「あんなに美味しいスクープをみすみす逃せと、そう仰るのですか?」
昼休み、エネは苛立っていた。コノハに授業をサボって新聞を作っていたのがバレ、それだけでも苛つくというのに今度は貴音の名前を出されたからだ。
貴音も心配してる? そんなわけない。彼女は何時だって自分勝手で傲慢で、不機嫌そうな顔をしていた。その眉間のシワが取れるのは遥と一緒にいるときだけ。姉妹である自分にすら貴音はそんな表情を見せたことはない。
きっと彼女にとって一番は遥で、私なんか歯牙にもかけていないのだろう。
彼女は笑わない。だが私は違う。私は笑う。私は自由だ。何物にも囚われない。そう小さい頃から言い聞かせてきた。
だから、貴音と比べられるという行為をエネは何よりも嫌った。エネを語る上で貴音の名前を出すことをエネは許さなかった。そんなこと、ずっと一緒にいたコノハだって承知している筈だ。なのに、彼はその話題を避けなかった。
ムカつく。何もかもが敵に思えた。私は貴音じゃないのに、上手く笑えてない気がしてまたムカつく。
シンタローの間の悪さはきっと筋金入りに違いない。彼は驚くほど的確にエネの地雷を踏み抜いた。
シンタローからカノの記事を下げるように言われた時、エネの中の何かが弾けるのを感じた。また一つ、私が否定された。
右手に握られた携帯が嫌な音で軋む。
「生徒会には部の中身にまで干渉する権限はありませんでしたよね?」
「……いや、ある。特定の人物の誹謗中傷及び活動が不適切と判断されるもの、宗教的煽りや学内での人間関係に影響を及ぼすものは認められない」
「生徒会の都合の良いものだけを抜選し、公布しろと?」
「違う、そうじゃない。そういうことじゃないだろ。カノを表沙汰にするようなことはしない、お前もそれは聞いてるだろ?」
「大丈夫です、表沙汰にはしません。それに、」
エネはそこで言葉を区切った。言っていいものか、決めかねているのだ。
エネはあの日、放課後体育館裏に行くように言われていた。よく告白のシーンを取り上げてもらおうと依頼してくる人がいるから、今回もそうなのだと思った。いや、実際にそうであった。ただ形が良くなかった。
今日の朝もエネはやはり行くように言われていたし、やはり事は起きていた。
記事にしなければならない理由があった。けれど、それを自分を否定してくる存在に打ち明けるかと言われれば、否だ。
エネの心は頑なに閉じていた。コノハが貴音の名前を呼びさえしなければ、もしかしたら教えていたかもしれない。しかし、現実のエネは言わないと結論を出してしまった。
もうシンタローが何を言ったところで教えるつもりはない。精々、全てが終わった後にそういうことだったのかとがっかりすればいいのだ。
「エネ?」
「いえ、何でもありません。新聞については私はニーズに応えるつもりですから」
「あ、おいっ――」
無理やり通話を切ったところでエネは電話帳を開いた。シンタローの名前が何度もしつこく現れるので着信拒否にしながら。
口元には笑み。クロハが見ていたらきっと酷い顔だと笑ったことだろう。
「今から少し、いいですか?」
シンタローは失敗したと継ぎ接ぎだらけの机に体を突っ伏した。
机は生徒会屈指の廃棄物、もといリサイクル品だ。クロハが壊してセトが直したプレミアものでもある。カノが聞いたら入り浸りそうだから言ってないけど。
「悪い。なんか、失敗したっぽい」
「うん、まあ仕方ないんじゃないかな。シンタローがそつなく交渉をこなす方が不気味なくらいだね」
「……アヤノ」
「あはははっ冗談だよ、そんな怖い顔しないで。それに此方も丸っきり収穫がなかったわけじゃないんだしね」
そう言うとアヤノはシンタローに一枚の書類を差し出した。ついでにサークル、同好会の冊子を取り出す。
「聞いたことのない名前じゃないって思ったんだよね」
気難しそうな顔で書類に目を通すシンタローにアヤノはふわりと笑った。
「今日中に終わると思うよ」
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今月中に終わるといいね……(遠い目)