×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

宮侑の場合


「好きです。これ、受け取ってください」
「……は?」

 悔しくなるほど端正な顔が歪んで、あからさまに嫌悪感を示される。ですよね。そういう反応をされるのは予想済みでした。
 私は彼の反応を確認するなり、すぐさま真剣な表情から冗談めかした笑顔に切り替えた。そして、あらかじめ用意していたセリフを吐き出す。

「なーんちゃって! 冗談。本気っぽかったやろ?」

 彼の前に突き出したチョコレートの箱が入った紙袋を自分の手元に戻し嘘の告白を装う私は、どこか不自然ではないだろうか。何回もシミュレーションしたからきっと大丈夫だと思うけれど、彼は変なところで目敏いから、妙なつっこまれ方をしたら上手にかわせる自信はない。
 宮侑。私の喧嘩友達であり、好きな人。嘘の告白を装ったけれど、彼のことが好きなのは本当だ。しかしそれを、本気で好きです、と貫き通せるほど、私は強くない。だからこうして、なんちゃって告白というありきたりなやり口でこの場をやり過ごそうとしている。
 放課後の部活前に呼び止めたら、絶対に嫌な顔をされるとわかっていた。それに今日はバレンタインデー。モテモテの彼のことだから、朝から晩まで色んな女の子に呼び止められてはチョコレートを渡され、放課後にはすっかり嫌気がさしているだろう。だから私は、朝一番、朝練のために登校途中の彼に偶然を装っておはようと挨拶をし、ついでに、と言わんばかりに冒頭の言葉を捧げたのだ。
 最初から、この告白の結末はわかっていた。けれど、以前にも増して彼がモテ始めて、ファンの女の子に優しくなって。その反動かどうかはわからないけれど、私の扱いが雑になってきたから、私だって女の子なんだよってことを少しぐらい意識してもらいたくなった。それだけのことだ。
 バレンタインデーに告白したからといって、今までの認識を覆していきなり女の子として意識してもらえるようになるとは思っていなかった。ただ、ほんのちょっとでもドキッとしてくれないかな、って。こいつも女やったわって一瞬でも思ってくれないかな、って。そんな期待をしていたのだけれど、彼の反応はあきらかに喧嘩友達に対するそれだった。玉砕である。

「朝練前にくだらないことしてごめん。部活頑張って!」

 私はできるだけ素早く彼の視界から消えようと、ダッシュで学校を目指す姿勢を見せた。しかし、何勝手に話終わらそうとしとんねん、という、唸るように低い声が聞こえたことによって、足が思うように動かなくなる。そんなに怒るようなことだっただろうか。部活に行く前の貴重な時間に足止めしたことについては、一応ちゃんと謝ったんだけど。
 どすどすと重たい足音が聞こえて、彼が私の行く手を阻むように目の前で仁王立ちになった。彼は無駄に(無駄じゃないかもしれないけれど)背が高いから、私は後退りをすることしかできない。

「冗談てなんやねん」
「なんやねんって言われても、冗談は冗談や」
「わざわざそんなもん仕込みで用意して?」
「これは……じ、自分で食べる用に買ったやつやもん」

 手元のチョコレートを指さされドキッとしつつも、どうにかこうにか誤魔化す。しかし彼は、まだ私を逃がしてくれそうにない。

「こんな朝早うに待ち伏せしとったんも冗談言うためなん?」
「部活の邪魔にならへん時間って、朝ぐらいしかないやん」
「サムが今日に限って先に行ったんも偶然やって言い張るんやな?」

 う、と。言葉に詰まる。実は双子の兄弟である治には今日のことをこっそり相談していたので、彼が一人で登校するように協力してくれたのだ。そんなことに気付くなんて、やっぱり彼は妙なところで目敏い。

「偶然やろ、そんなん」
「サムと一緒に出ようとしたら、今日だけは絶対に後から来いってキレられたんやけど?」
「そ、それは……私は何も知らんもん……」

 どんどん尻すぼみになっていく語気。視線もみるみるうちに下がっていって、今は地面を食い入るように見つめている。もともと上手く嘘を吐き通せるような器用な女じゃないから、つっこまれればつっこまれるほどボロが出てしまう。これ以上はどうか勘弁してほしい。
 こうなったら強行突破で逃げてしまおうか。しかし、逃げてもどうせ同じクラスだから教室で顔を合わせてしまうし、そんなことをしたら余計に冗談では押し通せなくなる。かと言って、この状況を打開する策は何も思い浮かばないし。

「……冗談ちゃうんやろ」

 確信を突く一言に、ひゅっと呼吸が止まる。目敏くて察しがいい彼のことだ。隠し通せそうにない嫌な予感はしていたけれど、ド直球で指摘されると返事なんかできやしない。
 肯定しても否定しても地獄。こんなことになるぐらいなら告白なんてしなければ良かった。どうにかして誤魔化せるだろうと楽観的に考えていた昨日までの自分が恨めしい。
 沈黙は肯定だ。彼は私が何も言わないことでそれを察したのだろう。なんやねんそれ、と不機嫌そうにぼやいた。きっと、朝から面倒なことになった、って、早く部活行きたいのに、って思ってるんだろうな。だったらいっそのことさっさと行ってくれたらいいのに。
 投げやりな気持ちでそんなことを思っていたら、手に持っていた紙袋を乱暴に引ったくられた。突然の予期せぬ事態に、私は順応できない。

「これ、もらう」
「いるん?」
「おん」
「でも今日他の女の子にいっぱいもらうやろ?」
「本命受け取らんアホがどこにおんねん」

 いつも憎まれ口ばかり叩く彼の不意の優しさに、不覚にも泣きそうになってしまった。本命だとわかった上で受け取ってくれるなんて、彼は意外にも義理堅い男なのかもしれない。
 予定通りにはいかなかったけれど、思っていた以上に傷付かずに済んでよかった。あとは今まで通り、口喧嘩をする友達として上手くやっていけたら私は満足だ。

「受け取ってくれてありがとう」
「何あらたまっとんねん」
「本命とか重たいやんか。侑、そういうの絶対いらんって断るタイプやと思っとった」
「……なんか勘違いしとるんちゃう?」

 はて。勘違いとは。キョトンとしている私に呆れ顔をしたかと思ったら何やらイラつき始めた彼に、私はますます首を傾げるばかりだ。

「俺は! お前の本命チョコやから受け取ったんやぞ!」
「……友達やから特別に?」
「ちゃうわ! 今の流れで大体わかるやろ! 鈍感すぎか!」
「なっ、そんな遠回しな言い方して、侑は卑怯や!」
「はあ!? 俺はわかりやすく名前に構っとったやろ! そんなん好きやから以外にどんな理由があんねん!」
「……侑、ほんまに私のこと好きなん?」
「これで嘘なわけあるか」

 アホちゃうん、と。不貞腐れるように吐き捨てた彼は、そこで初めて私から目を逸らした。少し視線をずらせば彼の耳が赤くなっていることに気付いて、彼でも照れるんだ、とニヤける口元を引き締められなくなる。

「いつから?」
「知らん」
「私が教えたら教えてくれる?」
「死んでも教えん」
「私は高校一年の秋なんやけど」
「勝った! 俺は夏やから俺の方が長くお前のこと好きやねんぞ! わかったか!」
「ふーん。へーぇ」
「……ハメたんか」
「侑が勝手に教えてくれたんやろ」
「ちゃう! 今のは絶対にハメた! 卑怯なんはそっちの方や!」
「卑怯はちゃうやろ!」

 早朝、公共の場でぎゃあぎゃあと喚く私たちをバレー部主将の北さんに目撃されたら、きついお叱りを受けてしまうかもしれない。けれど、今だけは許してほしい。あともう少ししたら、お互い照れて口を閉ざしてしまうと思うから。


宮侑は好きな女の子をいじめたくて仕方がない小学生ってイメージで書きました。いつか大人になってほしいような、永遠に小学生男子のままでいてほしいような……まあどっちに転んでも好きなんですけど。