八月も二十を跨ぐともう夏休みの終わりが見えてくる。
夏休みが終わるころにはアジトはほんの少しだけ広くなることだろう。
「宿題は大丈夫かい?」
ソファーで寝そべるヒビヤにカノは声をかけた。ヒビヤはあと数日程度で実家のある田舎へ帰らなければならない。本当はもっと早くに帰るはずだったらしいが、言い訳に言い訳を重ね、夏休みの限界まで留まっている。
そんな彼が宿題のテキストを広げている姿をカノは見たためしがなく、なんとなく不安に感じていた。
「別に、おじさんには関係ないでしょ」
ぶっきらぼうにヒビヤは返す。聞かれることを煩わしく思っているようにも感じられる態度にカノは自身の考えが強ち間違っていなかったことを確信した。
聞いて良かった。もし聞かずに帰していたらヒビヤは宿題のことなど気にせず放置していたことだろう。そんなことされたらヒビヤの両親もきっと良い顔はしない。もしかしたら、もうこちらには来れないかもしれないのだ。
そしたらキドやキサラギちゃん達は間違いなくガッカリする。フェミニストを気取るわけではないが、やはり女の子の悲しい顔を見たいとは思わないものだ。
「宿題、こっちでできそうなものは?」
「ちょ、関係ないって言ってるでしょ」
上体を起こし、ヒビヤはカノを睨み付ける。カノは肩をすくめながら棚から茶菓子を取り出した。言わずもがな、女子たちがおやつといって隠していったものである。
テーブルの上にそれを置くとヒビヤは批難するような目でカノを見た。
「怒られても知らないよ」
「ヒビヤくんこそ、宿題サボったのがばれて、もうこっちに来れなくても知らないよ?」
そういうとカノは一口サイズのバームクーヘンの封を切った。確かこれはキドのだ。ちなみに『爽快! コンソメソーダ味』と書かれたパッケージのものがさりげなく端へと追いやられていたりいなかったり。
「そこで、僕からの提案だ」
言葉に詰まってしまったヒビヤにカノはにんまりと厭らしい笑みを浮かべてみせる。これは別段付き合いが短くてもわかる、禄でもないことを考えているときの顔だ。
ヒビヤが露骨に嫌そうな顔をするがカノは続ける。
「1、宿題をやらずに帰って二度とこちらには来れない。2、僕とお菓子を食べながら宿題をやってまたここに来る。勿論、後者なら勉強は教えてあげる。
嗚呼、あとこれは余談だけど、前者なら僕はキドたちにもれなくリンチにされるけど、後者だったら角が立たずに終われる。これで、貸し借り無だ」
「それって……いや、おじさんの顔を立ててあげる」
「うん、素直だね」
「おじさんは回りくどいけどね」
まあ結局カノはぼこぼこにされるわけですが(笑)
まだまだ認識が甘いヒビヤと、なんだかんだで年下には甘いカノの話でした。