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2nd Anniversary
thanks a lot !


元々、よく分からない人だった。何を考えていて、何が視えていて、何を守ろうとしているのか。私が彼の抱えるそれらを理解できたことは、今まで1度もないんだと思う。辛いことや苦しいことや迷っていることは全部飲み込んでしまうくせに、嬉しいことや楽しいことは周りに分け与えすぎてしまって、自分の手元にはほんの少ししか残らない。彼はそんな人だから。
優しくて気が利く。ノリが軽くて何も考えていないように見えて賢い。サイドエフェクト云々を抜きにしても、彼はボーダーにとって欠かせない存在だった。私はどの隊にも所属していないソロのアタッカーで、特別強いわけでもなければ志が高いわけでもない。どこにでもいる普通のボーダー隊員の1人だ。そんな私にいつも本部で声をかけてきてくれるのが彼、迅悠一。本部のトップである城戸司令と色々あったらしく大切なブラックトリガーを手放したと聞いたけれど、彼はそんなことがあったにもかかわらず飄々としていた。


「迅、S級じゃなくなったって本当?」
「情報が早いな。まあそういうわけで、たまにはランク戦に顔出すつもりなんでよろしく」
「何があったの?」
「んー…ま、色々これからのために必要なことだよ。名前が気にすることじゃない」


へらりと笑って、ぼんち揚げ食う?と持っていた袋をこちらに傾けてきた彼は、やっぱりいつも通り私には何も話してくれなかった。恐らく私だけじゃなく、誰にも話していないのだろう。迅はいつもそうだ。それが大切なことであればあるほど、全てを隠す。それでも私は別に良かった。たまに会って、他愛ない会話をして、くだらないことで笑い合う。そんな日常が好きだったから。
決して言葉には出してくれなかったけれど、彼も私との関係を楽しんでくれていたように思う。誰にだって優しくて気さくで人当たりが良い彼だけれど、私のことは人一倍気にかけてくれていた。自惚れなんかじゃない。太刀川さんも嵐山も言ったのだ。迅は私を特別扱いしてるって。
聡い彼のことだからサイドエフェクトなんか頼らずとも、私の気持ちは筒抜けだっただろう。そして私の気持ちを知っていても尚、彼が私の傍から離れることはなかった。むしろどんどん距離は縮まっていったから、ああ、このままもっともっと彼に近付けるんじゃないかなあって、いつかは彼の背負っているものを少しでも分けてもらえる日が来るんじゃないかなあって、そんな風に思っていたのに。


「迅!」
「ああ…ごめん、今ちょっと急いでるんだ」
「え、待ってよ」
「また今度な」


始めは本当にたまたま声をかけたタイミングが悪かったんだと思った。けれどもそれが毎回ともなれば、どれだけ鈍感な人間だって避けられていると気付かないわけがなくて。それまでが随分と親しい間柄だっただけに、どうして急に冷たい態度を取られるようになったのか、原因がさっぱり分からなかった。
本部で見かけても逃げられる。玉狛支部に行っても不在だと言われて会うことすらできない。だから私は太刀川さんにお願いした。会議の後、私が待っていることは伝えずに話があると言って連れて来てほしいと。
勿論、サイドエフェクトを持っている彼ならば私が待っていることなんてお見通しだろう。だからもしこれで彼が来なかったら、本部で見かけた時にどんな騒ぎになってでも捕まえて問い質してやろうと決めていた。けれども彼にはそんな未来まで視えていたのかもしれない。あれだけ私を避け続けていたくせに、太刀川さんに連れられてあっさりと私の前に現れた彼は、話があるんだろ?と、今から起こる出来事を全て見透かした上で尋ねてきた。私に発言権を与えてくれたのだ。


「どうして私を避けるの?」
「今までが近すぎたんだよ」
「だからって急に距離を置く必要がある?」
「あるよ」
「どうして?」
「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
「またそれ」
「おれにはそれしかないから」
「迅には何が視えてるの?」


答えてくれるとは思っていなかったけれど、尋ねないわけにはいかなかった。困ったように笑う彼が泣きそうで、今にも消えてしまいそうだったから。
どうして全部1人で抱え込んじゃうの。どうして誰にも助けを求めないの。どうして頼ってくれないの。私が弱いから?足手纏いになると分かっているから?そうだとしたら私、強くなるよ。誰かを守れなくても、せめて自分自身を守れるぐらいには強くなってみせるよ。だから、ねぇ、迅。


「名前を守るのはおれの役目だから」
「何それ、」
「ごめん、勝手で」
「…守るっていうなら離れないでよ…」


ボーダーに所属している人の前で泣いたのは、これが初めてだった。泣くつもりなんてなかったのに涙はぼろぼろとみっともなく零れてきて、唇を噛み締める。そんな私に彼はまた、ごめん、と。聞きたくない言葉だけを残して去って行った。取り残された私は嗚咽を押し殺して泣く。誰にも聞こえないようにひっそりと。
そうして私と彼は、挨拶すらまともに交わさなくなった。


◇ ◇ ◇



それから大規模侵攻があって、ボーダー本部はバタついていた。その忙しさのおかげで私は彼への気持ちを少しずつ落ち着けることができたのだけれど、漸く平穏が戻りつつあったある日のこと。珍しく栞ちゃんから玉狛本部に来てほしいと連絡を受けた私は、いつぶりになるかも分からないその場所に来ていた。大規模侵攻が終わってからずっと話したいことがあって、と言われたけれど、一体何だろう。
不思議に思いつつも、私はチャイムを鳴らす。けれどもどれだけ待っても誰も出てこないし、そもそも静かすぎて人の気配がない。これはどうもおかしい。もしかして何かの事件に巻き込まれたのだろうか。だとしてもボーダー最強の部隊と言われる玉狛のメンバーがそう簡単にやられるはずはないのだけれど。
そわそわと玄関前でどうしようかと悩んだ挙句、栞ちゃんに電話をしてみようと携帯を取り出したところで、ガチャリと扉が開いた。栞ちゃん?そう声を発した私は、現れた人物の姿を見て硬直する。


「久し振り」
「…迅、」
「どうぞ」
「…ありがとう」


会っていなかったのはほんの少しの間だけ。それなのに随分と懐かしい気分になって、ついでに落ち着きかけていた色々な感情がまた喧しく騒ぎ始めたのを感じる。リビングに通されたはいいものの、私を呼び出した張本人である栞ちゃんの姿は見えなくてキョロキョロ。完全に挙動不審だ。


「栞ちゃんは…?」
「いないよ」
「え、」
「名前を呼び出してってお願いしたの、おれだから」


ひゅうん、と。心臓が縮まった。自分から私を避けていたくせに、そしてあの日以来、まともに会うことさえもなかったのに、今度は不意打ちで呼び出したりして。私を振り回してそんなに楽しいか、と怒りたい気持ちは山々なのだけれど、それよりも先に、ごめん、と。私が泣いてしまったあの日と同じ言葉を落とした彼には、何も言うことができなくなってしまった。


「今更私に何の用があるの?」
「用はない」
「は?」
「ただ、確かめたかったんだ」
「何を…っ、」


私を包み込むみたいに柔らかく、けれども力強く抱き締めてきた彼に、身体を強張らせる。一体何が起こっているのかも分からなくて直立不動を保つことしかできない私に、彼はそのままの体勢で言う。無事で良かった、と。
その一言で全てが分かったような気がした。私を急に避け始めた理由も、冷たく突き放して会うことすらしてくれなかった日々の意味も。全ては大規模侵攻で私の身に何か良からぬ事態が起こるのを防ぐためだった。きっとそうに違いない。


「全部言ってくれたら良かったのに…」
「たとえ言ったとしても名前はおれから離れなかったよ」
「それもサイドエフェクト?」
「いや、そんなの視るまでもない。名前がやりそうなことなんてすぐに分かるよ」
「それで…迅のサイドエフェクトは、私はもう安全だって言ってるの?」
「今のところはね」
「だから私を呼び出して、謝って、今まで通りの関係に戻ろうって、そういうこと?」


全ては私を守るため。それが本当か嘘かを判断する材料はどこにもない。けれど、彼がそんな嘘を吐いたりしないことは明白だったから疑いはなかった。きっと私は彼に救ってもらったのだろう。しかしだからと言って、分かりました、じゃあ今まで通り仲良くしましょ、なんて虫が良すぎやしないだろうか。こっちがどんな気持ちで涙を流したかも知らないで。
彼の胸を強く押して引き剥がす。見上げた先にある彼の顔を睨みつけて、どうせこの未来も視えてたんでしょう?と尋ねれば、未来は無数にあるからね、という曖昧な答えが返ってきて腹が立った。まるで、お前がここにいることが確認できたからそれだけで満足だ、って。それ以上は何も望まない、って。そんなことを考えているみたいに穏やかな表情で言うから。そう簡単に許してやるもんかって思っていた決意がぐらぐらと揺らぎ始めてしまう。


「約束して」
「いいよ」
「…まだ何も言ってないんだけど」
「なんだっていいよ。名前との約束なら守るって決めたから」
「もう離れないでっていう約束でも?」
「勿論」
「もしまたこの先、私に何か起こるかもしれない未来が視えたとしても…その約束を守ってくれる?」
「そうだなあ…その時は、」
「その時は?」
「最終的に名前の傍にいられる未来を選ぶよ」


だから許してよ、って。彼は笑った。都合の良い男だと思った。でも私はそんな彼のことが好きで、避けられたって冷たくあしらわれたって好きなままで、きっとこの先約束を破られたとしても好きでい続けるんだろう。
彼の胸倉を掴んで唇をぶつけてやる。乱暴だなあ、とぼやく彼はちっとも驚いていなくて悔しい。じゃあ迅がお手本見せてよ。私がそう言うことだって分かっていたはずなのに、そんなこと言っちゃうの?なんて白々しい反応を見せる彼にグーパンチ。その手を掴まれて優しく重ねられた唇にじわりと視界が滲んだ気がするけれど、目を瞑って気付かないフリをした。目を開けて唇を離した直後、好きだよ、という安っぽい言葉を浴びせられて、どうせ泣いてしまう未来が待っていることも知らないで。

指切りで繋ぐ明日

かんなさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
WT最推しと言っても過言ではない迅悠一…ありきたりな内容と展開であることは百も承知ですが王道大好き芸人なのでどうか許してください。これを機にWT夢も書き続けたいと思う程度には楽しかったです…サイドエフェクト万歳!
私の双子の姉であるかんなちゃん、嬉しい言葉の嵐ありがとう…リアルに涙ぐみました…今後も同じ推しを愛し続け互いに夢を書き合い殺し合える良き関係でいてください!私も大好き!これからも宜しくね!