事も決まっていた。
返事をしようと口を開きかけた時、石川が続けざまに言った。

「今年は堀たちも一緒に回ろうって誘われてさ、吉川も何を張り切ってんのか知らねぇけど浴衣来てくーって…秀も来るよな?」

石川の言葉に少しだけ身体が冷えた。
大人数で歩くのは嫌いじゃないけど、楽しいけれど、毎年二人っきりだったと思うと気分が鬱いだ。

「大分髪伸びたな。昔は少しだけ癖入ってるから嫌だって騒いでた癖に」

だって、石川は髪の長い女の人が好きなんでしょ?
嗚呼、今年は私も浴衣を着る予定だったのに。
河野さんと一緒に選んだんだよ?

「髪、もう短くしねぇの?」
「……」
「お前、髪長いの全然イメージできねぇわ」

石川の中の私は…石川の理想の女にはなれないの?

さらさらと優しい手が髪を透く。
優しい手付きのわりの口調に軽い苛立ちを覚えた。
軽く、なのか?

「大体、女なら髪とか絡ますなよな。本当、お前は昔から男勝りで可愛いげがねぇっていうか」

石川の無神経な言葉が勘に触る。
触られたくない、初めて石川に触られたくないと思った。

「…石川、もういい」

「ん?」
「私、帰る」

ふらふらと立ち上がり、無理やり石川の手を退ける。

「今日はありがとう、夏祭り、私、行かない」

「はっ!?おま、急にどうしたの!?」
「今年は…北原と回る」
「…っ、」

携帯をポケットに突っ込むと階段を駆け降り、石川が声を掛けるより早く家を飛び出した。


途中のコンビニで安い鋏を買い、公園のトイレの鏡を見ながら適当に髪に鋏を入れた。
はらはらと落ちる髪の毛を避けながら、形を整えようとすればするほど短くなっていく髪の毛。
目尻が熱い。
ポケットで携帯が鳴っていたような気もしたが、知らない。
ぼさぼさになってしまった頭を見て、少しだけ安心した。

「…井浦?」

後ろから聞こえた声にびくりと振り返ると、そこには。

「…ほ、り…さん…」

「あんた、泣いてっ…、」

目が合うと堀さんはぎょっと目を見開き、ずかずか進むと問答無用に腕を掴み、トイレの外まで引っ張る。
抵抗しないでされるがまま、無言の堀さんに付いていくと堀さんの家に付いた。
リビングで待っているようにと言われ、呆然としていると髪を一つに纏め、ビニールのシートと散髪用の鋏を持った堀さんが戻ってきた。
その髪を束ねている姿が羨ましくて、胸がいたんだ。
下に新聞紙が引かれ、ビニールのシートを被せられると優しい堀さんの手が髪を撫でた。

「私はあんたに何があったか知らないし、あんたが泣いてるってことはよっぽどのことなんだろうけど…でも、あんたは女の子なんだからもっと自分を大切にして」

堀さんの言葉が胸にスッと落ちて、止まりかけてた涙が再び溢れ出る。
堪えるように目尻に力を入れ、嗚咽を押し殺してると堀さんの手がぽかりと頭を打った。

「泣ける時に泣きなさい。言いたいことがあるなら言いなさい。勘違いしないで、私はただの同情で井浦と一緒にいるんじゃない」
「…っ、う、んっ…あり…がとっ…あり、がとっ…」

堀さんは泣きながらぽつぽつと途切れ途切れに吐き出す言葉を流さず、一つ一つに頷いて、慰めて、共感して、意見してくれた。
髪が整う頃には大分すっきりとした気持ちになっていて、何回もああでもないこうでもないとチャレンジして青ざめていく堀さんに自然と笑みが浮かんだ。
その後、やってきた宮村が見るに見かね、仕上げをしてくれたお陰で大惨事にはならなかったのが不幸中の幸いだと笑った。
その日の夜は堀家にお世話になり、次の日、北原に連絡した。

もちろん、それは石川と会わないためだった。



―――――……

続かないぜ!







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