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2nd Anniversary
thanks a lot !


※社会人設定


お互いの誕生日とか付き合い始めてちょうど節目に当たる日とか、兎に角、そういう特別な日ではなかった。強いて言うなら、あと1ヶ月と少しもすれば俺の誕生日で、今はちょうど5月の大型連休真っ只中ということぐらいだろうか。世間では1週間だのそれ以上だの長期に渡る連休を取得しているヤツらが腐るほどいるらしいが、その逆もまた然り。
俺の彼女である名前はサービス業をしているので、こういう時に休むのは難しい。そして俺はと言うと、連休のちょうどど真ん中に当たる日に出社しなければならないという中途半端な状態なので、1人でふらりとどこかに行こうという気にはならなかった。というか、名前がいないのにどこかに行くなんて考えられなかった、というのが正直なところだ。どうせどこに行っても人の波に酔ってしまって疲れるのがオチだろうし、家でのんびり過ごす方がずっといい。
半同棲状態になって早半年。俺も名前も、この生活スタイルには随分とすんなり順応したと思う。時々一緒になるシャンプーやボディーソープや柔軟剤の香りも、俺とは違って丁寧な洗濯物の畳み方も、お互いの家の洗面所に仲良く並べられた歯ブラシも、驚くほどとろりと自分の日常に溶け込んだのだ。それはきっと、相手が名前だから。それ以外の理由は考えられなかった。
そんな状態だったから、一緒に住まねぇか、と提案しようと思ったのは1度や2度ではない。勿論、今より先の未来のことを考えたからこそ、そういう考えが生まれた。けれども結局、今日に至るまで宙ぶらりんな状態を続けているのは、お互いの職場の位置関係だったり生活サイクルだったり、単純にお金の問題だったり。あーだこーだ言ってはいるが、1番は自分の覚悟の問題だったりする。
俺は良くも悪くも口数が少ないらしい。人に指摘をされずとも、その自覚はあった。口下手、という言葉が最もしっくりくるだろうか。どこぞの幼馴染のように、いつでもどこでもペラペラと上手いことが言えるわけでもなければ、必要な時に必要なことを柔らかく伝えられるようなスキルもない。思ったことを真っ直ぐに言う。それ以外、俺にはできないのだった。
だからこそ、突然ではあるが、俺は言おうと決心した。この期に及んで急ぐ必要など全くないが、きっとこのタイミングで言わなかったら、俺はまたずるずると現状を維持してしまうような気がする。同棲しよう、ではなく、結婚しよう。遠回りな方法は俺には不向きだから、そう伝えよう、と。今朝起きてから昼過ぎまで考えた結果、そういう結論に至った俺は、名前が帰ってくるまでの間に何をどう準備するべきなのかを調べるべく、携帯を握った。


◇ ◇ ◇



連休中のサービス業というのは鬼のように忙しい。私の場合は特に飲食店関連の会社に勤めているものだから、世間の皆様が楽しめば楽しむほど苦しむというポジションである。連休が終わったらきちんとまとまった休みをもらえるとは言え、残業なんて当たり前、という連勤が続くのは正直かなりキツかった。20代後半。30歳目前の身体には、相当堪えるのだ。
私は電車を降りて真っ直ぐに自分の家を目指す。そうして最寄り駅から徒歩10分弱。それほど高くない5階建てのマンションを見上げれば、私の部屋には明かりがついていた。ということは、彼が待っているということだ。それだけのことで重たかった身体が少し軽くなったように感じるのだから、彼の存在というのは非常に大切である。
エレベーターに乗って4のボタンを押して特有の浮遊感を味わいつつ、あっと言う間に4階に到着。エレベーターを降りて何歩か進んだ先にある扉を開けて、ただいま!と言えば、おう、とお出迎えしてくれた彼。いい匂いがするから夜ご飯も作ってくれたのだろう。なんとも素敵すぎる彼氏である。
一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、ソファに並んでプリンを食べて、布団に潜り込んで。私は今の暮らしが好きだ。仕事は忙しくてヘトヘトになってしまうし、彼とも毎日会えるわけではないけれど、こうして時々でも一緒に過ごせる時間があれば十分。今以上を望んでしまったらきっと罰が当たる。そう思っている。
本当は、一緒に生活できたらなあ、と思わないわけではない。けれど、それを私から言うのはちょっと勇気がいるというか、尻込みしてしまっていた。がっついているとは思われたくないし、現状に不満を抱いているのかと疑われたくもない。だから、今のままでいい。彼の温かい身体に擦り寄りながら、私はすぐに微睡んだ。


◇ ◇ ◇



翌日はこの連休中唯一の休みだった。彼も休みだから、折角の1日を有意義に使おうと早起きするはずだったのに、目を覚ましたら既に9時前。予定よりも2時間オーバーしている。隣を見れば彼はいなくて、慌てて寝室を飛び出したら冷蔵庫から牛乳を取り出している姿が見えた。今起きました、って感じではない。


「おはよう…」
「おはよう」
「起こしてくれたらよかったのに…」
「疲れてんだろ。寝たいだけ寝りゃいい」
「でも、今日しか休みないのに…」
「わざわざ人ごみん中行って疲れる必要ねぇよ。家でゆっくりしよう」
「はじめはそれでいいの?」
「それがいいんだよ」


何か飲むか?と、自分と色違いのピンク色のマグカップを手にきいてくる彼に、何度目かのときめきを覚える。彼はいつだって私を優先してくれる。言葉数は少ないし、決して口達者な人ではないけれど、だからこそストレートに向けられる感情をありのままに受け止めることができる。この人の言うことなら信じられる。この人なら、大丈夫。私の全身は細胞レベルで彼を信頼していた。
インスタントのコーヒーを取り出して、彼にも飲むかと確認する。いる、という返事をもらったので2人分のコーヒーを色違いのおそろいのマグカップに用意して、キッチンのテーブルを挟んで椅子に座り静かに飲んでいると、そういえば、と何かを思い出した様子で口を開いた彼。
普段と変わりない、穏やかな朝だった。お互いの誕生日とか付き合い始めてちょうど節目に当たる日とか、兎に角、そういう特別な日でもなくて。強いて言うなら、あと1ヶ月と少しもすれば彼の誕生日で、今はちょうど5月の大型連休真っ只中ということぐらいだろうか。だから、この会話に特別なものはないと思っていた、のに。


「結婚しねぇか」
「……へ?」
「もっとちゃんとしたところで言うべきかとも思ったんだけどな。気取ったところは俺が好きじゃねぇから」
「え、うん、いや、そういう問題じゃなくない…?」
「……俺との結婚は考えてねぇってことか?」
「違う!それは勿論嬉しいしオッケー以外の答えはないんだけど!」
「じゃあ何も問題ねぇ」


あー良かった、と。私に断られる可能性も考えていたのだろうか。やや表情を和らげてコーヒーを口に含む彼に、私は呆然とするしかなかった。なんと現実味のないプロポーズだろうか。家で自然な流れでプロポーズ。それは良い。私達らしくて。けど、何も寝起きの、こんな色気も素っ気もない雰囲気の中で言わなくても。今日1日かけてくれたって良かったのに。
勢い任せ?それともあえてこのタイミング?この際そんなことはどうでもいいけれど、彼はいつから結婚を意識してくれていたのだろう。今更じわじわと感じ始めた幸せの感情に、私の身体はぽかぽかと熱を帯びていく。特に顔が熱い。


「いつから、そんなこと考えてたの…?」
「分かんねぇ。けど」
「けど?」
「付き合い始めた時から、名前と一緒になりたいとは思ってた。…と、思う」


ずず、とコーヒーを啜りながら私の目を見ずにそう言った彼の耳はほんのり朱をさしていた。こんなにストレートで心を鷲掴みにするプロポーズ、きっと他にない。


「これ、やる」
「何?」
「指輪はサイズも好みも分かんねぇから」


ことりと机の上に置かれたのはどこからどう見たって印鑑で、どういう意味だ?と首を傾げつつそれを手に取る。そして、理解した。印鑑の名前は「岩泉」。つまり彼は、私に今後これを使えと、使っても良いと、そう言ってくれているのだろう。
花束とかアクセサリーとか指輪とか、そういうロマンチックさの欠片もないサプライズプレゼント。でもそれが彼らしくて、胸がいっぱいになった。私も彼と同じ姓を名乗ることができる。それ以上に幸せなことってあるのだろうか。


「大切に使う、ね」
「おう」
「ありがと…」
「おう」
「……」
「何泣いてんだ」
「嬉しくて、つい、」
「こんなんで泣いてたらこの先どーすんだ」


もっと幸せにしてやるつもりなのに、と。恐らく彼は苦笑しながら言葉を落とした、と思う。視界が滲んでいてよく分からないけれど、声のトーンがそんな感じだから。
がたり、彼が椅子から立ち上がってこちらに近付いてきた。私の頭をがしがしと、ちっとも力加減せずに髪がぐしゃぐしゃになるように撫でる無骨な手に安心感を覚える。いいんだ、寝起きだから。どうせ髪ぐしゃぐしゃだもん。
名前。頭を撫でていた手が頬を滑って顎に添えられたら最後。自然な流れで上向かされて目を瞑る。ふに。形を変える唇同士。離れて、至近距離で目が合って、2人して照れて、笑う。
お互いの誕生日とか付き合い始めてちょうど節目に当たる日とか、兎に角、そういう特別な日ではなかった。けど、今日からは違うね。きっとこの先ずっと、今日という日は特別にしかなり得ないと確信しつつ、私達は再び吸い寄せられるようにくっ付いた。

あなたの
お名前くださいな

いちさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
おうちデートというよりおうちでの日常の一コマでプロポーズになってしまったのですが岩ちゃんらしさが出ていたらいいなと思います。指輪とか、たぶん用意できるタイプじゃないと思うので自分の名字の印鑑をプレゼントにしてみましたが、ロマンチックさ皆無且つ甘さ控えめになってしまってすみません…すべては漢・岩泉一が相手だからということで!笑
リクエストいただけて嬉しかったです!ありがとうございました〜!