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及川徹の場合


「ずっと好きでしたっ!」
 
 そう言って手元の小さな紙袋を押し付けてダッシュで逃げ出した私は、その五分後、あっさりと運動部の彼に捕まってしまった。現在私は、背中に壁、目の前に仁王立ちの彼という状況で、まさに四面楚歌だ。死にたい。

「言い逃げはないんじゃない?」
「だって……ねえ?」
「何が、ねえ? なの?」

 彼は珍しく怒っているようで、その低めの声音に誘われるように恐る恐る表情を確認してみると、いつもは大きなくりくりの目が細められていた。それに怯えて、私はまた慌てて視線を足元へ落とす。そんなに怒らなくたっていいじゃないか。
 私と彼、及川徹は、岩泉一とともに幼馴染という関係を保ってきた。寝ても覚めてもバレー漬けの二人を、馬鹿だねえ、と笑いながら見守って、応援し続けて。それが普通だったし、永遠に続くものだと思っていた。中学生の間までは。
 明確にその気持ちに気付いたのは高校生になる直前ぐらいだろうか。三人でいることが苦痛だとは思わない。けれど、心地良いとも思えなくなっていて、それは私が彼を、及川徹という男を好きだと自覚してしまったからだ。
 彼がモテるのは当然知っていたから、自分の気持ちに気付いたからといって伝えるつもりはなかった。一くんには「俺に遠慮すんのはやめろよ」と言われたけれど、遠慮とか、そういうことじゃないのだ。
 私は彼に好かれている。そこには絶対的な自信があった。けれど、それが「ライク」なのか「ラブ」なのかときかれれば、それは当然前者だろうし、それ以上になることが難しいのはわかっていた。だから、言いたくなかった。言うつもりもなかった。
 しかし、彼は言った。「俺来年から海外行こうと思ってんだよね」と。唐突に。受験生にとって大事な冬休み間近の時期に。一くんは薄々勘付いていたのか、それとも先に話を聞いていたのか、驚く素振りも見せずに「どこに?」と話を続けていたけれど、私にとってはかなりの衝撃だった。
 卒業したら海外に行く。バレーのために。理解はできた。納得もしている。けれど、私の胸中はざわついたままだった。海外に行って、次いつ帰ってくるのかもわからない。卒業したら、もう二度と会えなくなるかもしれない。そう思ったら、この気持ちを留めておくことができなくなってしまった。
 バレンタインデーという、お菓子業界の策略みたいな浮足立ったイベント。毎年私は二人に義理チョコを渡すのが恒例となっていた。だから、今年もチョコレートを渡すのは決定事項。となれば、どうせもう卒業までほとんど学校に行く用事はないから、チョコレートを押し付けつつ、ついでに気持ちを伝えてしまおう。そう決心して、行動にうつした結果がこれだ。

「さっきの、本気だよね?」
「……本気じゃなかったら逃げないよ」

 本気じゃないよ、冗談だよ。そう言ってはぐらかして、取り繕えば良かったのかもしれない。けれど、私だって生半可な気持ちで告白したわけじゃないのだ。伝えなくていいと、伝えるべきではないと思っていたのに、それまでの気持ちを引っ繰り返してまで伝えようと決めたのは、それだけ彼のことが好きだったから。だから、告白をなかったことになんてできない。自分の気持ちを偽ることなんて、できない。
 いつも威勢のいい私が大人しいものだから、彼もさすがに本気だと信じてくれたのだろう。そっか……と呟いて、きっとこれからどうしたものかと考えている。けれど、フラれるのはわかっているから、そこは困らないでほしい。想いを伝えるイコール玉砕するという等式は、私の中で確立できているから。

「困らせるのわかってたから言うつもりなかったんだけど、ほら、徹、海外に行くから、もう会えなくなっちゃうかもしれないでしょ。バレンタインデーだし、会えなくなる前についでに伝えときたいなって思っただけだから。そんなに気にしないでよ」
「気にしないでって……お前さあ……」
「今まで告白してきた女の子何人もフってるじゃん。それと同じ感じで」
「名前とそれ以外の子を同じように考えられるわけないだろ」

 口調が荒い。他の女の子にはこんな口調で喋らないから、今は素なのだろう。私だけ特別。幼馴染だから。それだけで十分だった。

「そういうのは男から言われるの待っときなよ」
「えぇ? 告白を? 相手が自分のこと好きかどうかもわかんないのに待てないよ普通」
「ちゃんとお前のこと好きだから待ってろって言ったら待っててくれるの?」
「は」

 いい感じで幼馴染の空気を保てると思っていたのに、彼のせいで台無しになった。けど、空気なんてどれだけ壊れてもいい。
 弾かれたように顔を上げて彼を見る。この目は本気だ、って、長年の付き合いですぐにわかった。彼も私のことが好き。「ライク」じゃなくて「ラブ」の意味で。恥ずかしくて嬉しくてそわそわして。思わず口元が緩む。

「大体、岩ちゃんでも気付いたのに俺の気持ちに気付かないなんて、名前は鈍感すぎ」
「はあ? じゃあ徹は私の気持ちに気付いてたんですかあ?」
「バレバレだよ」
「え」
「まさか告白してくるとは思ってなかったから先越されちゃったけど」
「な、え、いつから気付いて……?」
「高校入ってすぐ」
「気付くの早くない!?」
「お前わかりやすいんだもん」

 死にたい。パートツー。この三年間、自分の気持ちを隠し通せていると思っていた自分が恥ずかしすぎて、今ここで埋まりたい衝動に駆られた。
 ぐぬぬ、と俯く私の頭をわしゃわしゃと撫でて、帰るよ、と手を引く彼の声は、あきらかに弾んでいる。ゆらゆら。私の手を握っている方とは逆の手で揺れる紙袋に描かれた控え目なハート柄が、ここぞとばかりに揺れていた。

「ねえ。私は待ってたらいいの? 待ってたら、その、ちゃんと迎えに来てくれるの?」
「いい子にして待ってたらね」
「なにそれ! あんまり待たせすぎたら他の人に浮気しちゃうんだから」
「名前はそんなことしないって知ってる」

 握られている手にギュッと力がこもる。そんなところが好きだからね、って。私を捉えて離さないこの男が心底憎たらしい。そしてそれ以上に、どうしようもなく好きで堪らなかった。
 悔しいけれど、何年待たされようとも、私の心に他の男が入ってくる隙はない。


珍しく攻め気味な及川徹にしてみました。及川徹の未来が公式様で確定してからというもの、待つ・待たない問題をテーマにしがちですが私なら何百年でも待つぞ!という気持ち。