現在進行形 | ナノ


中身のない話
2013/10/12 18:02

さあさあと外から流れる雨音に耳を澄ませながら本を読んでいると、不意にぱしゃぱしゃ、という奇異な音が混ざってきた。それが靴底が水溜まりを跳ねる音だと気が付いたのは読みかけの本が残り数ページにもなろうという時だった。
相も変わらず、外からはぱしゃぱしゃ、と軽快な音が響いている。
こんな日に外で遊んでいるなんて何処の非常識だろう。出来るならば関わらないでいたい。マイナスイメージを膨らませつつも、することもないと自分に言い聞かせ窓に近寄る。
僕には昔からこの手の誘惑に勝てないという嫌いがあった。一体、誰だろう。なんて考え始めると、答えを合わせたくてうずうずしてくる。
半ば閉め切っていたカーテンを引きながら外を眺めると、

「……セト?」

そこにいたのは昔、メカクシ団として行動を共にしてきた男、セトの姿がだった。メカクシ団解散と一緒に別れて以来、もう十年と会っていないのにまるでセトの容貌に変わったところが見られない。
懐かしい緑のつなぎと、光を反射する目玉のようなゴーグルが何処か懐かしかった。僕は読みかけの本を置き、クローゼットに仕舞い込んでいた黒い丈の長いパーカーを引っ張り出した。
十年前、気に入ってよく着ていた服で、解散してからは何故か着る気も捨てる気も起きず仕舞い込んでいたものだったが、再び出す日が来ようとは。
少しだけクローゼットの匂いが染み込んでしまったそれに袖を通す。悔しいことにサイズに大した変化は見られなかったので、すんなりと着ることが出来た。
どうして、こんなことをしてしまったのか、僕自身よく分かっていない。
ただ、気が付いたらセトのところへ向かっていた。
重い扉を開き、部屋から見下ろした場所に行くとやはりそこにはセトがいた。

「セト、」

名前を呼ぶと、セトはゆっくりと振り返りながら脳裏に焼き付いたあの笑顔を浮かべてみせた。
綺麗な、あまりに綺麗なその表情にずくりと胸の奥に仕舞い込んでいた筈の感情が溢れそうになる。
この際だ、白状しよう。僕はセトが好きだった。大好きで、愛してた。甘い記憶を燻る笑みにちりちりと頬が焼けるのを感じた。

「カノ、久し振りッスね」
「うん、セトも久し振りだね」

低く優しい耳に馴染む声も変わらないんだね。
変わらない、という事実にきゅっと胸が締め付けられる。

「なに、そんな顔してるんスか」

セトが手を伸ばし、そして僕の頬に触れた。優しいセトの手、雨の中に居たからか、記憶の中にある手よりずっとずっと冷たかった。

「セトの目には、そう写ってるだけだよ」

苦し紛れの一言。セトは特に追及しなかった。ただ、僕を見つめながら遠くを眺めるように目を細める。もしかしたら、思い出しているのかもしれない。あの頃のことを。

「お願いがあるんス」

セトは僕から手を離すと改まったように告げた。

「なぁに」

僕は成るべくあの頃と変わらない声質で臨んだ。けれど、やはり十代だった僕らの十年間という歳月は実に長いようで、幾分か声は低く落ち着いたものになってしまう。
変わらないなんてこと、有り得ないんだ。なのに、セトがあまりにも当然にそこに居てみせるから、僕は楽観的に事を呑み込んでしまいたくなる。そんな僕の愚かな考えなんてセトにはお見通しなのだろう。セトは少しだけ困ったような顔をして「ごめん」と呟いた。

「彼処で待ってる、来て」

セトはただ一言、そう残して消えた。




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