※死ネタ
ダンッ
そう短く響いた音は何だったのか。
「カノ!!」
遠くからセトの声が聞こえ、続くようにキド達の悲鳴が聞こえる。
じんわりと腹に熱が広がり、鼻腔をいつぞやの火薬のような臭いが擽る。熱の根元に触れるように腹に手を這わすとぬるりと滑り、掌が赤く染まっていて、ようやくそこで自身が撃たれたのだと悟った。
「――ぁ゙、え゙……ッ、ごぼっ――!」
ああ、止まらないや。逆流してくる血液を吐き出す。体がぐらりと傾き、その場に踞ると追い付いたセトが背中に手を添えた。
「かのっ! ちが、血がっ!! きゅうきゅうしゃ……」
青ざめた顔でセトがスマホを握り、震える手で番号を押そうとしては失敗し舌打ちをする。
僕はスマホの操作を邪魔するようにセトの手を握った。セトは焦ったように顔をあげる。
「……も、まにあわないんじゃ、ないかな」
「――っ! まだ、まだ分からないだろ!! 諦めてんじゃねーよっ!!!」
「ははっ……口調、違いすぎ」
「ふざけんなっ……もう、喋らなくていいッスから!」
「あぁ……やっぱり、それがいいや」
君らしい。
そう呟くとセトはくしゃりと顔を歪め、目を濡らす。
「それ、死亡フラグ……っ!!」
「……えっ?」
「あ、いや、だって何時もは不敵で本心を見せない奴が急にしおらしくなったりするのって、死亡ふら――い゙、たぁあっ!!?」
「台無しじゃねーか!」
台無しじゃねーか(笑)
もういっちょ
「うそ……うそ、スよね……ねぇっ!?」
血が溢れて止まらない。カノの腹部から溢れる血液がカノの周囲に赤い水溜まりを作った。まだ、止まらない。もっと増えていく。
ぐったりと体を預けてしまったカノの顔は青白く、呼吸も咳が混じり始めている。咳をするたびに血が溢れて、逆流した血が口からも溢れていく。
「――カノっ……」
何て、何て、声をかければいい。しっかりしろ、起きろ、死ぬな、分からない。言いたいことは沢山あるのに、言葉にする前に打ち消えてしまう。
「……かのぉっ……かのぉ…………いやだ、」
往くな、死なないでくれ。置いていかないでくれ。見送らせないで。もっと一緒にいたい。ずっと傍にいたい。まだ足りない。足りないんだ。
「かの、かのが……かのがいなくなったらっ……俺は!」
白く、それでいて虚弱さを感じさせなかった筈の肌が死へと近づいていく。腕の中の体を抱き締め、傷口を塞いでも止まらない。溢れていく。
「俺は、生きていけないよっ……!」
ついでにもう一本。此方は本当に死ネタになります。
「セト、いい加減にしろ」
ソファーで俯いているとキドが近付き、そう言った。
何時もならカノが暇だと言って抱きついてきて、仕方がないといった風に構うのに、今はそれがない。もうないと分かっていても受け止めきれない。
テーブルの下の雑誌も、ソファーの上のクッションも、ブランケットも、こんなにもカノの痕跡はあるのに、肝心のカノが何処にもいないなんて。
信じられない。信じたくないのに、カノはもういない。どうしようもない空虚が全身を包む。
「何時までそうやって塞ぎこんでいるつもりだ? バイトも無断欠勤してるらしいじゃないか」
「……もう、何もしたくないんだ」
カノは死んだ。俺の腕の中で静かに、それでいて苦しみながら。
俺は何も出来なかった。ただただ泣くことしか出来なかった。そんな俺にどうしろと、何をしろというんだ。
もう、何も出来る気がしない。
「お前はっ……お前がそんなんでどうする!? カノは死んだ! 死んだよ! もう戻らない!! でも、お前は死ななかった! 生きてるんだよ! 生きてるのに頑張らないお前が、死ぬまで尽くしたカノの何が分かる!? カノはお前が生きることを望んだ! でも、今のお前は死んでるのと変わらないっ!!」
胸ぐらを掴みあげ、キドは涙を浮かべながら言う。
キドの言うことは分かる。それでも、
「カノが死んだっていうなら、もうどんなに頑張ってもカノには届かない。カノの何が分かるって? 分かるよ、カノの最期を看取ったのは俺だ。カノは苦しんで苦しんで、そして何も出来なかった俺を憎みながら死んだんだ」
「違う!!」
「違わない! 答えなんてない! だって、カノはもういない!! どんなに聞きたくても、聞けない! 聞こえない! 俺は、もうっ……カノの声が思い出せない……っ!」
叫ぶと、また込み上げてくる。枯れたと思っていたのに。
涙が溢れて、気が付くとキドも泣いていた。
「そんな……そんなこと言うなよっ……悲しいだろっ!」
ずるずるとキドは崩れ落ち、床に座り込む形で泣いた。
悲しい。哀しい。カノなら、カノが生きて、俺が死んでいたのなら世界はまだ救われたのかもしれない。
優しい嘘を吐くことすら出来ず、無神経に心を奪って、慰めることすらできない
カノ、早くカノのところに行きたい。
あの柔らかい猫毛を撫でて、嘘ばかりを紡ぐ桜色の唇を塞いで、悪戯っぽい赤い瞳がゆっくりと恥ずかしそうな茶色の瞳に変わるのを何度も夢見て。
かたん
扉が開かれた。奥から顔を出したのはマリーだ。マリーは泣きそうな顔で俺とキドを何度も見返し、そして近付いてくる。
目の前までくるとマリーはキドの背中を撫で、俺を見た。そして申し訳なさそうにくしゃりと顔を歪める。
「ごめんなさい」
何故、マリーが謝るのか。分からない。
ただマリーは俺を見上げ、謝る。ごめんなさい、ごめんなさい、と。
「ま、りー……?」
「また、貴方たちを不幸にしてしまった。次も不幸かもしれない」
また、次、一体何を言っているのだろう。首を傾げているのはキドも同じだった。涙は引っ込んでいた。
「でも、もう大丈夫だよ、もう“この世界”で苦しむことはないから。ねぇ、セト。もし、もう一度、カノに会えたらまた笑ってくれる?」
何度目だろう。今回はカノが欠けてしまった。
前回はセトが欠けて、その前はキドで、その前はシンタローが来なかった。
世界はゆっくりとされど確実に形を変えていく。繰り返せば繰り返すほどに後戻りが出来なくなっていく。
『ねぇ、マリー。僕は本当は最善の未来なんて何処にもないんじゃないかと思っているんだ』
セトとキドが死んだ世界でカノは自殺した。最善の未来なんて何処にもない、と言って。
私は知っている。その未来が全員揃っている未来であることを。
私なら、私だったら迎えられる未来であった。けれど、何度やっても届かない。
挫けそうだ、心が折れてしまいそうだ。それでも、たった一度でも彼らの温もりに触れてしまえば私は諦められなくなって。
「私はあと何度、貴方たちを苦しめるのだろう」
そして全てが終わって私が打ち明けたとして、彼らは私を許してくれるだろうか。仲間と認めてくれるのだろうか。
怖い。ゴールが怖いんだ。
マリーはもっと無邪気かなぁ……。