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2nd Anniversary
thanks a lot !


それは完全なる一目惚れだった。友達である春乃がマネージャーを務めているというので興味本位で観に行った野球部の練習試合。彼は相手投手の決め球を見極め、いとも簡単にボールをスタンドまで運んだ。得意げに、そして誇らしげにガッツポーズをしながら走る姿はただただ輝いて見えて。その後、守備についた彼の顔はキャッチャーマスクに隠れて見えなくなってしまったけれど、私の目は終始彼に釘付けだった。
野球のことについての私の知識レベルはというと、恐らく人並み程度。それほど詳しくはないけれど、全く知識がないというわけではない、という感じだ。好きか嫌いかで分類しても、まあまあ好き、というのが正直なところ。だから私は、少しでも彼に近付きたくて野球のことを密かに勉強し始めた。
彼に近付きたくて、とは言ったものの、物理的にお近付きになろうなんて烏滸がましいことを思っているわけではない。ただ、彼が起こす行動の意図を理解したいなあ、と思っているだけだ。つまりは自己満足。このふわふわとした気持ちは私だけが知っていればいい。私の心の中だけにそっと仕舞っておこう。そう決めている。


「名前ちゃん、また観に来てくれるの?」
「うん。予定ないし」
「野球、好きなんだね」
「え?あ、うん…まあね…!」


春乃に純粋な目を向けられた私は一瞬言葉に詰まってしまう。だって、いくら友達でも言えるわけがない。野球じゃなくて野球部のキャッチャー、主将の御幸先輩のことが好きだから観に行くんだよ、なんて。


「そんなに好きならマネージャー一緒にやらない?」
「それは…ちょっと…」


尚も素直に、ストレートに、ご尤もな発言をしてきた可愛い友達は、穢れを知らぬようだった。そりゃあマネージャーになれば意中の彼、御幸先輩には毎日会えるだろうし、練習風景も間近で見られるに違いない。私にとっては夢のような毎日が過ごせることは明白だ。
けれども、春乃や他のマネージャーさん達が野球部のために必死に頑張っているのに対し、こんな邪な考えを持った私が軽率にマネージャーをやるわけにはいかなかった。それに、もしマネージャーになったとしても、不純な動機で始めてしまったことはいつかバレてしまうような気がする。特に御幸先輩には。何度も言うけれど、この気持ちは誰にも気付かれてはならない。御幸先輩を困らせたり迷惑をかけたりするのだけは絶対に嫌だから。


◇ ◇ ◇



性懲りもなく下心剥き出しで観に来た練習試合。我らが青道高校は今日も調子良さそうにヒットを連発していて、守備もほぼ完璧な仕上がり。投手の沢村君の調子があまり良さそうではなかったから、ほぼ完璧、という上から目線な感想になってしまったけれど、それでも青道は強かった。
滞りなく練習試合が終了し、少し春乃と話せないかなと思いグラウンドの方へ足を運んでみる。選手の皆さんの邪魔にならぬようにと木の陰に隠れてこっそり周りをきょろきょろと見渡してみたけれど、春乃の姿はどこにもなかった。やっぱりマネージャーって忙しいんだろうな。私には務まんないや。そんなことを思いながら、春乃と話すのは諦めて帰ろうとした時だった。


「そこで何やってんの?」
「え、あ、」
「迷子?……ってわけじゃなさそうだな」


聞き覚えのある声に振り返れば、なんとそこには私の憧れであり意中の人である御幸先輩が立っていた。試合用につけていたゴーグルは既に眼鏡に戻っていて、眼鏡の奥の瞳は真っ直ぐに私を捉えている。まさかの緊急事態発生に、私の頭は大混乱だ。
え、とか、あ、とか、う、とか、まともに声を発せない私に、彼は、大丈夫か?と尚も声をかけてくる。どうしよう。あの御幸先輩が私に話しかけてきてる。何か言わなくちゃ。何か、何か。


「試合、すごかった、です」
「すごかったって?何が?」
「え、っと、御幸先輩のリード?とか、バッティングも、強気で、いつもすごいなって思ってます」


今時、小学生でもこんなにお粗末な感想を述べたりはしないだろう。それぐらい酷い発言をしてしまったという自覚はある。けれどもどうしようもなかったのだ。パニック状態の頭で彼に言えることなど、これが精一杯。彼の真っ直ぐすぎる視線が怖くて俯いてしまったけれど、どうにかこうにかでも返事をすることができただけでも褒めてほしいぐらいである。
心臓がもの凄い勢いで脈打っていてうるさい。自分の心音しか聞こえない時間が長くなればなるほど、私の拍動は速くなっていく。このままでは爆発してしまう。そんなことは有り得ないというのは分かっているのだけれど、本気で命の危険すら感じ始めた。そんな時、漸く御幸先輩が口を開いた。


「俺のことばっかじゃん」
「へ、」
「いつも、ってことは、いつも見に来てくれてんの?…俺を」


あまりにも驚くべきことを言われた衝撃で弾かれたように視線を上向かせれば、にやりと御幸先輩の口元がいやらしく笑って、心臓が壊れた。実際に壊れたわけではないし死んでもいないけれど、体感的には死んだも同然である。なんだこの人、同じ人間か。
完全にフリーズしてしまいぽかんとマヌケ面を晒している私に対し、おーい、話聞いてる?とのんびり尋ねてくる御幸先輩は、新しいおもちゃを手に入れた子どものように楽しそうである。聞いてます。聞いてますけど。ここで、はいいつも御幸先輩を見に来ています、などと返事をしたら私の気持ちがバレてしまう。それだけは避けなければ。私は必死に頭の活動を再開させ、返事を考える。


「私、マネージャーの春乃の…吉川さんの友達で。野球も好きだから応援に来てるだけ、です」
「へぇ…そうなんだ」
「それじゃあ、あの、失礼しますっ」


上手く誤魔化せたかどうかは分からない。けれど、これ以上ボロが出る前にさっさと退散した方が良いと判断した私は、もう少し御幸先輩と話していたいという気持ちを押し殺してぺこりと一礼し踵を返す。すると背後から、なあ、と、恐らく私を呼び止めるために発したのであろう御幸先輩の声が聞こえて、1歩を踏み出すことはできなかった。
振り返ったら色々とヤバい気がしたので、なんでしょうか…、と背中を向けたままなんとか返事をすれば、ざり、と砂を踏んで御幸先輩が近付いてくる足音が聞こえてきて、緊張が走る。今度は一体何なんだ。これ以上はもう無理ですよ。ざり、ざり。背後に御幸先輩の気配を感じた私は、ぎゅっと拳を握り締めた。


「名前、きいといていい?」
「わ、私の、ですか?」
「そう」
「……名字名前、です…」
「名字サンね。覚えとく」
「えっ」
「今後とも応援ヨロシク」
「は、はいっ」
「青道の応援じゃなくて、俺の応援の方ね」


御幸先輩に名前を呼んでもらえただけで天にも昇れそうな気持ちなのに、ぽん、と頭を撫でられるサービスまでしてもらった私は、その場で倒れそうになってしまった。私の気持ち、もしかしなくてもバレてる?察した上で自分の応援をしてくれって言ってきてこんなことしてきてる?いやいや、そんな。さすがにそこまで都合の良い展開、あるわけがない。…けど。
恐る恐る、半歩後ろに立つ御幸先輩の表情を窺ってみる。ばっちり目が合って、また、にやり。本日2度目の笑顔に、私は難なくノックアウトされた。よろしく、なんて言われなくても応援しますよ。むしろずっと御幸先輩のことしか応援してません。……とは、勿論言えないけれど。
また観に来ます、という一言に込めた想いは彼に伝わっただろうか。伝わっていてほしいけれど気付かれるのは困る。そんな複雑な乙女心を察する気がないらしい彼は、またひとつ、笑みを零して去って行った。今年の夏は、あつくなりそうだ。

ダークマターは
囚われた

なるまいさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
片想いなのか両片想いなのか微妙な感じになってしまいましたが大丈夫でしょうか…御幸はキングオブ鈍感なのでなかなか進展しそうにありませんがこういうのって青春っぽくていいですよね!と思っているのは私だけかもしれませんが!笑
年甲斐もなく…なんて言ったら私もそうなんですけど、世の中には魅力的な漫画が溢れているので仕方がありませんね…これからも素敵な作品を愛で続けましょう!