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2nd Anniversary
thanks a lot !


※「jeunesse de tard-floraison」続編


今日は絶対に早く寝ようと決めていた。というか、早く寝なければならなかった。というのに、どうしても寝られない。ベッドには、いつもと比べればかなり早い時間に潜り込んだ。けれども、ちっとも眠くならない。大抵の場合は布団と、隣で眠る男の温かさですうっと眠りに落ちるのに、今日だけは睡魔が遠くにお出かけしたまま帰って来ないのだ。
もぞもぞ、ごそごそ。意味もなく何度も寝返りを打つ。寝心地が悪いわけではない。つまるところ私は、ただ落ち着かないだけなのだった。


「いつまで起きてんの」
「あ、ごめん。起こした?」
「いや、そもそも寝てねぇし。隣でそんなにごそごそされたら寝られませんし」
「鉄朗はよくそんな平然と寝られるね…」


頭上から降ってきた声の主は、ふわぁ、と欠伸を噛み殺していてとても眠そうである。何の緊張感もなくいつもの眠りの態勢に入ることができるなんて羨ましい。その睡魔を私に分けて欲しいものだ。
どうして私がこんなにも寝られずにいるのか。それは明日、人生に1度きりであろう晴れ舞台が待っているからである。女性であれば必ずと言っていいほど憧れる結婚式。何を隠そう、私は明日、その結婚式を控えているのだ。緊張で寝られないのも無理はないと同調してほしい。
当たり前のように私の首の下に挟まっている彼の腕が、頭を引き寄せてよしよしと撫でる。ねんねしましょうねー、と茶化すようなことを言われなければだいぶときめいたのに、こういうところが残念で鉄朗らしい。というか、私達らしい、と言うべきだろうか。お陰で少し、ほんの少しだけれど緊張は解れたような気がするけれど、まだ眠る気にはなれなかった。


「先に寝ていいよ…私たぶんまだ寝られない」
「遠足前の子ども的な心境?」
「その言われ方はなんか腹立つけど、まあ、そんな感じ」
「寝不足だと化粧ノリ悪くなりますよ、オクサン」


私をリラックスさせようとしてわざとそういう言い方をしたということは理解している。けれど、今の私に「オクサン」という単語はアウト。ああそうか、私は鉄朗の奥さんになるんだ、って変に意識し始めてしまって、益々目が冴えてきた。
既に婚姻届は提出済みなので、私はれっきとした彼の「オクサン」だ。名字名前改め黒尾名前となり、徐々にではあるけれど職場でも「黒尾さん」として浸透しつつある。が、だからと言ってそのポジションに私が慣れてきたかというと、それはまた別の話。私が鉄朗の妻だなんて、やっぱりどう考えたって夢みたいな話すぎて実感が湧かないのだ。
そんな状況で迎える結婚式。ウエディングドレスやカラードレスを選ぶ時、鉄朗は反応が薄かった。おー。イイカンジ。キレイキレイ。似合う似合う。褒めてはくれたけれど、心ここに在らずというか。あんまりこっちを見てくれなかったような気もするし。
ちなみに前撮りでは和装にチャレンジしたのだけれど、紋付袴がよくお似合いな彼とは違って、私はもう馬子にも衣装という言葉がピッタリの出で立ちだった。だから彼も、すげぇな…という感想しか零してくれなかったのだと思う。プロの技を以ってしても、私は所詮、シンデレラになれなかったのだ。
そんな経緯を経ているから、余計に緊張しているのかもしれない。夫である男が見惚れてくれない女を見て、参列者の皆様は私を綺麗だと思ってくれるだろうか。彼の妻として相応しいと感じてもらえるだろうか。そんなことを考えてしまう。これはマリッジブルーというやつなのだろうか。答えの出ない疑問が次から次へと浮かんできては、私を押し潰す。


「なんか…仮病使って休もうとする小学生の気持ちが分かったような気がする」
「は?なんでそんなネガティブな感じになってんの?」
「みんなに笑われたらどうしよう」
「どしたの急に」
「だって、鉄朗だって私のドレス姿見てもなんとも思わなかったでしょ?」
「いや思ったよ。思いましたよ。なに、ちょっと、落ち着け?」
「私は落ち着いてるよ」


どちらかと言うと珍しく私より落ち着きをなくした鉄朗が堪らずベッドから起き上がる。先ほどまではとろんと眠そうだった目が今はパチパチと瞬いていて、どうやら眠気は遠退いてしまったらしい。私のせいかな。そりゃそうだよね、ごめんね。
自分の負の感情が鉄朗にも伝染してしまったのかもしれない。もし本当にそうだとしたら悪循環だ。このまま明日を迎えるなんて最悪すぎる。


「まあ…プロの人に頑張ってもらうんだし、できるだけお淑やかに頑張るよ…」
「なんか勘違いしてるみたいだから言っとくけど」
「勘違い?」
「綺麗だったから。ちゃんと」
「えっ……何が?」
「この流れで名前以外のパターンってあると思う?」
「ない…かな……」
「はい正解。名前が綺麗だったって言ってんの」


寝転がる私の頭をくしゃりと撫でて甘やかしてくれたかと思いきや、次の瞬間には額に軽くデコピンしてくる彼。自信持ってくださーい、と、また茶化すように言ったのは勿論わざとに違いない。肝心なところで軽口を叩くのは真面目な雰囲気に耐えられないからだろうか。私もどちらかと言うとピリリとした空気は苦手だから有難いけれど、こういう時はイマイチ締まらない。


「そりゃあ鉄朗はそんな感じだから自信もって人前に立てるかもしれないけど」
「そんな感じってどんな感じ?」
「え?えーと、背が高いから何着ても整って見えるし顔もまあまあイケてる感じ?」
「褒めるならもうちょいストレートに褒めてほしいんですけど」
「ごめん。イケメンだよ」
「取ってつけられると逆に傷付く」
「ねぇ、今そういう話してるんじゃないよね?」


本題からどんどん逸れた内容になりつつあったので軌道修正を試みる。すると鉄朗が急にすっと真面目な顔をして私を見つめてきた。真面目な雰囲気なんて苦手なくせに。
それにしても、一体いつから、彼はこんな表情で私を見るようになったのだろう。私が彼を意識し始めるよりずっと前から、彼は私のことを意識してくれていたらしい。ということは、この当たり前のように向けられる柔らかな眼差しは、その頃からずっと変わっていないのだろうか。


「自分のこと下に見すぎんの、名前の悪い癖」
「そうかなあ…」
「確かに俺は名前の性格に惚れたけど、可愛くないとは言ってない」
「つまり?」
「可愛いですよ。うちのオクサンは」
「……胡散臭い」
「ひっでーな。本気なのに。つーか、何着ても可愛いから試着の時に口出ししなかったんですけどね俺は」
「そうなの?」
「そうなの。見惚れちゃって」
「いやもうほんとに胡散臭いね」
「じゃあこれで信じてくれますか」


ちゅ。デコピンしたところに今度は唇が落とされて、全身に熱が伝わっていく。なんだなんだ、私の苦手なこのもったりとした空気は。全身がぞわぞわするじゃないか。
身を起こしていた鉄朗が私の髪を撫でながら再びベッドに身体を沈める。いつものお決まりの体勢になるべく私の首の隙間に腕を滑り込ませ、こちらを向いて脚を絡めてきたダンナサマ。その体温が心地よくて安心して、突然襲い来る睡魔。このもったりした空気は苦手だけれど、そのお陰で心が軽くなったなんて、とんでもない矛盾である。


「寝れそう?」
「ん…ありがと」
「何もしてませんけど?」
「そこは素直にどういたしましてって言えばいいのに」
「明日」
「明日?」
「見せつけてやろうな」
「何を」
「名前の可愛さとか」
「……とか?」
「俺達のラブラブっぷりとか?」
「よくそんな恥ずかしいこと言えるね」
「…よくそんな嬉しそうな顔できんね?」


図星を突かれた私は、うるさい、と小さく抗議の一言を投げ付けつつ、照れ隠しで鉄朗の胸元に顔を埋める。はいはい、可愛い。いい子いい子。不思議なことに子どもをあやすみたいなその口調に腹が立つことはなくて、寝られないと思っていたのが嘘のように重たくなる目蓋。
おやすみ。その言葉を合図に、私は穏やかな眠りの世界に旅立った。

souffler la melancolie

ゆきさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
リクエストは結婚前夜のお話とのことでしたので結婚式の前夜のお話を書かせていただきました。この連載の黒尾鉄朗はどこまでもヒロインを甘やかしてくれるはずなので前日のこんなやり取りなんて無意味なほど、結婚式も披露宴も二次会もそれはそれは楽しく終わることでしょう…!
随分と前に完結した連載にもかかわらず何度も読み返してくださりありがとうございます!今後も楽しんでいただけるよう頑張りますね。