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2nd Anniversary
thanks a lot !


突然だが、俺は愛想が良い方ではない。笑顔を作るのも苦手だし、話しかけられた時だって気の利いた返事をすることができるタイプでもなくて、つまり何が言いたいかというと、俺は人に媚び諂うという行為を心底くだらなくてどうでもいいものとして捉えているということだ。
そんな俺が、先に述べたようなセオリーを無視してでも振り向いてほしいと思っている人がいる。幼馴染、と言えるほどの仲ではない。何なら友達とも言えない。俺の遠縁にあたるその人物は、名前を名字名前と言う。
親戚中が集まるお盆や正月ぐらいにしか会うことのない彼女は、俺の1つ年上で今年高校三年生だ。どんな人かと尋ねられたら正直困る。良くも悪くも特徴なし。世の一般的な女性と比べて特別可愛いとか美人とか、そういうわけではないと思う。性格も、まあ、普通。優しいと言えば優しいし面倒見が良いと言えばそうかもしれないけれど、突出すべき点は見受けられない。
平々凡々。そんな言葉がぴったり似合う彼女だけれど、俺はそんな彼女に昔から惹かれていた。理由なんてないのだ。気付いたら、好きになっていた。違う。自分の気持ちに気付くよりずっとずっと前にから、俺は彼女のことが好きだったに違いない。
だからだろう。俺は彼女の前でだけはどうしても素を出せずにいた。ほぼ無意識なのだ。自分でも気持ち悪いと思うけれど、彼女の前では平気で笑顔を取り繕うことができるし、明るい声音を出すことも苦じゃない。クラスメイトの女子に話しかけられたら「何?」と無表情で対応するけれど、彼女に声をかけられたら同じ「何?」という言葉でも声を弾ませるし笑顔も向ける。どこかに出かけることがあったら喜んでエスコートするし、我儘だって幾らでもきいてやろうと思う。
彼女は知らない。俺が本当はこんなに冷めた人間であるということを。知られたらきっと、幻滅されてしまうだろう。だから俺は猫を被り続けているのだ。嫌われたくない。その一心で。我ながら女々しすぎて反吐が出る。


「賢二郎くん、元気だった?」
「まあ…うん。名前ちゃんは?」
「変わりないよー」
「そっか」
「賢二郎君はすごいよねぇ。あんな名門校に行ってて、しかもバレー部のスタメンなんだもん」
「別に、そこまで凄いことじゃない」
「私なんかそこらへんの公立高校でも平凡な成績だし特技もないし…尊敬しちゃうなあ」


俺の思う彼女の長所は、思ったことを素直に口にできるところだ。俺の知る限り、彼女には裏表ってものがない。もしかしたら学校ではオンオフを切り替えて過ごしているのかもしれないけれど、恐らくそんなに器用なタイプではないだろう。
自分とは真逆。感情を言葉でも表情でもストレートに伝えられる性格。もしかしたら俺は、彼女のそういう部分に惹かれたのかもしれない。
バレーに明け暮れる毎日を送っている俺は、正月以外実家に顔を出していなかった。だから、彼女に正月以外で会えることはまずない、のだけれど。今日は正月でもなければお盆休みでもない。進級して少し経った4月末。場所も実家ではなく、白鳥沢の寮の近くにある公園だった。
珍しく彼女から連絡が来たのは昨日のこと。何事かと思って慌てて内容を確認すると、ゴールデンウィークも部活なの?という質問だけ。そうだよ、と返せば、少しだけ会えないかな?と思わぬことを尋ねられた俺は、驚き半分嬉しさ半分の気持ちを携えつつ、ふたつ返事で了承した。
なんで急に?とは尋ねなかった。理由なんてどうでも良かったのだ。彼女が俺に会いに来ようと思ってくれたというその事実だけが、落ちた雫の先から波紋が広がるようにじわじわと俺の身体を侵食していって、満たされていくのが心地良かったから。


「受験生なんだから名前ちゃんこそ忙しいんじゃない?」
「うーん…まあぼちぼちかな」
「勉強、ちゃんとやってんの?」
「賢二郎君はしっかり者だよね。私の方がお姉さんなのに」


ふにゃりとした笑顔を見せながら何気なく落とされた彼女のセリフにずきりと胸が痛んだのは、自分がどうやっても「弟」的ポジションから抜け出せていないことが分かってしまったからだ。
昔からの付き合い。そして遠縁とは言え親戚関係。それに加えて、1つではあるけれど年上。だからふとした瞬間に、俺は彼女にとって弟でしかないのだと思い知らされる。俺は彼女のことを姉として見ていたことなんてないのに。
勝手に痛手を負って口を噤んでしまった俺に、彼女は気付いていないのだろう。追い討ちをかけるように零されたのは、賢二郎君って彼女いないんだっけ?という残酷な質問。俺のことを男として何とも思っていないからそんなことが平然ときけるのだ。悔しい。イライラする。自分だけ必死なことが。
ずっとひた隠しにしてきた。俺の気持ちには一生気付かないままでも良いから、都合よく傍にいてやろうと考えていた。けれど、それじゃあダメだ。
部活終わり。最近では陽が長くなってきたけれど、辺りはもうすっかり暗くなっている。そんな夜更けに公園に訪れる物好きは俺達以外いないようで、見える範囲ではあるけれど周りには誰もいない。今なら、ここなら、踏み出せるだろうか。柄にもなく手に汗を握る俺。


「なんで今日俺に会いに来たか、って、きいてもいい?」
「え?ああ、うん。賢二郎君、そろそろ誕生日でしょ?」
「…それがどうかした?」
「ちゃんと覚えてたんだけどね。毎年会えないから今年ぐらいは祝っときたいなあって」
「どうして今年だけ?」
「来年からは、ほんとになかなか会えなくなっちゃうかもしれないでしょ」


それは暗に、彼女がどこか遠くに行ってしまうことを示唆しているようだった。来年、彼女は大学生になる予定らしい。つまり、県外に行ってしまう選択肢も十分にあり得るということ。今でさえ殆ど会えていないというのに、連絡だって取り合えているわけではないというのに、このままでは更に距離が開いてしまう。
遠縁の親戚なんて、結局はほぼ赤の他人のようなもの。接点がなくなってしまえば、そこら辺を歩いている人と何ら変わりない存在に成り下がるのだ。俺と彼女もそんな関係になってしまうのだろうか。そんなの、嫌だ。
誕生日を祝おうとしてくれているのは嬉しい。鞄の中から綺麗にラッピングされた袋を取り出すのが見えて、俺のために用意してくれたんだと思ったらそれも嬉しかった。けれど、それはどういうつもりで選んで、どんな感情を以ってして俺に渡そうとしているのか。親戚のお姉さんとして、なら、お断りだ。


「いらない」
「……え、」
「俺は、そんなのいらない」
「賢二郎君…どうしたの?」
「どうもしてない」
「いつもの賢二郎君なら、」
「本当の俺はこんなやつだよ」


いつもなら取り繕う笑顔も、今日は捨て去った。彼女を真っ直ぐに見据えて、くすりともせず、声音だって刺々しい。「いつもの俺なら、」その言葉に続くのは何だろう。もっと「優しい」?もっと「穏やか」?違うんだよ。それは全部「いつもの俺」じゃない。
怯えているような恐怖しているような、それでいて拒絶の色は見られない目が俺を映している。ああ、これは戸惑いだ。俺に対する、戸惑い。知らないものに出会った時と同じそれ。暗闇は、肝心なものを何も隠してくれない。彼女の戸惑いも俺の醜く流れ出た感情も、夜の闇の中できらきらと輝く。きらきら光って良いような綺麗なものじゃないのに、なんて滑稽なのだろう。


「いい加減、俺を男として見ろよ」
「男、って、」
「俺は親戚の弟みたいなやつじゃない。名前ちゃんのクラスメイトと同じ、ただの男だ」
「そんなこと言われても…賢二郎君、」
「俺は名前ちゃんのことをずっと女として見てる。親戚のお姉ちゃんだなんて思ったことは1度もない」


ついに言ってしまった。いや、言ってやった。思っていたよりも後悔の念はなく、むしろ清々しささえ感じるほど。彼女が明らかに困っていることは分かっていたけれど、困らせてでも意識してもらいたいと思っていた俺にとっては1歩前進だと思うしかない。これは俗に言う開き直りというやつだ。
彼女の手に握られている袋へ徐に手を伸ばす。いらないんじゃ、という声は無視して自分の手元におさめれば、益々困り始める1つ年上のその人。動揺している姿も可愛いなあ、などと思うのはフィルターがかかっているからだろうか。どうせ俺はどんな彼女だって良いようにしか捉えられないのだ。


「今は何とも思ってないかもしれないけど、いつか必ず落とすから。覚悟してろよ」
「う、え、」
「折角俺のために用意してくれたんだから今回はもらっとくけど、次からはただの親戚のお姉ちゃんとして用意したものは受け取らないから」
「そんな、」
「ちゃんと俺を見ろ」


なんとも自分勝手で強気すぎる発言をしてしまったものだと思ったけれど、動揺してくれているということはほんの少しでも期待して良いのかな、なんて都合のいい解釈をしてしまう俺は愚かだろうか。駅まで送るから、と思い切って掴んだ手は握り返されることはなかったけれど、振り払われることもなかった。やっぱり、期待、するしかないだろ。
自分の言動を振り返り今更のように熱くなってきた顔を隠すように進行方向を向く。どうか俺のカッコ悪い顔は暗闇で見えませんように。隠したいものを隠してくれぬとは知りつつも、そう願わずにはいられなかった春の終わりの夜。

置き去りの春を
夏に届けろ

みつきさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
猫かぶってる白布くんが上手く表現しきれていないかもしれませんが最後の畳み掛け方は切羽詰まっていて余裕がない感じが可愛いなと思いながら書きました。年上お姉さんと…というのが新鮮ですね!
以前のフリリクに続き参加していただけて嬉しいです。お褒めの言葉を沢山ありがとうございました!これからも遊びに来てやってくださいませ〜!