現在進行形 | ナノ



2014/04/22 01:16

※キドカノ
 君が眠りに落ちた頃



「大丈夫、きっとなんとかなるよ」

 上部だけの言葉。それが欠片の意味も持たないことを知りながら、たらればを願わずにはいられない。
 きっともう手遅れだ。八月十五日を過ぎてしまった。
 片手ほどに纏めた荷物を持って僕とキドは電車に揺られる。終電が近いことや、都心とは反対方向ということもあり、乗客は疎らで向かい合わせの四人席を占領したところで咎める者は誰もいなかった。
 窓際の席に僕が座り、その隣にキドが。正面には少ない荷物が寄せておいてある。キドは始終一言も口を開かず、無言で僕の手を握っていた。ぼんやりと中空を見つめるキドの瞳は哀しみに潤んでいる。僕だっていっそ泣き出してしまいたい。けれど、キドが頑張って我慢しているのに僕だけが泣くわけにはいかない。繋いだ手に指を絡ませるとキドは少しだけ安心したように肩の力を抜いた。


 逃げよう、と最初にそう言ったのはシンタローくんだった。蛇が集まってしまわぬように皆が散り散りになってしまおう、と。皆の非難の目がシンタローくんに向くが、そこには小さな安堵のようなものが含まれていた。
 シンタローくんもきっとそれを理解していたのだろう、彼は静かになったスマホを寂しそうに眺めながら、これ以上何かを失いたくないと目で語った。姉ちゃんのことはどうするんだよ、言いかけて、結局解決策が何もないことに気が付いた。これじゃあ、向こうの言い分と一緒だ。最終的に僕らが死ぬ以外の方法がないのだ。だからシンタローくんは戦うのはもう無駄だと戦局を放棄した。
 この件はマリーとコノハには内緒で決められた。女王であるマリーに知られてしまっては元も子もないことと、少し前からコノハの様子が可笑しいことを理由に。
 それからセトがマリーのことは自分に任せろと言った。アジトに残る気なのだ。「行ってきます」も「ただいま」もメンバーの中で一番多かったセトは最後に「行ってらっしゃい」を選んだ。「おかえりなさい」が届かないことを知りながらも、セトはアジトに残ることを決めたのだ。セトは別れの言葉を口にはしなかった。
 僕らは嫌がるキドを無理矢理アジトから引きずり出し、電車に乗せた。シンタローくんはキサラギちゃんとヒビヤくんを、僕はキドと同じ電車に乗り込んだ。
 きっともう会えないことは分かっていたのに、シンタローくんはまたな、と手を振った。酷く疲れたような顔で、けれど、それにすがり付きたいと思ってしまう。シンタローくんは申し訳なさそうな顔で首を横に振った。それから二人を連れ、別の方向へと歩き出す。
 その横顔を見ながら僕は彼は遠くへと行ってしまうのだろう、とぼんやりと確信した。暫くして、キサラギちゃんから掛かってきた電話はシンタローくんとはぐれたという報せだった。
 そういえば、シンタローくんとコノハは仲が良かったっけ。シンタローくんの性格を思えば容易に気付けたことすらも、今では遅すぎた。マリーとコノハを置いてきて、セトとシンタローくんもいなくなってしまった。キサラギちゃんとヒビヤくんは別の方向へと。今、僕の世界にいるのはキドだけ、世界が萎んでいくようだ。
 あんなに沢山いたのに、結局僕らがしたかったことってなんだったのだろう。メカクシ団の意味は? 二人になってしまった今、それは酷く虚しいことのように思えた。
 そもそも今回の作戦を受け入れた時点でメカクシ団は終わっている。本当に、本当の仲間だったら、きっとこの作戦に激怒した筈だ。けれど表面では嫌がりつつも誰も表立って怒りを露にはしなかった。皆、気が付いていた。助かるにはもうこんな方法しかないのだと。
 助かりたい。逃げ切りたい。そうしてまた皆と遊園地に行きたい。出来れば気付かないでいてほしい。コノハは、マリーは、我が儘な僕を許してくれるだろうか。
 少なくとも暫くマリーはセトと一緒に実家の掃除をしに行くことになっているはずだ。どうか、逃げ切れますように。祈るように灯りの絶えた窓の外を見つめる。キドの手は石のように冷たかった。


 田園を抜ければ疎らに人家が見えてくる。光の絶えた静かな夜景色だ。電灯の灯りが擦れ違う度に流れ星のように輝く。もうすぐ終着駅だ。
 僕の肩に寄り掛かるようにして眠っているキドを揺すり起こす。キドは眠そうな目蓋をゆっくりと開けながら、隈の浮かんだ顔で「ゆめだよね?」と問いかけた。あぁ、全部悪い夢だよ。でも、まだ醒めてないらしい。
 キドの分の荷物も持って席から立ち上がる。足元が覚束ないキドに肩を貸し、出口へと向かう。

「これから、どうするんだ?」

 キドが言った。分からない。シンタローくんの意見を仰ぎたいし、セトの話も聞きたい。キサラギちゃん達は大丈夫だろうか。
 とりあえず、駅のホームにあるベンチに座り込んだ。今時珍しい木のベンチだった。

「何処か泊まれる場所を探そう」

 言いながら無理だよなぁ、と独りごちる。何せ深夜だ、しかも田舎。電車の中から見た限り、明かりのついていた家はなかった。こうなったらホームで野宿かなぁ、と思っていると不意に顔が照らされる。
 電光が僕らの方を向いていた。眩しくて目を細めていると明かりは近付いてきて、やがて一人の人物の姿へと変わった。

「何してんだ、こんな深夜に」

 そう声をかけてきたのは老いた駅長だった。



 僕らは家出した姉弟として、駅長の宿直室に泊めさせてもらうことになった。思いもよらぬ幸運だった。さすがに手放しで喜べるほど楽観的な精神構造ではなかったが、そんな僕らを見て駅長は相当複雑な家庭環境なのだろうと勝手に察してくれた。
 宿直室の決して広くはない室内には卓袱台とテレビが設置されていた。テレビの中では退屈なニュース番組が飽きずに今朝と同じ内容を繰り返している。
 駅長は茶を三杯と煎餅やかりん糖などの御茶請けを置いて、ゆっくりするといいさとチャンネルを回した。聞かないのだろうか、訳とか事情とか。深夜放送のさして有名でもないタレント達の内輪のトーク番組を聞き流しながら寄り添うキドがスマホを見ていることに気が付く。

「どうしたの」
「キサラギ達は何処に向かったんだろうな」

 さあ、と返しながら本当にこれで良かったのだろうかと自身に問い掛ける。キサラギちゃん達と分かれて良かったのだろうかと。本当なら僕とキドが分かれるべきだったのではないだろうか。
 そもそも、何故シンタローくんは二人を残して消えたのか。あの時、キサラギちゃんから連絡をもらった時、電車を降りて合流すべきだったのだ。それでシンタローくんを探して、いや、シンタローくんが内緒で離れたのはきっと理由があったはず。理由があったら探さないのか。そもそも僕らはもうすでにマリーやコノハ、セトを置いてきてしまっているではないか。
 いや、何も別に残ったからといって死ぬと決まったわけではない。そうだ、死んだ訳じゃないんだから電話をすればいいんだ。
 スマホを取り出し、シンタローくんの電話番号を探す。キドも気付いたのか、キサラギちゃんに電話をかけようとしている。
 つーつーとコール音が続く。寝ているのかもしれない。もしかしたら電源を切っているのかもしれない。

「あ、キサラギか」

 キドの方は繋がったらしい。少しだけ顔が明るい。僕の方は駄目みたいだ。セトの方にも掛けてみるか。
 コール音が続く。一回二回三回と続いた時、もしもしと眠そうな声が聞こえた。

「セト!」
『どうしたんスかー……こんな夜中に?』

 良かった。セトの声だ。どうやらセトの方は本当に寝ていたらしく、いつもよりテンションが低い。欠伸を噛み殺しながら半ば意識を飛ばすようにして電話に出ていることが容易に窺えた。何だか日常に帰ってきたみたいで、気持ちが安らぐ。
 幼馴染みの無事をキドにも伝えようと振り返ろうとした時、

「……うそ、だろ」

 キドの乾いた声が嫌に響いた。

「キド?」

 電話口を離して、キドの方を向く。

「……っ、おいっどういうことだ! 何があった!? そこにいるのは誰なんだ!? キサラギはどうなった!?」

 キドは強張った顔で唇を戦慄かせ、誰かに叫んだ。その相手がキサラギちゃんではないことはキドの言葉の中からひしひしと感じられた。
 キドの声は電話の向こう側にも響き、先ほどよりも固い声でセトは『何があったんスか』と訊ねる。分からない。キドは泣きそうな顔だし、今は必死な声で止めろと繰り返している。
 口の中がからからに渇いて、お茶を貰おうと卓袱台の方を向くとテレビが目についた。駅長が心配そうな顔で僕らを見つめていた。愛想笑いすらも浮かばなくて、逃げるようにテレビの画面を見る。番組はトーク番組からニュース番組へと切り替わっていた。

『カノは今、何処にいるんスか』

 セトの声が訊ねる。聞いたところでセトにどうにか出来るわけではない。

「い――『番組の途中ですが、臨時ニュースです』

 半ばやけくそのように駅名を吐き出そうとするのを遮るように速報が流れる。

『たった今、入ったニュースによりますと××県××市で本日××頃、男性一人が銃殺される事件が起きました。被害者は殺された男性一人。赤いジャージを着た十代後半くらいの男性で身元の確認が急がれております。また、犯人は現在も銃を持って逃走中。周辺の……』

「うそ……これって、」

 手に持っていたスマホがすり抜け、床に落ちる。電話の向こうではセトが何かを叫んでいたが頭に入ってこなかった。





(0)





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -