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御幸一也の場合


「好きです」
「あー……ごめん。今はそういうの考えられなくて」
「わかってます! あの、すみませんでした!」

 そうして頭を下げて先輩の元から猛ダッシュで逃げたのは一年前のこと。来月、私は三年生に進級し、先輩はこの学校を卒業する。

 御幸一也先輩は、我が青道高校が誇る野球部のキャプテンを努めていた。その上、四番でキャッチャー。更についでに言うとイケメン。同じ人間か? と疑いたくなるようなハイスペックな人だ。
 だから、私の他にも先輩に想いを寄せる人が沢山いたことは知っていた。もし私より先に告白した誰かと先輩がお付き合いを始めてしまったら、気持ちを伝えることすらできずに悶々とし続けることになる。それは嫌だ。というわけで、私は意を決して去年のバレンタインデーに告白したのだ。
 忙しい先輩をわざわざ呼び出すのは申し訳なくて、部活に行く前の下駄箱で呼び止めて、グラウンドの隅の校舎の陰になっているところで渡したチョコレート。後になって、先輩は甘いものが苦手らしいということを知って、自分のリサーチ不足に絶望した。それと同時に、突き返さずに受け取ってくれた先輩のことを思うと、フラれたくせに懲りずに先輩への気持ちを募らせてしまった。
 懐かしいなあ。もう一年前になるのかあ。一人、感傷に浸りながら、苦い思い出の場所にふらりと足を運んでいた私は、背後から「あれ」という声が聞こえて、びくりと肩を跳ねさせて足を止めた。この声はもしかして。
 ぎぎぎ、と古くなったブリキのおもちゃのようにぎごちない動きで後ろを振り返れば、そこには私が思い描いていた通りの声の主が立っていた。御幸一也先輩。今でも尚、私の心に居座り続けている人だ。

「こんなとこに何か用?」
「別に、用があったわけじゃないんですけど……」
「じゃあなんでいんの?」

 ごもっともな質問だ。しかし「去年先輩に告白してフラれた思い出の場所に来て感傷に浸っていました」と馬鹿正直に答えるわけにもいかないし、そもそも先輩は私に告白されたこと自体覚えてなさそうだから、そんなことを言われても迷惑なだけだろう。
 ざり、と土を踏む足音が聞こえて、先輩が私に近付いてくる気配を感じた。一歩、二歩。どんどん近付いてきて、やがて私の真横まで来た。けれど、足を止める様子はない。
 なるほど。私の返事は特に必要ないらしい。ただ、普通なら人が寄り付かないところに人がいたから声をかけた、と。それだけなのだろう。わかっていたことではあるけれど、やっぱり少し切ない。
 会釈しているのか俯いているのか微妙な頭の下げ方をしている私の横を通り過ぎた先輩。が、なぜか止まった。私の半歩ぐらい後ろで。え。なんで? 私何かした?
 振り向いていいものか、このまま動かない方がいいものか。図りかねた私は、無難に、動かず先輩の出方を窺うことにした。

「……帰んないの?」
「せ、先輩の方こそ、帰らないんですか?」
「俺はここに用があって来たから」

 こんな何もないところに用がある? 用って何? そう考えて思い浮かんだのは、去年の自分。もしかしたら私ではない他の誰かが、先輩をこの場所に呼び出したのかもしれない。そんなにメジャーではないけれど、あまり人目につかないこの場所は告白の穴場スポットになっていると聞いたことがある。
 それならば早くこの場を立ち去らなければと、胸の痛みには気付かぬふりをして一歩を踏み出した。しかし二歩目は踏み出すことができず固まる。

「先輩……?」
「今日、俺に渡すもんない?」

 掴まれている腕も、投げかけられた言葉の意味も理解できなかった。渡すもの? バレンタインデーの今日渡すものといえば世間一般的にはチョコレートだけれど、先輩が私にそれをねだるとは思えない。甘いもの、嫌いみたいだし。
 そもそも先輩はこれから誰かにもらう予定があるのではないだろうか。私を引き止めてまで確認してくるのはどうもおかしい。

「去年のこと、ちゃんと覚えてる」

 ぴくりと身体が震えたのがわかった。去年の今日。私はこの場所でチョコレートを渡して、告白をして、フラれた。そのことを先輩も覚えている。嬉しいような悲しいような複雑な心境だ。けれど、覚えていてくれたことはやっぱり嬉しいから、嬉しい気持ちが勝る。
 しかし、去年のことを覚えているなら尚更、私を引き止めるのはおかしい。何度も言うのは辛いけれど、私は先輩にフラれた。だから今日私が先輩に渡せるものなんてあるわけがないのに。それを一番わかっているのは先輩のはずなのに。

「俺、言ったよな。今はそういうの考えられないって」
「私だって、ちゃんと覚えてます……フラれたこと」
「は?」
「え?」
「フラれたって……俺、フったことになってんの?」

 理解できない問いかけに、私は振り返って先輩の顔を見た。そこには冗談っぽさも揶揄っている様子もなく、心の底から意味がわからないという表情を浮かべた先輩がいて、こちらの方こそ意味がわからない。
 私、フラれたよね? 好きです、に対して、ごめん、って。先輩は間違いなく謝罪のセリフを吐いた。それなのにこの口振り。まさかフったつもりはなかったってこと? 私たちの頭の上には、お互いクエスチョンマークが並んでいる。

「今は、考えられないって言っただけで、俺はフったつもりなかったんだけど」
「え……えぇ…………そんなのわかんないですよぉ……」
「嫌いとか、付き合えないとか、そういうことは言ってねーじゃん」
「でもごめんって言われたらフラれたんだなって思いますよ普通! なんだ……フラれたんじゃないんだ…………え、まって、まってください、てことは、先輩、もしかして私のこと、」
「気付くの遅ぇし」

 にぃっと白い歯を見せて笑う先輩に胸がときめいた。なんだかまだ全然状況が理解できていないけれど、どうやら私はまだ先輩のことを好きなままでいいらしい。

「ここに用があるって言ってましたけど、誰かに呼び出されたんじゃないんですか?」
「名字がここでうろうろしてたから、去年のリベンジしてくれるのかと思って適当なこと言ってみた」
「それならそうと最初から言ってくださいよ! 私のことなんか全然覚えてませんって感じでどこかに行こうとしてたし、帰ったら? みたいな雰囲気醸し出してたし、もう、なんなんですか……」
「悪かったって」

 ちっとも悪びれた様子もなく軽い調子で謝ってくる先輩に、少し腹が立った。どれだけ好きでも、こんなに振り回されっぱなしはさすがにムッとする。だから、せめて。

「今年は先輩が言う番ですよ」
「あー、なるほど」
「逆チョコ用意してから言ってくださいね」
「じゃあ今から用意するから付き合えよ」
「へ」
「デートってやつ」

 いいだろ? って笑う先輩に私が逆らえるわけがなかった。先輩、いつから私と同じ気持ちだったんですか? いつからこうなることを望んでくれていたんですか? 私の苗字、いつから知ってたんですか?
 ききたいことは山ほどあるけれど、それはこれからゆっくりじっくり聞かせてもらうことにしよう。


御幸一也、女の子に誤解されるようなことしか言いそうにない説。三年生の二月ならきっと放課後デートにも行けるはず……!デートと言いつつ自分の行きたいところにしか行かなそうだけどそれが御幸一也だから。