×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

2nd Anniversary
thanks a lot !


こんなにもバレーにのめり込むことになるなんて思わなかった。きっと過去の僕が見たら、何そんな頑張っちゃってんの?と鼻で笑うことだろう。実際、今でも時々思うのだ。何をそんなに必死になってるんだ、って。それに対する答えはいまだに見つからないが、なんとなくは分かっている。悔しいことに、僕はバレーが好きになってしまったに違いない。それが原因だって。
そういうわけで、結局なんだかんだでバレーを続けている僕は、その頑張りが認められて…なんて青臭いことを言うつもりはないが、今期の全日本メンバーに選ばれていた。今はちょうど地方で行われている強化合宿中で、普段にも増してハードな練習の真っ最中である。汗がだらだらと、次から次へと流れてくるのが気持ち悪いと思っていたのは最初だけ。練習が進むにつれてそんなことを思う余裕すらなくなっていた。気持ち悪いことに変わりはないが、それよりも何よりも、兎に角キツい。早く休みたい。
そうして漸く訪れた僅かな休憩時間。体育館の端の方でタオルにたっぷりの汗を染み込ませながら水分を摂取する。ああ、暑い。気持ち悪い。シャワー浴びたい。雑念が一気に押し寄せてきて少しばかり集中力が途切れそうになっていたところに聞こえてきたのは、キャーキャーという女性の黄色い声。自分の顔が盛大に歪んでいくのが分かった。
今日の練習は所謂公開練習というやつで、一般の人も見学することができる。選手のファンである女性達にとって、間近で練習風景を見られるチャンスは貴重らしい。よく耳を澄ませば自分の名前を呼ばれているような気がしないこともないが、生憎僕はファンサービスが良い方ではない。というか、全くできない(する気がないとも言う)ので、いつもの如く聞こえないフリを決め込んだ。折角の貴重な休憩時間を誰かのために割けるほど、僕はできた人間ではないのだ。
もうそろそろ再開かな。そう思いながら監督の姿を探していると、ふと、コート内を一心不乱にワイピングしている人物が目に入った。上下ジャージ姿で色気も素っ気もない。そういえば練習中にボール拾いをしてくれていたような気もするその人物は、出入り口付近でキャーキャー言っている無駄にギラついた女性達とは明らかに違っていた。彼女はどうやら本当にバレーそのものが好きだから来ている、ある意味熱烈なファンのようだ。


「ボランティア?」
「え?わ…!ご、ごめんなさい!もう始まりますか?」
「いや、まだだけど。…ボランティア?」
「そんなたいそうなものでは…ただ私がやりたくて、監督さんに手伝いを買って出ただけです」
「ふぅーん…変わってるね」


声をかけたのは本当に気紛れだった。僕に声をかけられるとは露ほども思っていなかったのであろう彼女は、どこか慌てた様子で立ち上がりしどろもどろに会話をする。あまり目が合わないところを見ると、そんなに対人関係が上手い方ではないのだろうか。尤も、僕にそれを指摘する資格はないのだけれど。
邪魔はしませんので、という言葉を置いてぺこりと一礼してから足早に去って行った彼女の後姿をぼんやりと見送る。別に、アンタが邪魔しそうなヤツだとは微塵も思ってないけど。そんな風に言い返してやりたくなるほどには、僕は彼女に好感を抱いていた。少なくとも、応援と称して喧しいだけのミーハーな女性よりはよっぽどマシだと思う。あんな子もいるのか、と。珍しく僕の頭の中に必要かどうかも分からない情報がインプットされた。


◇ ◇ ◇



どっぷり日が暮れるまで行われた練習も、やっと終わりを迎えた。と言っても、今日はまだ初日だから明日も明後日も厳しい練習は続く。恐らく明日からの方がハードになるに違いない。僕は自分の荷物をまとめると、夜ご飯が用意してあるという食堂に向かって歩みを進めた。正直、食欲はあまりない。が、食べないとやっていけないのも事実なので、吐かない程度には何か胃に食料を詰め込む必要がある。
他の選手から少し遅れて歩く僕。すると後ろから、あの、と声をかけられた。げ。待ち伏せしていたファンとかだったらどうしよう。面倒臭いな。どっと疲れが増していくのを感じつつも、さすがに無視をするのは人間として如何なものかと思ったので、渋々足を止めて振り返る。そしてその姿を捉えた僕は、あ、とマヌケな声を漏らしてしまった。声をかけてきた人物が、昼間に練習の補助をしてくれていた彼女だったからである。
僕と視線が交わった直後、開口一番に、すみません、と謝罪の言葉を述べた彼女は、僕に勢いよくスクイズボトルを差し出してきた。僕のものではない。ということは誰かの忘れ物だろうか。こんな時間まで残っているということは、体育館の掃除や片付けまで手伝ってくれていたのだろう。忘れ物まで届けてくれるなんて、随分とお人好しだ。


「忘れ物、選手のどなたかのものだと思うので…」
「わざわざどうも」
「いえ。引き留めてしまってすみません。では…、」
「ねぇ」
「え、あ、はい!」
「……明日も来るの?」
「はい?」
「手伝い。来るの?」
「え、っと、そのつもり…ですけど…」
「そう」


そんなことをきいてどうするんだと自分自身に言いたくなった。僕自身がそうなのだから、彼女の方もきっとそう思ったのだろう。彼女の行きついた答えは、僕が不快な思いをしたのかもしれない、ということだったらしく、もしかして邪魔ですか?来ない方が良いですか?と突然アタフタし始めた。いや、そんなこと一言も言ってないし思ってもないけど。なんだか変な子だ。でも、嫌い、ではない。


「名前」
「は、はい?」
「名前、教えて」
「え?私の?」
「早く教えてくれないと夜ご飯食べそびれちゃうんだけど」
「ごめんなさい!名字名前です!」
「名字さん、ね。覚えとく」


ぽかんと口を開いて呆けている彼女の顔はお世辞にも可愛いとは言い難かったけれど、僕は一方的にそれだけ言うと再び食堂に向かって歩き始めた。あ、そうだ。言い忘れてた。数歩進んだところで、ちらり、彼女の方へと振り返る。また明日。そう言った時の彼女は、なんとなく嬉しそうだった。


◇ ◇ ◇



強化合宿3日目。相変わらず練習はキツい。が、初日とモチベーションが違うのは彼女の存在が大きい。名字名前。ただ練習補助に来てくれている子。けれども僕は、日に日に(と言っても知り合ってまだ3日目だけれど)彼女に惹かれつつあった。それを認めるのはなんだかむず痒かったけれど、休憩時間になるたびに自然と彼女を目で追うようになっていれば、どれだけ鈍感でも自分の気持ちに気付くというものだ。
別に、何か大きな出来事があったわけではない。彼女は初日と同じように真面目にワイピングとボール拾いをやっていて、僕も練習に打ち込んでいる。ただ、名前を教えてもらったことで声をかけやすくなったということもあり、僕にしては本当に珍しく、自分から彼女に声をかける機会は増えていた。聞けば、なんと彼女は僕のファンだということが判明し、満更でもなかったのは言うまでもない。勿論、喜びを露わにすることはなかったけれど。
今日も今日とて、練習は滞りなく終了した。いつも通りタオルで汗を拭いながら食堂に向かおうとした僕は、彼女が体育館の床をモップで清掃している姿を視界に捉えて、迷わずそちらに方向転換する。他の選手に、先に行ってて、と短く声をかければ、体育館には僕と彼女と、数名のスタッフが残るのみとなった。


「真面目だね」
「わ、月島さん!お疲れ様です」
「そっちもね」
「私は全然!疲れてなんかないですよ!」
「そんなにバレー好き?」
「え…あー…そう、ですね」
「自分ではやんないの」
「私、運動音痴なんです。だからやるのはちょっと」
「じゃあなんでバレー好きなの?」


随分と踏み込んだ質問をしてしまったかなと思ったけれど、彼女は特に嫌そうな顔をすることなく、けれども答え辛いのだろうか、うーんと言葉を模索している。僕を見て、すぐに視線を違うところに飛ばして、またちらりとこちらを見て、逸らして。そんなことを数回繰り返しているものだから、僕は自分の眉間に皺が寄るのを感じた。


「さっきから何。はっきり言えば?」
「あ、いや、えーと、」
「バレーが好きな理由と僕と、どういう関係があるわけ?」
「ばっ、バレーが好きというより月島さんを見てバレーが好きになったと言いますか!そういう感じだったので!…ごめんなさい、そういうの嫌いですよね…きっと」


威圧感に気圧されて飛び出したのであろう本音は、図らずも僕にクリーンヒットした。なんだそれは。まるで告白みたいじゃないか。いや、彼女はファンとしてそういうことを言っているだけで、特別な意味はないのかもしれないけれど、それでも。
誰かに「好き」と言われるのはこれが初めてではない。けれども、好意を伝えられて嬉しいと思ったのは初めてだった。思えば、彼女を初めて見た時から、僕は彼女に好感を持っていた。自分で言うのもなんだけれど、他人には基本的に興味がなくて正の感情を抱くことがほぼないこの僕が、自分から名前を知りたいと思って、名前以外のことも知りたいと思って、今もこうしてアプローチしている。こんなこと、この先有り得るのだろうか。
気まずそうにもじもじと下を向いている彼女のつむじをじぃっと見つめる。色気も素っ気もないジャージ姿は相変わらず。化粧っけもないし、見たところ特別スタイルが良いわけでもない。それでも、僕は。


「携帯、今持ってる?」
「え、あ、はい」
「僕の連絡先登録しとく」
「へ!?」
「その気があるなら連絡して」
「そ、その気、と、言いますと…?」
「それぐらい分かるデショ」
「いや…でも……」
「待っとく」
「え」
「そういう意味だって理解して」


僕は好意を伝えるのが下手だ。自分でもそれは十分すぎるほど分かっている。だからこんな、相手に委ねるような言い方しかできないけれど。おずおずと差し出された彼女の携帯を受け取る。勝手に自分の連絡先を登録してぽいっと返せば、なんだかふわふわした顔でこちらを見上げてくる彼女と目が合った。なんだ、ちゃんと分かってるんじゃないか。
夜ご飯の時間が差し迫っているのでこれ以上長居することができない僕は、じゃあ、と踵を返す。そのタイミングで、月島さん、と呼ばれてしまえば足を止めてしまうのは必然。顔だけそちらに向ければ携帯を握り締めた彼女が真っ直ぐに僕を見据えていて、思わず息をのんだ。


「連絡、します」
「…あっそ」
「期待、しても良いんですよね…?」


さて、ここで何と答えるのが正解なのだろうか。迷うことコンマ数秒。


「名前に任せる」
「え、」
「また明日」


名前を呼ぶのは少し早すぎたかもしれないけれど、これが僕なりの精一杯だということが伝われば良いと思う。合宿は残り2日。僕の今後のモチベーションは全て彼女に託されている。
こんなにもバレーにのめり込むことになるとは思わなかった。それと同様に、こんなにも容易く彼女に惹かれるとは思っていなかった。人生、何が起こるか分からないものである。

2度目の落とし穴

絢香さま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
バレー経験者とのことで矛盾点があるのではないかとヒヤヒヤしながらも書かせていただきました。今回の月島君は少しいつもよりツン要素少なめといいますか、マイルドな感じにしてみたのですがいかがでしょうか?月島視点で書くのは難しかったのですが新鮮で楽しかったです!
褒め殺しする勢いで嬉しい言葉のオンパレードだったのでなんだか恐縮です…これからも楽しんでいただけるように色んなお話をかいていけたらと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します!