八月十三日の金曜日。
ちょうどキサラギちゃん達と出会う一日前のことだった。
僕とキドは二人でセトがバイトしている花屋に立ち寄り、もうじき訪れる彼女の命日に手向ける花を見にきていた。生憎、セトは配達に出ているらしくいなかった。
店長と話しながら選んでいたのだが、店の奥で電話がなると店長は僕らに店を任せ奥へと戻っていってしまった。
「ねぇ、キド。この赤いのはどうだろう」
「…………」
キドは始終無言で、僕の指差した花を見て首を振る。
「青や白も綺麗だけど、向日葵もいいかもしれないけど、赤い花がいいと思うのは僕だけなのかな」
キドは首を振ろうとし、けれど口を開いた。
「……俺も、赤がいいと思う」
「そう。なら、良かった」
赤は彼女の色だから。誰に何と言われようと毎年花は赤と決めている。
さて、店の花も一通り見たことだし当日持っていく花の見当を付けておいてしまおう。キドの手を引き、立ち上がろうとするとレジの横のベルがちりん、と一回鳴らされた。
お客様だ。店長を呼ぼうと奥に視線をやると、キドはさっと立ち上がり奥へと行ってしまう。どうやら客は頼んだと言いたいらしい。
溜め息を吐きながらレジへと足を向けた。
「すみません」
ベルを鳴らしたのは身形の良い老婦だった。此方を視界に収めると人の良さそうな笑顔で「店員さんかしら」と尋ねた。
「まあ、そんなところです」
会計は店長が戻ってくるまで待って、と伝えるが老婦は「違うの、どの花にすればいいのか迷ってて」と困ったように首を傾げてみせる。
「よろしかったら一緒に見てほしいのだけど」
「僕、花は」
「いいの、別にそんな堅苦しいのは。ただ私の話し相手になってくれないかしら。一人で花を選ぶのは寂しいから」
にっこりと笑う老婦を見て、それもそうだと頷いた。一人で花を見るのはあまりに空しい。
老婦には夫がいたらしい。三年前に他界しているらしいが。子供は居らず、自身も医師から長くないと言われている身だと老婦は自嘲気味に語った。
夫に花を贈るのもこれが最後になるだろう、なんて。
「あ、」
暫く見て回り、店内を一周半したかというとき老婦が一輪の花の前で止まった。
つられて止まると視界に一輪、花が映える。艶やかな紫の花だ。素直に綺麗だと思った。品があって香りも悪くない。
老婦もちょうど同じのを見ていたのだろう。ふふ、と嬉しそうに笑い、花に手を伸ばす。
「ありがとう」
老婦は静かにそう告げた。
そういえば、店長を呼びに行ったはずのキドはどうした。未だに戻ってきていない。
ふと店の奥へと顔を向けようとすると、
ぶわっ
「えっ、」
強い風が店内を巡った。慌てて老婦の方に視線をやると、そこには――――。
「…………蝶……?」
鮮やかな彩りの蝶が十、何十匹も連なって店の外へと飛んでいく。
老婦のいた場所には蝶の羽が数枚と、老婦が手に取ろうとしていた紫の花が……。
「かのっ!」
それからまもなくキドは店長を連れ立ってやってきた。キドがなぜ涙目で、なぜ焦っていたのか。無言で出ていったのにも訳があった。
何でも花を選んでいる最中、レジのベルが鳴り、そちらに視線をやると蝶が押していたらしい。それがどうしたと一度は納得しかけたものの、どう考えても蝶の重さでベルが鳴らせるわけがないしとレジを見た瞬間、蝶が倍に増えてて慌てて逃げたとのことだ。虫とホラーのコンボは女の敵だな、と何となく思ったり。
店長に老婦のことを話すと店長は紫の花を店の外の出し、それから蝶について少し話してくれた。
蝶化身、死者が死後蝶に変わって旅立つというもの。
もしかしたら、老婦は紫の花を持って夫のところに行ったのかもしれない。そう思うと愛しさが込み上げてきそうだというと、キドはもし蝶になったとして元に戻れるのだろうかと言った。
「別に戻る必要はないんじゃないかな。蝶の姿だったとしても会えるだけで御の字だよ。そう思わない?」
「どうだか、」
キドは肩を竦めた。それから僕の方へと手を差し出す。
「ほら、花を見るんだろう?」
「うん」
キドの手に触れて、ふと老婦の言葉が甦る。
一人で花を選ぶのは寂しいから、か。
「キド、」
「なんだ?」
「セトと、三人で見よう」
蝶化身 掘り下げていくうちに訳がわからなくなりました。
ただキドさんの清々しいまでの開き直りっぷりについてはスルーのカノさんでした。話が長くなっちゃいますからね←