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2nd Anniversary
thanks a lot !


※社会人設定


ちらり、時計を見る。これで何度目になるだろう。いつも定時で帰りたいとは思っているけれど、今日はいつも以上に定時で帰りたい気持ちが強かった。だって、今日は特別。いつものアフターファイブとはわけが違う。忙しい彼と、2週間ぶりに会う約束をしている大切な日なのだ。
カタカタカタカタ。いつも以上の力を発揮して超スピードでキーボードを叩く。いつもこれぐらいのスピード感があればもっと早く帰れるのかもしれないけれど、毎日こんなに頑張れるほど、私はできた人間じゃなかった。何かご褒美があるから頑張れる。そういう、浅はかなヤツなのである。
終業時刻まで残り30分。あともう少しで彼に会える。そんな希望を持ったのがいけなかったのだろうか。名字さん、もう終わりそう?と、何の気なしに仕事の進捗状況を確認してきた先輩に、はい!と元気よく返事をすれば、ぱあっと輝いた瞳を向けられて嫌な予感しかしなかった。嫌だ。絶対に嫌だ。私は今日、自分の仕事だけを片付けて定時ダッシュをすると決めているのだ。いくらいつもお世話になっている先輩といえど、今日だけは譲れない。たとえどんな理由があろうとも、だ。


「お願い!コレだけでいいからちょっと手伝ってくれない?」
「先輩、私今日はちょっと…」
「仕事終わり、婚約者と式場に打ち合わせに行かなきゃいけなくて…どうしても間に合わせたいの」
「……わかりました」


顔の前に手を合わせてそんな大切な理由を突き付けられてしまったら、私の決意なんて簡単に崩れてしまう。ずるい。私だって彼との約束があるのに、それに間に合わせるために頑張ったのに、先輩の理由の方が大切なんじゃないかって、同じ約束事なのに優劣をつけてしまう。ただ付き合っているだけの私と彼の食事の約束と、既に結婚が決まっていて未来に向けた打ち合わせをするための先輩達の約束。どちらを優先すべきかと考えたら、そりゃあ先輩達の約束の方になってしまうじゃないか。
いつもお世話になっている。嫌いじゃない。けど、先輩はちょっぴり今みたいにずるいところがある。もっと頑張ろうと思えば頑張れたはずだし、その気になれば1人で終わらせることもできたはずだ。他部署の人と結構長い時間おしゃべりをしているところ見ちゃったし。でも、今はそんなことをグチグチ言っても仕方がない。渋々とは言え引き受けてしまったからには、それは自分の責任だ。私は先輩から書類を受け取ると、再びパソコンのディスプレイと睨めっこを開始するのだった。


◇ ◇ ◇



定時から遅れること1時間。私にしては上出来だった。けれども、彼はどういう反応をするだろう。少し残業をしなければならなくなったという旨と併せて謝罪のメッセージを送ったけれど、彼からの返事はなかった。もしかしたら怒っているのかもしれない。けれどもそんなことを気にしても仕方がないので、今は1分、1秒でも早く彼の元に行こうと、会社を飛び出した。
彼は車で迎えに来てくれると言っていたけれど、どこに泊めたのだろう。携帯を取り出し、彼に電話をかけようとしたところで、先に彼からの着信。素早く通話ボタンを押し、もしもし、とお決まりの言葉を紡げば、ビルの左の道見てみ、と簡潔なセリフが返ってきた。携帯を耳に当て言われた方を見れば、いた。白色の車(私は車について詳しくないけれど恐らく高級な車)に背中をあずけてこちらに手をあげる金髪の彼は、間違いなく私の彼氏、宮侑だ。
携帯を耳から離し通話終了のボタンを押して彼の元へ小走りで駆け寄る。第一声、遅くなってごめんなさい、と謝罪の言葉を吐き出すと、彼は、そんなん気にしとらん、といつもの調子で宣った。どうやら本当に怒っている感じはなさそうだ。私はほっと胸を撫でおろす。
慣れた手つきで助手席のドアを開け、どーぞ、とおどけたようにお姫様扱いしてくれる彼はなかなかのジェントルマンだ。私は勧められるまま助手席に乗り込みシートベルトをつける。運転席に乗り込んできた彼は、食いたいもんある?と私にリクエストを確認しながらシートベルトをつけていて、こちらに視線を流してきた。
私は超がつくほど優柔不断な女なので、こういう時いつも、何でもいい、と言ってしまう。ただ、今日は堅苦しくない雰囲気のところでちゃっちゃと食事を済ませてできるだけ2人きりでいたいなあという気持ちがあった。とは言え、何が食べたいかと尋ねられたら明確な返答はできなくて、私は結局いつも通り、何でも良いよ、と答えるに止まる。きっと彼はその返事がくることを予想していたのだろう。せやったら俺の食べたいもん食べに行こ、と迷わず車を発進させた。


「なんかあったん?」
「え?なんで?」
「約束しとる日に残業なんかせぇへんやん」
「あー…うん、先輩に、ちょっと手伝い頼まれちゃって」
「断らへんかったん?」
「婚約者さんと結婚式の打ち合わせがあるから間に合わせたいって言われちゃったら断れないよ」
「なんで?」
「なんでって…」
「名前も俺と約束しとったやんか」
「でも……」


彼の前で、あなたと私の約束より先輩達の約束の方が大事そうだったから、なんてことを言うのは躊躇われた。だからもごもごと口籠れば彼は何か察してくれたのだろう、まあええわ、と呟いてその話を終わらせてくれた。車内の空気はちょっぴり重たい。たぶん、否、絶対に私のせいだ。


「ごめん、ね?」
「遅れたんは気にしとらんて言うたやろ」
「そうじゃなくて、侑との約束、優先できなくて…」
「ああ、そっちか。せやなあ。ちょーっと傷付いたなあ」
「私だってすごく楽しみにしてたんだよ。でも、」
「分かっとる。名前がそういう性格なんは俺が1番よぉ知っとるから」


右手でハンドルを握りながら左手で私の頭を撫でる彼の声は明るい。器用で賢い人だ。人の心を掌握する術もよく心得ている。私の考えていることを読み取って、どういう言葉がけをして、どういう行動を取ったら良いか。彼は全て分かっているのだ。まったく、恐ろしい男である。
そうして空気が軽くなってから暫く車を走らせて辿り着いたのは、意外や意外、ラーメン屋さんだった。いつもは小洒落たレストランとか個室のある居酒屋さんとか、わりと雰囲気の良さそうなところを選ぶ彼が、今日はラーメン屋さんだなんて。私としては願ったり叶ったりなので全然構わないのだけれど、一体どういう風の吹き回しだろうか。
車から降りて、ドアを閉める。彼の隣を歩きながら、ラーメンで良いの?と一応確認してみれば、嫌やった?と逆に尋ね返されて首を横に振る。せやったらええやん、と言うことは、本当にラーメンで良いのだろう。見目麗しいスーツ姿の彼がラーメンを啜る姿はちょっとアンバランスな気がしたけれど、こういうところに気兼ねなく行ける関係なんだと思ったら嬉しかった。気取らなくていい関係。恋人として、前進したのかもって思える。
がらり。店の中に入れば、いらっしゃーせー!という元気な声が木霊した。ちょうど空いていた1番隅のカウンター席に通された私達は並んでそこに座る。お冷を持って来たお姉さんは一瞬だけ彼に見惚れていたようだけれど、ご注文が決まりましたらお声かけてください、というマニュアル通りの文句だけを残して退散していった。


「どれにするん?」
「んー…どれにしようかなあ…悩む」
「餃子頼も」
「うん」


1つのメニュー表を2人で顔を突き合わせながら覗き込みつつ注文の品を決める。肩が触れ合うかどうかというぎりぎりの距離にとくんと心臓を跳ねさせたことには、恐らく気付かれていないと思う。久し振りだからだろうか、どうもこの距離は緊張する。
そうしてそれぞれのラーメンと餃子を注文して、汗をかいたグラスを持ち上げて水を飲む。むわりとした熱気に包まれた店内はいい匂いで充満していて食欲をそそられる。先に餃子が運ばれてきて、2人してつまむ。続いてラーメンもすぐにやってきて、私達はもくもくとそれを口に運んだ。色気も素っ気もない。けど、たまにはこういうのも良い。


「餃子、もういらんの?」
「侑が食べていいよ」
「…食べたいなら食べたいて言いや」
「え、」
「最後の1個食べたいです、て顔に書いてあるで」
「うそでしょ!」
「ほんまほんま」


図星を突かれてしまい慌てて顔を隠すも、顔に書いてある、というのはもののたとえなので隠したって何の意味もない。ほれ、と口に突っ込まれた餃子。はむはむと食べれば、彼は満足そうに笑った。食い意地が張った女だと幻滅されたらどうしよう。そんな心配をしていた私だけれど、たぶん大丈夫そうだ。


「腹いっぱいやなあ」
「そうだね」
「この後どうする?」
「どうしよっか…」
「うちでええ?」
「え、うちって、侑の家?」
「嫌なん?」
「いや、てっきり夜景でも見に行くのかと…」
「そういう気取ったデートプランがええならそうするわ」


気取ったデートプラン。付き合い始めたばかりの頃には定番だったそれ。でも今は違う。一緒にラーメン屋さんで気取らない食事ができる関係になった。彼はきっと、そういうことが言いたいんじゃないかと思う。


「ううん。侑の家、行きたい」
「着替え取りに行く?」
「泊まっていいの?」
「え。むしろ帰るつもりやったん?」
「うん」
「嘘やん。帰す気なかったんやけど」
「……じゃあ、着替え、取りに帰る」
「名前んち泊まるんでもええけどな」
「片付けてないからそれはちょっと…」
「俺と名前の仲やんか。気にせぇへんって」
「それとこれとは別問題」
「ま、名前とおれるんやったらどこでもええわ」


行こ、と。駐車場に停めてある車に向かう彼は上機嫌だ。そしてその姿を追いかける私もまた、上機嫌だった。

遠くない
未来の手前

ぐっちゃさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
運転シーンだけでなく全体的に萌え要素少なめになってしまいましたが、日常の一部になる一歩手前の恋人同士の空気感が好きなので、それを感じ取っていただけたら良いなと思って書きました。さりげなく彼女大好きっぽい、いつもより爽やかテイストな侑を楽しんでくださると嬉しいです!
いつも当サイトにお越しいただいているようでありがとうございます。これからも色んなお話を書いていけたらと思っておりますので、どうぞ宜しくお願い致します〜!