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2nd Anniversary
thanks a lot !


※キャラ社会人、ヒロイン大学生設定


社会人になれば、もっと身も心も大人になれるものだと思っていた。けれど、それはどうやら大きな勘違いだったらしい。現に俺は社会人になっても何も変わっていない。たった1人の女を、ずっと忘れられずにいる。成長してねぇな、俺。
通りすがりの見ず知らずの女性がアイツに似ていたから思わず振り返ってしまった。だから突然こんな思考に陥ってしまったのだと思う。俺は小さく溜息を吐いてから懐かしの友人達が待つ店を目指して歩き出した。


「おー岩泉!こっちこっち!」
「お疲れさん」
「岩ちゃんおっそーい!」


上から順に、花巻、松川、及川。高校時代の旧友とは、今もこうしてたまに飲みに行く間柄が続いている。高校卒業後はそれぞれ別の大学に進学したにもかかわらず、完全に連絡を絶つということはなかった。誰から、という決まりはないし、どれぐらいの頻度で、という目安もない。時々誰かが気紛れに、集まるか、と言い出して適当に集まる。今日もそんなノリで集合したのだ。
確か前回は2ヶ月ほど前だったと思う。社会人2年目に突入したばかりの4月某日。ガヤガヤとうるさい居酒屋で乾杯を済ませた俺達は、いつものように近況報告や愚痴を言い合う。学生時代と何ら変わりないくだらない時間だ。けれどもそれが心地良かったりするから、コイツらとはいつまでも連んでいるのだと思う。


「そういえば岩泉、新しい彼女できた?」
「できねぇよ」
「じゃあ合コン行かね?」
「行かねぇ」
「岩泉はそういうの苦手だろ」
「及川さんが行ってあげよっか?」
「ぜってぇ来んな」


花巻の誘いは迷わず断った。例えこれが及川からの誘いだろうが、俺の返事は変わらない(松川はそもそも誘ってこないだろうから例え話にもならない)。未練タラタラ。そう、俺はいまだに彼女のことが、元カノのことが忘れられずにいるのだ。まさか自分がこんなにも女々しい部分を持ち合わせているなんて思ってもみなかったけれど、恋愛というのはそういうものなのだろう。
好きだった。否、今も好き、だ。どこが、とか、どうして、とか、そういうことは上手く説明できないが、他の女に見向きもしないぐらいには、彼女のことが頭から離れない。
高校3年生の時に付き合い始めた彼女とは、俺が大学に進学して暫くしてから別れた。ちょうど1年半ぐらいの付き合いだったと思う。別れた、と言ってもほぼ自然消滅。どちらからもきちんと「別れよう」と切り出してはいなくて、擦れ違いが重なって…という、ありがちで、ともすれば避けられたであろう終焉だった。
俺の2つ年下の彼女は年下にもかかわらずどことなく落ち着いていて、綺麗な見た目をしていた。俺達の引退間際に少しだけマネージャーをしてくれていたことがキッカケで付き合うようになったのだけれど、今思えば彼女の考えていることは最初から最後まで分からず仕舞いだったように思う。仕事ができて、無駄口を叩くことも及川のファンのようにキャーキャー騒ぐこともなく、随分と大人びて見えた後輩。そんな彼女が俺と2人でいる時だけは見せる照れた表情や余裕のなさそうな顔が、今も頭にこびりついて離れない。
元々メールやメッセージなんかのやり取りがあまり得意ではなかった俺は、大学進学以降、忙しさにかまけて益々彼女への連絡を疎かにしてしまった。同じ高校に通っている時は何をせずとも会えていたけれど、卒業してしまったらそうはいかない。何度も連絡をしようと思ったけれど、その度に、何の用事もないのにうぜぇか、などと考えてしまったのがいけなかったのだろうか。気付けば俺達は3ヶ月ほど連絡を取り合わなくなっていて、そのまま自然と別れる雰囲気になっていた。


「そういえば岩ちゃんさあ、名前ちゃんと最近連絡とった?」
「は?取るわけねぇだろ」
「元カノに連絡取りにくいっしょー」
「岩泉の方がフられたんだよな」
「え!嘘でしょ!」


松川の発言に素で驚いた様子の幼馴染は、元々大きな目を更に大きくさせて俺を見つめている。嘘じゃねぇよ。松川だけにしか込み入った話はしていないが、流れ的には俺が彼女に愛想を尽かされたということで間違いないはずだ。花巻は、まじかー、と呟いているものの、そこまで驚いた様子はない。過ぎた話にはあまり興味がないのかもしれない。それにしてもこの及川って野郎は、わざわざ人の古傷を抉るようなこと言いだしやがって。一体なんなんだ。もう酔ってんのか。じろりと無駄に整った顔を睨みつけてやれば、睨まれた張本人は怯むどころか、聞いてる話と違う、と聞き捨てならない発言をした。
聞いてる話と違う?それはつまり、及川が彼女から何かを聞いたということなのだろうか。それは初耳だ。俺は自分がかなり顔を顰めていることを自覚しつつ、どういうことだ、と尋ねる。及川は、言っちゃいけなかったのかなあ…でももうここまで言っちゃったしなあ…などと煮え切らないことをぶつぶつ呟いていたが、俺の眉間の皺がこれでもかと深くなったのを見ておどけたように降参ポーズを取って、分かったから怒んないで!と漸く話を切り出した。


「まあ色々言いたいことはあるんだけど、結論から言うと名前ちゃんはまだ岩ちゃんのことが好きだと思うよ」
「は?」
「ていうか名前ちゃんは自分が岩ちゃんにフられたと思ってる」
「な、いや、それは違うだろ」
「違うかどうかは俺には分かんないけどさ。1回ちゃんと話してみた方が良いんじゃないの」


連絡先変わってないよ、ちなみに岩ちゃんと別れてから彼氏もできてないらしいよ、と勝手に個人情報をぺらぺらと暴露する幼馴染は、これで上手くいったらなんかお礼してよね、と図々しいことを言ってきたけれど、俺はいつものツッコミも忘れて生返事をするのみに止まった。それほど衝撃的だったのだ。彼女が及川に俺達の関係について話していたことも、俺にフられたと思っていることも、まだ俺のことが好きかもしれないということも。衝撃的過ぎて受け止め切れないほど。
その後の記憶は、正直ぼんやりしている。恐らく何の生産性もないどうでもいい話ばかりだったと思うので覚えていなくても問題はないだろうが、このままでは翌日の仕事にも差し支えるんじゃないかと思うほど、俺の頭の中は特定のことで埋め尽くされていた。彼女に連絡を取るか否か。及川の言ったことの真偽を確かめたくて仕方がないけれど、突然連絡をして、及川に俺のことまだ好きかもしれねぇって聞いたんだけど本当か?などと確かめるなんて、どう考えたって情けない。ああ、くそ。こんなことならごちゃごちゃ考えずにもっと早くから何かしらのアクションを起こしておくべきだった。そんなことを思ったところで後の祭りなのだけれど。


◇ ◇ ◇



「岩泉君、宜しく頼むよ」
「はい」
「今日からバイトの子、たぶん来年度にはうちの事務で働くと思うから色々教えてあげて」
「分かりました」


あの飲み会から1週間。結局いまだに何もできていない俺は、本当に成長していなくて心底自分が嫌いになりそうだった。それでも仕事はしなければならないわけで、俺は今日からくるらしいバイトの子の教育係に任命されてしまった。大学4年生のこの時期にうちの会社の事務でバイトをするなんて、よほど見込まれているのだろう。それともコネか何かだろうか。何にせよ、俺は事務関係に詳しくないというのに仕事を押し付けられてしまって、内心穏やかではなかった。そのバイトの子の姿を見るまでは。
忘れるはずもない。なんならつい先ほどまで頭の中でその姿を思い出していたぐらいだ。かっちりとしたスーツに身を包み俺の前に立つ彼女の風貌はあの頃より更に大人びていたけれど、雰囲気は殆ど変わらない。向こうも驚いているのだろう。俺達は久し振りの邂逅に数秒間固まっていた。


「名前、か?」
「岩泉、さん…この会社だったんですか……?」
「おう。久し振りだな。元気だったか?」
「そうですね…どうでしょう。それなりには、元気、でしたよ」


口を開けば意外にも言葉がすらすらと出てきて安心した。が、内心はかなりテンパっている。連絡をするという手間が省けたとは言え、これはあまりにも唐突すぎるだろう。まあ、再会できて嬉しくないのかと尋ねられたら断じてそういうわけではないのだけれど。
仕事中なのでプライベートな話をだらだらするわけにもいかず、挨拶らしい挨拶はそこまで。周りの目もあるしとりあえず一通りの仕事の説明をしてから現場の事務員さんに彼女を預け、俺は自分の仕事に戻った。尤も、全く集中はできなかったけれど。


「ありがとうございました」
「俺は何もしてねぇよ」
「いえ、そんなことありません。…相変わらず頼られてるんですね」
「相変わらず?」
「高校の時も、そう、だったから、」


夕方、勤務時間を終えてわざわざ俺のところまでお礼を言いに来てくれた彼女との会話は、図らずも俺達がまだ初々しく恋愛ごっこを繰り広げていた頃のことを思い出させた。地雷、というほどではないにしろ、お互いにとって苦い過去。良い思い出に、なんてできるほど、俺はまだ大人になりきれていなくて、それは恐らく彼女の方も同じだったのだろう。何とも形容しがたい表情と雰囲気を身に纏った彼女を見下ろしながら、思い出す。
名前ちゃんはまだ岩ちゃんのことが好きだと思うよ。
あっけらかんと言ってのけた幼馴染の言葉に縋り付きたいような逃げ出したいような、けれどもここで逃げ出したところで気になって仕方がないのだろうということは目に見えていた。どうせ彼女はこれからもこの職場で働くことになる予定なのだ。そうなれば、俺はまた彼女と必然的に顔を合わせることになる。宙ぶらりんのままでも会うことはできる、けれど。


「名前…って、まだ呼んでいいのか分かんねぇけど」
「は、い」
「今日、飯行くか」
「……良いんですか、岩泉さんは」
「俺から誘ったんだから良いだろ、そこは」
「私、元カノ、ですよ。一応」
「嫌なら断ってくれ」


沈黙。交わる視線。どくどくと脈打つ心臓は柄にもなく緊張していることを物語っている。実際にはきっと数秒。体感的には数時間。兎に角それぐらいの時間が経ってから、どうしてですか、と消え入りそうな声で紡がれた言葉は、俺の鼓膜を震わせた。


「何が?」
「どうして、期待、させるようなこと、言うんですか」
「期待させても良いと思ってるからだろ」
「じゃあどうして、」
「俺は、フったつもりはない」
「……嘘でしょ」


そのフレーズはつい最近も耳にした。そうだ、及川が口にしていた。嘘じゃないのに、嘘でしょ、と驚かれるのはこれで2回目。驚きたいのはこっちの方なのに。
オフィスフロアの出入り口付近。何人かが通り過ぎて行って、何の話をしているんだ?とちらちら寄越される視線が気になって、俺は彼女の手を引いて空いている会議室へと移動した。今ここで全てを有耶無耶にしたまま、じゃあまたな、なんて別れるのは真っ平御免だ。彼女は抵抗せずに俺に引っ張られてくれていて、けれども俺を受け入れているわけではなさそうだった。表情が、暗い。


「急に、悪かった」
「いえ…こちらこそ」
「単刀直入に言う。及川から、少し聞いた」
「及川さんから?」
「俺にフられたと思ってるって」
「思ってるというか…それは事実じゃないですか」
「違う。俺は自分の方がフられたと思ってた」
「えっ」
「だから、」


完全に勢いだった。言っても良い場面なのか、タイミング的にどうなのか。そんなことは頭からすっぽり抜け落ちていて、ここに名前がいるならばもう伝えなければと本能的に口が動いていた。きっともう、無理だったのだ。ごちゃごちゃ考えるのも、燻っていた気持ちを押し殺すのも、全部。元々そういうのが似合わない性分なのだ。これが、俺の正常。


「好きなままなんだ、俺は」
「……そんな、」
「遅ぇかもしんねぇけど、もう1回やり直したい」
「私が、どんな気持ちだったか知らないでしょう?」
「今から全部聞く」
「すごく悩んで、勝手に落ち込んで、でも何も言えなくて、」
「悪かった」
「忘れなきゃって、思ってたのに…っ、」
「忘れんな。俺も忘れるつもりねぇから」


推して押して押して。ぐらぐらの名前を卑怯なまでに押し続ける。今更。もう遅い。悪あがき。未練がましい。なんとでも言えばいい。なんだっていいのだ。また名前を手に入れられるなら、それだけで。
ぽたり。彼女の目から雫が垂れて会議室の床を濡らした。小さく震える声で、私で良いんですか、と尋ねてきた彼女に、名前が良い、と歯の浮くようなセリフをぶつければ、ぐらぐらの足元はついに陥落したらしい。


「私、本当はかなり我儘なんです」
「そうか」
「困らせちゃうかもしれませんよ」
「別にいい」
「社内恋愛良いんですか」
「良いだろ。ダメでもどうにかする」
「岩泉さん、」
「まだ何かあんのか」
「好きです。ずっと」


待ち侘びていたその言葉をじんわりと噛み締める。悔しいが今回ばかりは、あの憎たらしい幼馴染に盛大な礼をしなければならないだろう。

遅ればせながら
春を呼びました

水瀬さま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
岩ちゃんが果たしてこんなにグズグズするのかどうか疑問ではありますが、それほどまでにヒロインちゃんのことを本気で想っていたという解釈をしていただけたら嬉しいです…最終的に男前な岩ちゃん…きっとこれから死ぬほど幸せにしてくれるんでしょうね…脳内妄想が捗ります。笑
毎日遊びに来てくださっているとのことですごく嬉しいです。これからも楽しんでいただけるように頑張りますね!