×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

松川一静の場合


「ずっと好きでした。付き合ってください」

 一人でこのセリフを唱えるのは何度目だろう。何度練習したって、相手がそこにいるわけじゃないのに緊張して声が震える。こんな状態で今から告白しようだなんて、私はとんだチャレンジャーだ。
 同じクラスになったのは高校二年生の時だけ。出会いも去年の春だ。同じクラスだった去年ですらあまりまともに話したことがないし、今年なんてクラスも違うから、一方的に試合を観に行ったり練習をこっそり見学しに行っただけで、接点はゼロに等しい。
 それでも私は、彼のことが好きだった。寝ても覚めても彼のことを考える。こんなにも男の人のことで頭をいっぱいにしたことはない。それぐらい、どうしようもなく惹かれていた。
 特別なことをされたわけではない。普通のクラスメイトと同じように挨拶を交わして、授業でグループ課題が出た時にたまたま同じグループになって作業をして、たった一度だけ一緒に日直の仕事をこなして。だから彼はきっと、私に告白されたら相当驚くだろう。そもそも、顔と名前を認識してもらえているかどうかすら危うい。その程度の関係だ。
 優しくて大人びている彼は、突然の告白に戸惑いながらも、私を傷付けないように言葉を選んでくれるのだろう。気持ちは嬉しいよ、って、柔らかくお断りの返事をしてくれる彼の姿が容易に想像できた。
 あと二週間もすれば、私たちは高校を卒業する。そうなったらもう彼に会うことはない。だから悔いが残らないように、脈なしだとわかっていても気持ちを伝えようと決めた。しかし、練習を重ねれば重ねるほど、私の中の勇気は萎んでいく。
 ダメだとわかっていて気持ちを伝えるなんて、相手にとっては迷惑以外の何ものでもない。それに、わざわざ自分から傷付きにいかなくても、このまま苦く切ない恋として思い出にしてしまうのもありなんじゃないか。そんな気持ちが大きくなっていった。

「やっぱりやめようかな……」
「諦めちゃうの?」
「え!?」

 下校時刻はとうの昔に過ぎていて今まで教室に一人だった。だから恥ずかしい告白の予行練習を何度もすることができていたのだけれど、そんな一人が当たり前の空間で背後から声がしたものだから、私は飛び上がるほど驚く。しかもその声には聞き覚えがありすぎた。
 振り返れば、そこには想い人である松川くんの姿。私は途端、全身から汗が噴き出るのを感じた。二月半ばのまだまだ寒い時期に、私の全身は熱くて燃えそうになっている。
 彼以外の誰かならまだ適当にその場を凌ぐことができたかもしれないけれど、まさかのまさか、今ここにいるのは彼なのだ。まともに声を発することすら叶わない。
 これ以上ないほどパニック状態の私にお構いなしで、彼は教室の扉のところから私に近付いてくる。無意識に後退る私。しかし、数歩下がったところで、すぐに壁にぶち当たってしまった。

「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、あんまり一生懸命練習してたから気になっちゃって」
「まさかずっと……?」
「三回は聞いたかな」

 なぜ気付かなかった私。いや、それよりも、なぜ三回も聞いていたんだ松川くん。私は顔から火が噴き出そうなほど熱を感じていた。いっそのこと、このまま燃え尽きてしまいたい。

「忘れてください……」
「努力はしてみるけど、たぶん忘れられないかな。ごめんね」

 まともに彼の顔が見れないから確認はできないけれど、なんとなく、彼がふっと笑う気配がした。一人で告白の予行練習をしていた怪しい女にも、彼は優しい。気持ち悪いとか思わないのだろうか。たとえ思っていたとしても、彼はそういう負の感情を相手に直接ぶつけるようなことはしないだろうけれど。

「でも、あんなに練習してたのに諦めちゃうの、勿体ないんじゃない?」
「迷惑かけたり、困らせたり、したくないなと思って……」
「告白されて迷惑とかないでしょ。普通に嬉しいと思うけど」

 それは相手が自分と同じく好意を抱いている場合のみ当て嵌まることであって、そうじゃなかったら返事に困るでしょう? 本人を前にそこまで刺々しいことは言えなくて、私は口籠った。彼の優しさが、今は逆に私を苦しめる。

「そのチョコも無駄になっちゃうし」
「……いいの。自分で食べればいいし」
「いらないなら俺がもらっちゃだめ?」
「え」
「名字さんからのチョコ、ほしいな、俺」

 この人はどこまで私を混乱させたいのだろう。名字さん、と彼の口から私の名前が出てきたことにも驚いたけれど、そして覚えていてくれたことに嬉しさも感じたけれど、今はそれどころではなかった。
 そんなに優しくしないでほしい。たとえ同情だとしても、告白直前で怖気付くような女に、そう簡単に手を差し伸べないでほしい。どんどん、好きが溢れてしまうから。伝えないって決めたのに、押しとどめている気持ちが勝手に口から飛び出しそうになってしまうから。
 
「だ、だめ……」
「やっぱだめか。本命にあげるために用意したやつだもんね」
「そうじゃなくて、」
「ん?」

 震える声。ボリュームも相当小さいから、聞こえ辛くてたまらないだろう。しかし彼は、その声を拾うために耳を傾けてくれる。ごめんよく聞こえなくて、って言いながら半歩近付いてまで、去年までのクラスメイトの発言を聞こうとしてくれる。
 むくむくと、また、好きが膨れ上がった。そして遂に、それは私の中にとどめておけなくなる。

「これ、松川くんに用意したの」
「え?」
「私が好きなのは松川くんなの……ごめんなさい……」

 恥ずかしいやら情けないやら申し訳ないやら。感情が渋滞していて整理できない。蚊の鳴くような声で伝えたから聞き取れているかどうかも定かではないし、予行練習は全くの無意味と化した。
 ここから逃げ出したくて堪らないのに、足が床に張り付いているみたいに動かない。動けないならせめて消えてしまいたいけれど、普通の人間である私には当然そんなことができるはずもなく。ただ沈黙を耐えるしかなかった。

「なんで謝るの」
「迷惑、」
「じゃないよ。さっきも言ったでしょ。普通に嬉しいって」

 ああ、やっぱり優しい。そう言ってもらえただけでも気持ちを伝えた甲斐があった。私はこれで十分満足だ。と、勝手に自己完結させようとする。そうしないと、この空気に耐えられないから。

「あ、違う。訂正」
「訂正?」
「普通に、じゃなくて、めっちゃ嬉しい」

 どうして彼はもう満足だと思っている私に、今以上を与えてくれるのだろう。胸がいっぱいで、今にも破裂しそうだ。

「ずっと好きでした。付き合ってください」
「……へ?」
「名字さんのセリフ横取りしちゃってごめんね」
「え……っと?」
「返事の練習、いくらでも付き合うけど」

 恐る恐る顔を上げる。そして、傾けられた笑顔に、私は死んだ。また俯く。ついでに蹲る。両手で顔を覆う。泣きそうだ。今なら死んでもいい。あ、今私、一回死んだんだった。
 彼が膝を折って私の前にしゃがみこむ。見下ろされているのは視線でわかるけれど、だからこそ動けない。

「それとも、せっかくいっぱい練習してたし、今から名字さんの本番に付き合おうか? 俺もちゃんと聞きたいし」
「松川くんって、優しいのか意地悪なのかわかんない……」
「優しくはないよ。意地悪は好きな子限定でするかな」

 彼はまた、上手に私の命を奪った。今日だけで何回心臓を潰されるのだろう。数えるのは骨が折れそうだ。
 さて、これからどうしよう。とりあえず用意しておいたチョコレートを渡して、それから、頑張って練習の成果を見せた方がいいだろうか。
 まともに顔を上げられなかった私が意を決して顔を上げ予行練習通りのセリフをぶつけたら、動きを止めた後ほんのり顔を赤らめて口元を隠した彼。反則でしょそれは、って言うけど、照れ顔が可愛いなんて、そっちの方が反則だよ松川くん。私の死亡回数が、また増えた。


松川一静の大人びたところが死ぬほど好きですが高校生らしい可愛い一面も死ぬほど好きです。死亡回数なんてもう数えられない。