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2nd Anniversary
thanks a lot !


※「badbye?」→「goodbye.」続編


春になって、彼は昇進したらしい。元々仕事ができる人だ。だから、異例のスピード出世だろうがなんだろうが、私はちっとも驚かなかった。その代わりきちんと、おめでとう、と伝えた。彼は仕事が増えて帰りが遅くなりそうだと嘆いていたけれど、私はどこにも行かないし家で待っていると伝えれば、ほんならええけど、とちょっと幸せそうに笑っていた。
色々と拗れた出来事はあったものの、今の私達はそれまで以上にお互いのことを想い合える関係になったと思う。今まで伝えることを躊躇っていたことも恥ずかしがらずに伝えるようにしたら、私達は基本的に同じことを考えているようで笑ってしまった。ありきたりな言葉で言うなら、まさに「幸せを絵に描いたような毎日」ってやつである。


「今日は早よ帰る!」
「仕事、忙しいんでしょ?無理しなくてもいいよ」
「無理せんと帰れん」
「前から言ってると思うけど、私はどこにも行かないしちゃんと待ってるから…」
「それは分かっとる。そうやなくて、俺がそろそろ限界やねん」
「限界?仕事が忙しくて?」
「ちゃう。名前不足で」
「んん……それはどうすることも…できないかな……」


時々思う。この人は何を以てしてこんなにも私のことを求めてくれるのだろうか、と。それを尋ねたら、俺の気持ちが重いんか、などと言われてとても不機嫌になりそうなので口にしたことはないけれど、いつかきいてみたいという気持ちはある。
今日も彼は私のことを抱き締めてキスをひとつ落としてから会社に向かった。彼がいなくなった家の中は寂しくて、私はいつもその寂しさを紛らわすみたいに家事や掃除に勤しむ。洗濯物を干して、掃除機をかけて、窓や床の拭き掃除をして。それから洗い終えた朝ご飯の食器類を片付けようと台所の作業台の上を見た私は驚いた。彼が持って行ったはずのお弁当が置きっぱなしになっていたからだ。
彼はどんなに忙しくても必ずお弁当をたいらげてくれる。無理して食べなくてもいいし、なんならコンビニで自分の好きな時間に好きなものを買って食べたり、どこかのお店でランチを食べたりしてもいいと言ったのに、名前の弁当がなかったら午後から仕事する気にならん、という嬉しいことを言ってくれたので、私は毎朝自分の持ちうる限りの力を全て注ぎ込んでお弁当を用意しているのだ。そのお弁当が、今ここにある。ということは、今日の彼のお昼ご飯はないということになるのだろう。
私は迷っていた。携帯に連絡してもいいけれど、忙しいのにこんなことで電話をするのは気が引けるし、忘れてるよ、と言われたところでわざわ取りに帰る時間などないだろう。お弁当忘れてるみたいだから今日は買うかどこかのお店で食べてね、というメッセージだけ入れておこうか。きっとそれが1番無難だ。けれど。私は彼の言葉を思い出す。名前の弁当がなかったら午後から仕事する気にならん。その言葉が本当か嘘かは正直分からない。けれど、彼はきっと本心で言ってくれているような気がする。そうでなければ毎日綺麗にたいらげて、今日も美味かった、などと言ってくれたりはしないはずだ。
時計を見る。時刻は10時半を過ぎたところ。彼の会社までは公共の交通機関を使って30分程度だったはず。今から会社に届ければお昼には間に合うだろう。私は身支度を整えてお弁当を紙袋に入れると足早に家を出た。わざわざ持ってこなくても良かったのに、と言われたら持って帰ればいいし、次からは届けなければいい。けれど、彼は私が持って行ったら喜んでくれるような気がするから。私は少し緊張しつつもバスに飛び乗った。
彼の職場に行くのは初めてだ。近くを通りかかった時に、ここが俺の会社な、と軽く紹介されたことはあるけれど、中に入ったことはない。大手の会社なので建物自体はとても目立つし迷うことなく辿り着けるだろうけれど、問題は辿り着いてからである。受付に行って渡してもらうよう頼めばいいのだろうけれど、たったそれだけのことで緊張してしまう。この人があの宮侑の奥さん?と怪訝そうな目で見られるような気がしてならないからだ。
そんな不安で頭がいっぱいになっていたからだろうか。私は降りるべきバス停を通り過ぎてしまって、無駄なタイムロスをしてしまった。幸いにもすぐに気付いたので歩いて引き返せる距離ではあったけれど、おかげで時刻は11時半になろうとしている。急がなければ。
そうして、漸く辿り着いた目的地。私は軽く身だしなみを整えて小さく深呼吸をしてからビルの中に入った。明るく綺麗なエントランスには、これもまた明るい笑顔がお似合いの綺麗な受付嬢が座っていて背筋が伸びる。私はもう1度静かに深呼吸をすると、美しい受付嬢の元に足を運んだ。


「すみません」
「はい」
「しゅ、主人の、忘れ物を届けに来たんですが…」
「畏まりました。それではこちらでお預かり致します。ご主人様の所属とお名前は?」
「営業部の宮侑です」


宮侑。そのフレーズを耳にした受付嬢さんの顔が一瞬曇るのが分かった。やっぱり侑って人気あるんだ。それを実感する。あからさまではないにしろ、品定めをするかのように見られているのは肌で感じた。こちらにお名前を…と言われ、所定の用紙にさらさらと宮名前、とこれ見よがしに彼の姓を記入した私は、性格の悪い嫌な女だろうか。けれども、嘘を吐いているわけではないのだから仕方がない。
お荷物お預かりします、と言葉を発する受付嬢さんからは、果たしてこれをきちんと彼に渡してくれるのだろうかという一抹の不安を覚えるほどの敵意を感じるけれど、ここで渡す以外に方法がない私はお弁当の入った紙袋を手渡そうとした。
すると、なんという偶然だろう。向かって左側から、携帯片手に歩いてくる彼の姿が見えたではないか。私は渡しかけた紙袋を手元に戻し、すみません、と一言早口で断りを入れると、彼の視界に入るべく距離を詰めた。電話中に突然目の前に現れた私に彼は目を見開いて驚いているけれど、仕事の電話を平然と続けているあたりさすがである。
私は彼に手を引かれてエントランスホールの端にある椅子の方に移動すると、電話が終わるまでそこに座って静かに待っていた。家で見る姿とはまた違うきりりとした表情をちらちらと盗み見ながら過ごすこと3分程度。電話を切った彼の第一声は、何があったん!?だった。どうやら私にのっぴきならない緊急事態が発生してここに来たと思い込んでいるようだ。私は思わず笑いを零しながら、紙袋を彼に差し出した。


「お弁当。忘れてたから届けに来たの」
「え。あー…今日入れた記憶ないわ」
「わざわざ届けるのも迷惑かなって思ったんだけど…」
「めっちゃ助かった。これないと午後から仕事にならへんもん」
「なかったらなかったでどうにかしたでしょ?」
「取りに帰るか無理矢理午後休もらっとったやろな」
「どういう理由で?」
「勿論、愛妻弁当忘れて働く元気ないから、やろ」
「冗談でしょ」
「本気や」


紙袋の中身を確認して大事そうに受け取ってくれた彼を見て、やっぱり届けて良かったとホッと胸を撫で下ろす。無事に任務を終えた私は、ただでさえ忙しい彼をこれ以上引き留めておくわけにはいかないと、椅子から立ち上がった。


「直接渡せてよかった。仕事、頑張ってね」
「もう帰るん?」
「うん。仕事の邪魔しちゃ悪いから」


そう言って爽やかな気持ちで去ろうと思ったのに、そこで思わぬ横槍が入った。先ほどの綺麗な受付嬢さんが、何の用事があってか、こちらに歩いて来て彼に声をかけてきたのだ。私が立ち去ってからでも良かっただろうに、わざわざ私の目の前で声をかけてきたことには何かしらの意図があるのだろう。同じ女として、それぐらいのことは分かる。
宮さんにどうしてもお会いしたいと先ほど取引先の方が来られたんですが、という内容からして急ぎの案件なのかもしれない。けれどこちらにほんの数秒向けられた視線は、あなたには仕事のことなんて分からないでしょう?早く帰りなさいよ。と言ってきているみたいで、非常に居心地が悪かった。言われなくても帰るつもりだし、彼女はもしかしたらそんなこと思っていないのかもしれないけれど、こういうのは雰囲気で分かるのだ。私は彼女に、宮侑の妻として認められていない。相応しくないと思われている。まあ別に、そんなの予想していたことだから気にしないけれど。


「アポなしの相手には会わん、て前にも言わへんかった?」
「でも、例の、大切なプロジェクトの…」
「今俺は名前と話しとんねん。邪魔する奴は誰やろうと許さへんで」


それは初めて見る顔だった。私には向けられたことのない、冷たくて何の感情も感じられない、無の表情。隣で見ている私でも恐ろしいと思うのだから、その視線を向けられている彼女はもっと怖いだろう。申し訳ありませんでした…と去って行く彼女からは、案の定、先ほどまでの私への戦意など全く感じられなくなっていた。
彼女をなんとなく見送って、また彼に視線を戻す。すると、つい数秒前まで人を殺せそうな目をしていたとは思えぬほど柔らかい眼差しが降ってきて戸惑う。これがいつもの彼だけれど、だとしたらさっきのは幻覚か?そう疑いたくなってしまうほどの変わり身の早さである。


「もうちょい待っとって。昼飯一緒に食お」
「え、いや、でも」
「できる男はオンオフきっちり使いわけられんとな。休憩中は仕事せぇへんって決めとるから気にせんでええよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて一緒に食べさせてもらおうかな」
「ん。ほな、ここで待っとってな」


それはそれは自然な動作で私の頭をポンポンと撫でた彼は、ひらりと手を振ってから去って行った。たぶん、このエントランスホールを行き交う人の何人かにはその瞬間を目撃されたと思う。あの受付嬢さんにも。視線が少し痛い。けど、嫌な気分にはならなかった。むしろ優越感というかなんというか。
人前でもこうして惜しみなく甘やかしてくれて私を優先させてくれる彼に、また惚れ直す。あの受付嬢さんには申し訳ないけれど、顔がにやけるのを抑えることができない。彼がここに迎えに来てくれるまであとどれぐらいだろうか。まさか一緒にお昼ご飯を食べられるなんて思っていなかったけれど、来て良かったなあ。こうして私はまた、日常の中で彼から与えられる幸せを噛み締めた。

get a bye.

桜咲さま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
bye-byeシリーズ(と勝手に命名しました笑)の続編ということで、彼女溺愛な侑を書かせていただきました。彼女以外に興味のない侑の冷たい視線って絶対怖いですよね…このお話の2人には幸せでいてほしいと思っているので、シリーズ化して沢山惚気てほしいです。笑
大好きと言っていただけて嬉しいです!今後もそう思っていただけるよう頑張りますのでどうぞ宜しくお願い致します〜