『恐怖』という感情を構成する数多の要因は死の概念から意識を遠ざけ、現実を直視しないためにある。
と、即興の意見を何となしに言ってみると意外と早くアヤノは反論してきた。
「その理屈で言ったら、自殺か現実逃避しかないじゃない」
「だから、『恐怖』ってもんがあるんだろ」
死を見てしまわぬように、怖がらせる。
現在を見てしまわぬように、怖がらせる。
何故なら、『恐怖』というクッションをなくしたら人々は死という終わりを見てしまう。終わりを見ても尚、生きようとは思わない。
恐怖の要因をなくすということは現実から目を逸らす要因をなくすということ。
それらの先に待ち受けているのは、きっと『恐怖』だなんて生易しいものではなく、『虚無』と『絶望』。
故に、死を選んでしまう。
『恐怖』の主な役割は死から出来るだけ個体を引き離すこと。
なんて、矛盾だらけなんだけど。
「でも、私はそれでも死にたくないよ」
現実を、終わりを見てしまったとしても死にたくないよ。
笑う。こいつはたまにそれしか知らないんじゃないかって思うくらいよく笑う。
嗚呼、本当に、
「お前といると、自分の考えが馬鹿らしく思えて仕方ねぇや」
「えぇっ!? ちょ、それ、どういうこと!」
「そのまんまの意味」
「ば、馬鹿にしてるでしょ!」
ころころ変わる表情を見つめては、思う。
本当、お前は間違っても自殺したり現実逃避したりするような器用な人間じゃなさそうだ。
いつも真っ直ぐで、真っ青で、馬鹿みたいに愚直で。
「お前はそういうの、絶対に無縁そうだもんな」
「……ぁ、うんっ! って、これまた馬鹿にしてるでしょぉおお!!!」
「あははははは」
暫くして、アヤノは死んだ。自殺だった。
死にたくない、と言っていた癖に。
もう、何も信じられなかった。
馬鹿だ。馬鹿だよ、お前は。
でも、本当に馬鹿なのは、あの時アイツが一瞬暗い顔をしたのに気が付かなかった俺だった。
なぁ、お前は俺に『死にたくないよ』なんて言ってたけど、
あぁ、いい。いいんだ、何も聞かないよ。
死んだ奴に何かを聞こうとか、答えを求めようだなんて、それこそ傲慢で身勝手で、自己満足な行為だ。
もしかしたら、俺はお前に許してもらいたいだけなのかもしれない。