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黒尾鉄朗の場合


「好きです。俺と付き合ってください」
「え」

 私は差し出された小さめの箱と彼の顔を交互に見遣って目を瞬かせた。
 今日は二月十四日。世間がちょっぴり甘く賑わうバレンタインデーだ。女の子はほぼ全員、誰かに渡すためのチョコレートを持っている。私も例外ではなく教室に置いてきたカバンの中にチョコレートを忍ばせているわけだけれど、まさか彼から渡されるなんて思ってもみなくて、放心状態になっていた。
 彼は私よりうんと身長が高いから、私が見上げないと視線が交わらない。それをいいことに、私は顔を上げず、ただ目の前に差し出されたチョコレートの箱だけを見つめている。どんな顔をして、どんなセリフを言いながら受け取れば良いのか。それを一生懸命考えているのだ。

 チョコレートを渡してきた人物は、同じクラスの黒尾鉄朗。バレー部の主将を務めていて、クラスでも自然と中心的存在になっている。男女関係なく取っ付きやすくて、人当たりがいい。性格は……いいとは言えないかもしれないけれど、憎めない。とにかく、基本的に誰からも好かれるだろうな、って感じの背が高い男子だ。
 そんな彼だから、今日は沢山チョコレートをもらっていた。義理チョコが大半なのは知っているけれど、中には本命チョコもあったと思う。昼休みに呼び出されているところを見たから。もしかしてあの子と付き合っちゃうのかな、とそわそわしていたのは、私も密かに彼のことが好きだからだ。
 私はそんなに人付き合いが上手い方じゃない。人見知りもするし、声が小さくて聞こえにくいらしい。コミュニケーションが取りにくいと言われたこともある。しかし彼は、そんな私にも普通に接してくれた貴重な人物だ。単純な話だけれど、私はあっさり恋に落ちた。
 初めて出会ったのが去年の春。三年生に進級してからも同じクラスになれたのは本当に嬉しかったけれど、同じクラスになれたからといって彼との距離が急激に近付くことはなかった。それでも私は、時々話ができるだけで嬉しかったし満足していた。あとは今日、カバンの中のチョコレートをこっそり彼の机の中に入れて帰ろう。この気持ちは胸に秘めたままでいい。そう思っていたのに。
 放課後、今ちょっと時間ある? と、特別な雰囲気も何もなく声をかけられて、のこのこついて行った。そうして、時間帯的にまだ誰もいない部室棟の奥まで来たところで、突然冒頭の展開である。私が混乱するのは当然だ。

「甘いの無理な人?」
「そんなことはないんだけど」
「じゃあどうぞ」
「いや、でも、」
「告白の返事は急いでないから卒業までにゆっくり考えていただければ。なんなら卒業してからでも待ちますし」
「ちょ、ま、あの、」

 勝手に話を進めてチョコレートの箱を私に持たせた彼は、用事は終わったと言わんばかりにこの場を離れようとしている。しかし、こちらは何も終わっていない。なんなら始まってもいない。
 何か言わなくちゃ。このままでは彼が行ってしまう。返事なんてとっくに決まっているから今すぐにでも伝えたいのに、私の声帯は壊れてしまったのか、上手く発声できない。でも、どうにかして彼を引きとめたい。私は声で制止ができない代わりに、彼の服の裾を引っ張って何とか引きとめることに成功した。
 ぐい、と引っ張られている彼は、うおっ、と声を出していて驚いている様子。こんな風に引きとめちゃってごめんなさい。その一言も言えない私に、彼はいつも通りのトーンで、まだ話あった? ごめんね、と逆に謝ってくれる。優しい。知ってたけど。
 何度か深呼吸をする。私も伝えたいことがあるから頑張らなくちゃ。

「く、黒尾くん」
「はいなんでしょう」
「さっきの、って、本気、ですか」
「さっきのって、好きですってやつ? 逆チョコ用意しちゃうぐらい本気ですけど」
「なんで私……?」

 素朴な疑問だった。私は私に自信がない。だから、誰かに好かれる日がくるなんて思ってもみなかった。しかも好いてくれる相手が、自分の好きな人だなんて、ちょっと出来すぎている。彼は人を傷付けるドッキリを仕掛ける人じゃないと思っているけれど、もしかしたらもしかして、高校最後にドッキリを仕掛けてきた可能性もなくはない。まあその可能性はほぼゼロになったわけだけれど、それでもやっぱり、どうして私なんだろう? という疑問は拭い去れなかった。
 ずっと上げられない顔。彼はもうどこにも行かないのに、私はいまだに制服の裾を引っ張ったまま固まっている。頭上から彼の視線を感じるから、下手に動くことができないのだ。

「まず可愛いでしょ」
「えっ」

 どこをどう見たらそんな言葉が出てくるのか。そういえば私は彼と会話をする時、気恥ずかしさからいつも俯きがちだったと思う。だから彼は、まともに私の顔を見たことがないはずなのだ。となれば、もしかしたら彼の中で私の顔面認識が間違っているのかもしれない。もしくは、あまり見えなかった部分を彼の脳内で上手に補完してしまったのかもしれない。何にせよ、可愛い、という認識は間違っている可能性が高い。
 私は意を決して顔を上げた。彼が間違った認識をしたまま告白の返事をするわけにはいかない。こんな顔ですけど大丈夫ですか? 認識間違ってますよね? 可愛くなくてごめんなさい。そんな気持ちで泣きそうになりながら彼に視線を送ると、ぱちぱち、瞬きした彼がふいっと目を逸らした。
 どうやら見るに堪えない顔だったらしい。ですよね。知ってました。ショックを受けながらもホッとしている私の情緒は、これでもかというほど不安定だ。

「ごめん、ちょい待って」
「大丈夫。告白の取り消しにショック受けて泣いたりはしないから」
「は? 勝手に取り消さないでくれます? 今の間に俺なんかした?」
「え? だって、私の顔、見たんだよね?」
「見たよ」
「……それで、告白取り消すよね?」
「いやいや、意味わかんないじゃん。どういう流れ?」

 ふはっ、と。耐えきれませんでした、というように笑いを零す彼に、私の方から尋ねたい。一体これはどういう流れだ。私の顔を見て、目を逸らして、やっぱり可愛くなかったわ、と認識を改めたんじゃないのか。
 いまだにひーひーと笑いを引き摺っている彼に、もう一度確認する。私可愛くないのに告白取り消さなくていいの? って。そうしたら彼は、ぴたりと笑うのを止めた。急に真剣な顔になられると、こちらがその顔面に耐えられないからやめてほしい。

「名字さんはちゃんと可愛いので告白は取り消しません」
「な、」
「目合わすの緊張しちゃうぐらい好きなので真剣に考えてほしいんですけど」

 都合のいい幻聴ばかりが聞こえる。これは夢だろうか。夢だとしても私に優しすぎる。もしかしたら私は今日の下校中に死ぬのかもしれない。おそらく、一生分の幸せを使い果たしてしまったと思うから。
 でも、どうせ死ぬなら死ぬ前に。たとえ夢だとしも、夢の続きを見るために。私は声を振り絞った。彼の顔をまともに見ながら言う勇気はないから、また視線は地面に戻してしまったけれど。きっと、彼は聞いてくれる。

「私も、好きです」
「……ごめん、聞こえなかった」
「わ、私も、黒尾くんのことが好きです」
「なんて?」
「私ずっと黒尾くんのことが好きだったの!」

 彼に届くであろう声量で返事をしたつもりなのに何度も聞き返されるものだから、ついに私は顔を上げ彼めがけて言葉をぶつけた。すると、にんまりと満足そうに笑う彼と目が合って、騙されたことを悟る。彼には最初からちゃんと聞こえていたのだ。その上で三回も同じことを言わされた私の恥ずかしさったらない。

「黒尾くん!」
「ごめんごめん、可愛くてつい」
「かわっ……黒尾くんの目は節穴だと思う!」
「そんなことないと思うけどなー」
「後悔しても知らないよ」
「後悔しない自信あるんでご心配なく」

 ずっと彼の制服の裾を握り締めていた私の手を、彼がにっこり笑いながらおもむろに解く。触れ合ったお互いの指先は冷たくなっていたけれど、私の顔は熱くて堪らない。
 教室に戻ったら、カバンの中に忍ばせているチョコレートを彼に渡そう。できればもう一度、好きです、の一言を添えて。そうしたら彼は、何と返事をしてくれるだろうか。「俺も」?「知ってる」?正解は、


正解は人それぞれ違うと思いますのでお好きなようにご想像ください。個人的には「今度はちゃんと聞こえました」って幸せムード全開でも良いし「もう十分なんですけど」って今更のように照れてくれても良いかなと考えていました。黒尾鉄朗の可能性無限大なので正解しかない。