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- ナノ -

今日は練習試合がある。いつも以上に賑やかな体育館の2階席は、応援に来てくれた女の子達で埋め尽くされていた。大半は及川のファンだろう。いつものことではあるが、腹が立つ。


「今日もお客さんいっぱいだねー!」
「うるせぇ」
「岩ちゃん、自分のファンがいないからってスネないの!」
「及川うぜー。岩泉、頼むわ」
「ぎゃあ!岩ちゃん、至近距離でボールぶつけるのやめて!」
「おーい、花巻。どした?」
「んー、なんでもねーよ」
「なんか元気なくね?」
「気のせいだろ」


通常運転の2人をよそに、松川は俺の微妙な変化に気付いたようだった。こいつは本当に目敏い。俺は誘った彼女の姿がないことに落胆していることを悟られないよう、適当にはぐらかした。


◇ ◇ ◇



試合は順調に進み、いつものように勝利をおさめて終わった。イマイチやる気は出なかったが、思っていたよりも調子は良かったと思う。
試合終了とともに2階席の観客達がぞろぞろと帰っていくのをなんとなく眺めていたら、見慣れた三つ編み眼鏡の女の子を発見した。間違いない、名字さんだ。
試合開始前に確認した時にはいなかったはずだから途中から来てくれたのだろうか。いつから?なんで来てくれてんの?疑問はあるが、それよりも嬉しさが勝る。俺は急いで部室に戻ると、名字さんにLINEした。


“来てくれたんだよね?一緒に帰りませんか?”


あ、既読ついた。暫くスマホを眺めて返事を待つ。俺がスマホと睨めっこしている姿を見た及川が、マッキー何してんのー?と騒いでいるが無視だ。
待つこと数分。返事はない。まさかの既読スルーパターンですか。
俺は急いで着替えると、帰るわ、と皆に告げて部室を飛び出した。彼女の電話番号を呼び出しつつ、足早に正門を目指す。こんなに必死なのは一体いつぶりだろうか。


「…もしもし」
「あ、名字さん?なんでLINE返事くれねーの?」
「ご用件はそれですか?」
「そう。一緒に帰ろうって誘ったじゃん」
「私が花巻君と帰っていたらおかしいじゃないですか」
「おかしくないって。それに、話あんの」
「話?どうぞ。今ききますが」
「違うんだって、直接会って言いたいことがあんの」
「はあ……」


電話に出てくれただけで、もはや奇跡に近い。俺はなんとか彼女と帰るために食らいついた。電話越しの声でも迷惑そうな雰囲気が感じられたけれど、そんなことは気にしていられない。
だって、なんだかんだで練習試合見に来てくれたじゃん。それってさ、少しは俺に興味持ってくれたってことじゃねーの?今を逃したら、次にいつチャンスが訪れるか分からない。少しでも希望があるなら、今伝えたい。


「…分かりました。そこまで言うなら…」
「マジ?今どこ?」
「うちの近くの公園、分かりますか」
「わかる。すぐ行く!」


俺の願いが通じたのか、彼女から一緒に帰っても良いという許可がおりた。俺は電話を切ると、一目散に公園を目指して走り出した。


◇ ◇ ◇



公園に着くと、名字さんはベンチに腰掛けて本を読んでいた。呼吸を整えながら近付くと、足音に気付いたのか名字さんが顔を上げる。


「お待たせ」
「いえ…それで、話とは?」


さっさと用件を済ませて帰ろうとしている魂胆が見え見えである。
ていうかさ、会ってすぐ言うようなことじゃないんだけどね。俺が言いたいことが何か、名字さんには分からないんだから仕方ないか。まあいい。ご要望通り、さっさと済ませて一緒に帰ろうじゃないか。


「うん、それなんだけどさ」
「はい」
「俺、名字さんのこと好きになっちゃったからさ、付き合ってよ」
「は……?」


眼鏡の奥で、俺の大好きな瞳が大きく見開かれる。相当驚いている様子の名字さんは、固まったまま動かない。口をポカンと開けて呆けている名字さんの顔はなかなかレアだ。
暫くそのまま時間が過ぎて、そろそろ声をかけようかと思っていた頃。名字さんが漸く口を開いた。


「何の冗談ですか?」
「冗談じゃないよ。好きなの、名字さんのこと」
「どうして…」
「まあ最初はぶっちゃけ見た目がタイプだったからなんだけど。今は、違うよ」
「私の見た目、これですけど」
「違う違う。ホントの名字さんの方。……名字さんは、俺のこと嫌い?」


じっと彼女の目を見つめながら問いかけてみる。いつも凛としていて真っ直ぐなその瞳が、今は動揺と混乱によって微かに揺らいでいるのが分かった。
名字さんは、ふいっと顔を逸らしてベンチから立ち上がる。


「帰ります」
「は?ちょっと、返事きいてないんだけど」
「私で遊ばないでください」
「だから、本気なんだって!好きじゃない女の子に毎週会いに行くわけねーじゃん」


歩き出そうとした彼女の足は、俺の発言をきいてピタリと止まる。そして、恐る恐る振り返ると、俺の顔を見た。信じていいのか迷っているようだ。
俺はできるだけ真剣な表情で彼女の顔を見つめ返す。


「嫌いでは、ないです」
「ん?ああ…さっきの話か…」
「でも、好きとは言えません。ごめんなさい」
「うん。知ってる。これから好きにさせるから大丈夫」
「お互い好きだから付き合うものじゃないんですか?」
「一般的にはそうかもしんないけど、お試しで付き合うのもアリでしょ」
「…そうなんですか……?」
「少なくとも俺はそれでも良いと思ってる。だから、俺と付き合って」


もう一度、自分の気持ちを伝える。先ほどよりも真剣に俺の話をきいてくれていた名字さんは、根が真面目だからだろう、俺と同じく真剣に悩んでくれているようだ。そして、悩んだ末に出された、答えは。


「…分かり、ました」
「え?マジ……?」
「なんで驚くんですか。花巻君が付き合いたいと言ったんでしょう?」
「そうだけどさ。断られる確率の方が高いと思ってたから」
「じゃあやっぱり前言撤回します」
「ダメダメ!今日から名字さん、俺の彼女だから。分かった?」
「分かりましたから。帰りましょう」


非常に冷静なトーンで淡々と話を進められたけれど、結局のところ俺の気持ちは伝わったということで良いのだろうか。
さっさと歩いて行く彼女の後姿を追う。追いついてから、俺はおもむろに彼女の手に自分のそれを絡めてみた。彼女は少しだけ驚いて、何してるんですか、と言ったけれど、振り払うことはしない。ほんの少し頬がピンク色に染まっているのは、気のせいなんかじゃないと思う。
何この反応。すげー可愛いんですけど。ニヤニヤが止まらない。
俺は絡めていたその手をしっかり握り直して、彼女の隣を歩き始めた。


とりあえず、よろしく



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