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真田俊平の場合


「実はずっと好きだったの」
「マジ? ……全然気付かなかったわ」

 そうでしょうね。気付かれないように全力で努力してましたから。告白されたにもかかわらず照れる様子もなくヘラヘラ笑っている彼を、私は少し睨むような目で見つめていた。これでもかなり勇気を振り絞って告白したのに、彼の反応はあっさりしすぎている。

「これくれんの? サンキュー」
「軽くない? 私今、一応告白したんだけど」

 告白と同時に渡したのは、二月十四日であれば当然のように用意するお菓子、チョコレートだ。私も全国の可愛い女の子達に便乗して、きちんとラッピングしたものを用意した。
 渡そうか渡すまいか、その前に告白しようか断念しようか、ギリギリまで悩んでこの時を迎えているというのに、彼ときたら、売店やそこらへんのコンビニで売られている駄菓子をもらうみたいなノリなのだから腑に落ちない。
 彼はたぶん、告白されることに慣れているんじゃないだろうか。だからこんな風にさらりと受け流せるに違いない。昨日の夜から緊張しまくって寝不足気味な自分が、心底馬鹿みたいだ。
 私の手からするりとチョコレート菓子が入った袋を攫おうとする彼から、ひょいと手を引く。もらえるのが当然だと思っていたのであろう彼は、空を切った自分の手に首を傾げて私を見た。本当に「なんでそんなことすんの?」という純粋な目をして。

「やっぱりあげるのやめた」
「は? なんで?」
「私のチョコレートは安くないの」
「そんなに高かったのかよ。いくら? 二千円ぐらい?」

 私を怒らせたいのか、呆れさせたいのか、ただの天然なのか。恐らく一番最後が有力候補。安いって、そういう意味じゃないし。ばっかじゃないの!
 いよいよ堪忍袋の緒が切れた私は、彼に背中を向けてズンズンと校門の方へ足を進めた。仮にも(仮ではなく大真面目だけれど)きちんと告白された身として、あの軽さはさすがに苛立つ。何度も言うけれど、かなりドキドキしながら二人きりのシチュエーションまで漕ぎつけたこっちの身にもなってほしい。
 彼にとって、私はその程度の女だったということなのだろう。告白されてもドキドキしないし、本命チョコだろうが義理チョコだろうがもらえそうならもらっとこうと思う程度の、その他大勢の女の子の中の一人。
 悲しいというより、悔しかった。まともに向き合ってもらうことすらできないことが。自分が告白の返事を真剣にしてもらえるレベルにまで達していないことが。
 じわり。今更になって視界が滲んでくる。ああ、やだな。こんな道端で泣きたくない。恥ずかしいしカッコ悪いから。ごしごし、制服の裾で乱暴に目元を擦る。

「名字! 良かった。追い付いた」
「真田……」
「どうした? 目赤いけど」

 追いかけてきてくれたことにも驚いたけれど、何の躊躇もなく私の目元に手を伸ばしてきたことにはもっと驚いた。思わず俯いてその手から逃げる。
 これでは完全に触られるのを嫌がったみたいに思われるだろうけれど、咄嗟に身体が動いてしまったのだから仕方がない。泣き顔は見られたくないし、触られたらきっと平静を装えなくなってしまう。だからこれは不可抗力というやつなのだと、脳内で意味のない言い訳をする。
 大体、どうした? って何だ。誰のせいで目を赤く腫らせていると思っているのだろう。さっきの流れから今の状況を見て、何かしら察せないのか。これだから天然かつ鈍感な野球馬鹿は困る。そんな馬鹿を好きになってしまった私は、もっと大馬鹿だけれど。

「なんで追いかけてきたの」
「チョコもらってねぇし」
「まだそんなこと言って、」
「返事もちゃんとしてねぇから」

 やっと私の気持ちを鎮める一言が彼の口から飛び出した。チョコレートのことは一旦置いておくとして、返事はきちんと聞いておきたい。それがたとえ私が望む答えではなかったとしても、有耶無耶にされるよりよっぽどいい。
 場合によってはこのまま逃げてしまおうと思っていた私は、おずおずと彼に向き直った。顔は上げられないけれど、せめて正面から返事を聞くべきだと思ったのだ。

「正直に言うと、名字を特別だと思ったことはねぇんだけど」
「うん」
「そもそも野球以外のこと考えてる余裕なかったっつーか……さっき好きって言われて嫌な気は全然しなかったし、嬉しかった」
「うん……それなら良かった」

 実に彼らしい返答だった。告白のお断りのフレーズとしては、なかなか高得点じゃないだろうか。その証拠に、先ほどまでの胸のもやもやもいらいらも徐々に薄らいでいっているような気がする。

「今まで告白された時は嬉しいとかそういうのよくわかんなかったけど、名字に言われた時は初めて嬉しいって思ったから、もしかしたら特別なのかもしんねぇなと思ってる」
「……え?」
「あー……こういう返事じゃ微妙?」

 微妙です。すごく。期待したいけど、期待したら裏切られそうな気配がプンプンします。でも、それがまた彼らしいと言えばその通りで。私は手元にぎゅっと握りっぱなしにしていた袋を、彼にずいっと突き出した。

「微妙だけど、今日はそれで合格ってことでこれあげる」
「よっしゃ!」

 遠慮のカケラもなく受け取った彼は子どもみたいに無邪気に喜んでいて、告白云々で悩んでいた自分がひどくちっぽけに思えた。私はこういう彼を好きになったのだから、恋愛というカテゴリーにおいて前途多難なのは仕方がないことだったのだと、今更のように気付く。
 とりあえず、今まで彼に告白した女の子より一歩……もしくは半歩ぐらいリードしているみたいだから、ここからまた頑張ろう。私は顔を上げて、彼に笑顔を向けた。好きな男の子に、少しでも可愛いと思ってもらえるように努力しようという決意を胸に。
 すると、彼は私と目を合わせた途端「うわ」と。何とも言えない声を漏らした。なんだその呟きは。笑顔がブサイクとか、さすがにそこまでデリカシーのない感想は聞きたくないからやめてほしいのだけれど。

「名字って可愛かったんだな」
「へ、」
「今かなりぐわっときたわ。びっくりしたー」

 びっくりしたのはこっちなんですけど! 普通、急にそんな心臓に悪いこと言う? いや、彼が普通じゃないことは知っていたけれども! それにしたって……
 じわじわと込み上げてくるのは嬉しさか、恥ずかしさか、そのどちらもか。何にせよ、私の体温はどんどん上昇していく。

「な、なに言ってんの!」
「名字のこと好きになったかも、ってこと」

 白い歯を惜しげもなく見せてニィッと笑うこの男が照れるところを見られる日はくるのだろうか。頭がくらくらする。倒れそう。
 そんな私を置いて「じゃあそういうことだからよろしく! また明日な!」と爽やかに去って行く彼。ここで置いて行くの? そういうことってどういうこと? また微妙なこと言ってくれちゃって!
 今日までだってずっと彼のことばかり考えていたっていうのに、これじゃあ明日からはますます彼のことしか考えられなくなっちゃうじゃないか。絶対に責任取ってもらうんだからね!


真田先輩は恋愛事に疎そうだけど直球勝負してくれそうだなと勝手に思っています。少年の心をいつまでも持ち続けていてくれ……