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倉持洋一の場合


「俺のことが好きなんじゃねーのかよ」

 ぼそぼそ、彼にしてはあまりにも小さな声で言うものだから聞き間違いかと思った。
 部活を引退したら寮からは出なければならない。だから、野球部だった彼は部活を引退した秋から私と同じく通学組になった。もともとクラスの女子の中では彼と仲が良い方だったし、帰宅方向が同じということもあり、いつの間にかなんとなく一緒に帰る間柄にはなっていたのだけれど、まさか急にそんなことを言われるとは。
 おっしゃる通り、確かに私は彼のことが好きだ。それも高校一年生の時から。しかし、彼はその手のことに疎いと思っていたから、バレているとは思わなかったのだ。私独自の統計結果によると、同い年の野球部のメンツで女子に人気なのは圧倒的に御幸だったけれど、彼のことが好きな人もちらほらいた。そのことに、彼自身は気付いていないだろう。
 私は、彼と気兼ねなく仲良く話ができる関係というだけで満足していた。よくあるやつだ。告白して気まずくなるより、友達としての関係を続けたいという、逃げの選択。私と同じ選択をする人は、全国に五万といるはずだ。だから私は、今でもその選択が間違っていたとは思わない。彼が私の気持ちに気付いていたことが、予想外の事態なのだ。
 二人での帰り道。最初は、お前ら付き合ってんのかよ、と冷やかされたこともあったけれど、私も彼も適当にスルーし続けてきた。その甲斐あってか、今ではもう何も言われない。今日だって、いつも通り学校を出て、もう少しで分かれ道に差し掛かるというところまでは他愛ない会話をしていたのに、彼は一体全体どういう流れでその言葉を吐き出したのか。私にはこの不測の事態に対応しきるための頭脳がなかった。

「え、っと、なんで急にそんな……?」
「今日、クラスのヤツらには配ってただろ」
「配ってた? ……ああ、チョコのこと?」
「俺もらってねーんだけど」
「倉持、ほしいの!?」
「だから! 普通は好きなヤツに渡すもんだろ! そういうのは!」

 なんでこんなこと自分から言わなきゃなんねーんだ、と呟く彼は心底恥ずかしそうで、それがちょっと……否、だいぶ可愛くて。バレンタインデーとか、チョコレートとか、彼は無関心なタイプだと思っていた。しかし今の発言を聞くと、今日一日ずっと、いつ私からチョコレートがもらえるかとそわそわしていたのかもしれない。ごめんね倉持。本命チョコはクラスメイトに配り歩くみたいに気軽に渡せないから、まだカバンの中に入れっぱなしなんだよ。

「あれはほら、義理チョコだから」
「本命から渡せよばーか。つーかお前、このまま帰る気だっただろ絶対」
「……うん」
「本命渡す気ねーじゃねぇか!」
「だって倉持に本命チョコですって渡して拒否られたら立ち直れないもん。倉持が私のこと好きとかわかんないし。ていうか、倉持はなんで私が倉持のこと好きだってわかったの? そんなにわかりやすい態度とってた?」

 あたかも、両想いなのわかってただろ、みたいなノリで話が進んでいるけれど、倉持が私と同じ気持ちだったなんて、私は今の今まで知らなかったし気付かなかった。もし付き合っているなら、倉持の言う本命から渡せという原理も、まあわからなくはない。けれど、暗に義理チョコ渡す前に告白してこい、というのは少々無理があるのではなかろうか。
 分かれ道まではあと五分程度。冒頭の彼の言葉を聞いた時から立ち止まっている私達は、傍から見ればさぞかし滑稽だろう。ほとんど人が通らない道で良かった。こんな会話をクラスメイトに聞かれでもしたら、卒業するまでいじり倒されてしまう。

「俺は好きでもねーヤツと二人で帰らねーから、名字もそうだと思った」
「私が倉持のこと好きだろうって思った理由、それだけ?」
「周りのヤツらにもそう言われたんだよ!」
「御幸とか?」
「あいつはそういうの全然わかんねーから違う」
「だよね。倉持も御幸と同類だと思ってたから油断してたよ」
「で? 渡すもんは?」

 茶化して少しふざけた空気にしようとしたのだけれど、彼の真剣な顔と口調によってそれは叶わなかった。当然のように出される手。こうなったら、できることはひとつしかない。私はおずおずとカバンの中から特別仕様のチョコレートを取り出してその手に置いた。こんな渡し方で良いのかどうかは疑問だが、渡せないだろうと思いつつ一応持って来ておいて良かった。

「私の気持ちに気付いてたなら、倉持の方から告白してくれれば良かったじゃん」
「うるせーな」
「倉持の気持ち、いまだによくわかんないし」
「は? 今の流れでわかるだろ」
「わかるけど、わかんない」

 遠回しに好きだと伝えてくれたし、両想いだったんだってわかって安心もしている。けど、私は腑に落ちていなかった。だって、終始上から目線というか、俺のこと好きなんだろ、だったら告白してこいよ、チョコレート寄越せよ、みたいな感じだし、私ばっかり「好き」を伝えているような気がして。
 そっぽを向いてがりがりと頭をかく彼は、めんどくせーな、とでも思っているのかもしれない。しかし、女ってのは大体面倒な生き物なのだ。本当に好きだと思ってくれているのなら、その面倒さにも耐えてもらわなければならない。……というのは、あくまでも私の個人的な意見だけれど。

「そっちだってちゃんと言ったわけじゃねーだろ」
「どうやっても私から言わせたいと?」
「そういうわけじゃねーよ」
「でもそういうわけになってるもん」
「めんどくせーな」

 知ってるもん。自分が面倒なヤツだって。きっとそう思われてるんだろうなって、ちゃんと予想もしてたし。でも、やっぱり、直接面倒なヤツだと吐き捨てられたら傷付く。そういうところも面倒臭いんだと思うけど。
 じゃあもういい、と。言おうと思った。とりあえず両想いみたいだから、今日はそれがなんとなく確認できただけでも十分だ、って。これ以上傷付きたくないし、嫌われたくないし、気まずくなりたくないなら引き下がった方がいいでしょ、って。自分に言い聞かせながら。
 すると、私より先に彼が口を開いた。また、ぼそぼそとひどく聞こえにくい声量で、好きじゃなきゃこんなに必死になってねぇよ、って。めちゃくちゃ照れた様子で。
 途端、私の胸はきゅうっと締め付けられた。そうか。彼は、私に好きって言ってほしくて、量産品のチョコレートだとしても「本命」というレッテルが張られたそれをもらいたくて、それもこれも全部私のことが好きだったから、必死で求めていたんだ。

「倉持」
「なんだよ」
「好きです」
「な、」
「私と付き合ってください」

 どっちから告白するか、とか、好きって言うか、なんて関係なかった。お互いちゃんと好きだってわかり合えたら、順番なんてどうでもいい。そう思ったら、今まで何を渋っていたんだと不思議になるぐらい、私の口はスムーズにシンプルな愛の告白を囁いていた。
 戸惑って、呆然として、また照れて。彼はコロコロと表情を変えながら、どうにかこうにか声を出す。

「今から俺が言うつもりだったのにどうしてくれんだよ」
「言ったもん勝ちだもん」
「カッコ悪ぃ」
「可愛いから許す」
「はあ?」

 かなり不本意だったのか、やや憤慨気味の彼を尻目に、帰ろ、と一歩を踏み出す。どさくさに紛れて手を繋いじゃったけど、振り払われないのをいいことに分かれ道までの五分は恋人気分を堪能させてもらうことにした。
 ちらり。隣を歩く彼は首筋まで真っ赤で、そういうところが可愛いんだよって指摘しようかと思ったけどやめておいた。たぶん私も、彼と同じぐらい真っ赤になっているような気がするから、人のことは言えない。


倉持は御幸に比べたら圧倒的に恋愛スキルあると思うけど、なかなか素直になれない男の子ってイメージです。誰よりも王道の青春っぽいことしそう。