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2nd Anniversary
thanks a lot !


※社会人設定


ピロリン。携帯アプリのメッセージ受信音が高らかに鳴り響いて、彼からの連絡が来たことを知らせた。きっと、今から帰る、という内容に違いない。いつもそうだから。私は作っておいたシチューを温め直すべく、台所へと向かいながらメッセージの内容をチェックする。そして携帯のディスプレイに目を落とした私はシチューの入った鍋の前で動きを止めた。
ごめん。今日行けそうにない。
珍しい内容だった。珍しいというか、付き合いだしてから始めてのことだと思う。彼がうちに来ると約束してくれた日に来なかった記憶は一度もないから。
そんな彼が来れそうにないと言うのだ。よっぽどの理由があるのだろう。仕事が終わらなかったとか、上司の誘いを断れなかったとか、そんな感じののっぴきならない事情が。それでも私はあからさまにがっかりしていた。折角会えると思ってたのに。寂しいなぁ。
もう子どもじゃない。社会人4年目の立派な大人だ。彼との付き合いも、もうすぐ1年近くになる。付き合いたてほやほやのラブラブカップルって時期は過ぎたはずだ。けれども私はどんどん彼のことが好きになる。彼はどうか知らないけれど。
お腹はすいたけれど、シチューを温め直す元気はなくなった。だって1人で食べても美味しくない。でも次にいつ彼と会えるかは分からないし、食べなければ腐ってしまうのは明白。沢山作ったのに。これは消費に困りそうだ。
仕方がないのでコンロの火をつけて温め始める。すると、ちょうどそのタイミングで携帯が鳴った。この音は着信だ。メッセージの内容を確認した後で放置していたそれを手に取った私は、ディスプレイに表示されている文字を見て目を見開く。川西太一。今日行けそうにないとメッセージを送ってきた彼の名前が表示されていたからだ。


「もしもし?」
「あ、ごめん。急に電話して」
「ううん。どうしたの?」
「いや、さっき行けそうにないって送ったんだけど、やっぱ行きたくて」
「何か用事があったんじゃないの?」
「後輩が取引先とトラブって謝罪行ってた。もう終わったから急げば30分ぐらいでそっち行けると思うんだけど…行ってもいい?」
「疲れてるなら良いよ。無理しなくて」
「無理してないし。むしろ会いたいから連絡したんだし」


じわじわと身体の内側から温かくなっていく。彼はいつも、私が少し不安になろうもんなら、それを見透かしているかのように不安の上をいく安心を与えてくれる。押し付けてくるわけじゃないし、いやらしさもない。だから私は彼のことがどんどん好きになってしまうんだと思う。


「私も、会いたいと思ってた」
「良かった。じゃあ行く」
「待ってる」


そんな電話をした40分後。彼は宣言通り私の家にやって来た。細身の身体にぴったりのスーツ姿は、何度見ても惚れ惚れしてしまう。きつく締めていたネクタイを指で緩める姿も、色っぽくて好きだ。
私が彼に見惚れていることに気付いたのだろうか。そんなに俺見て楽しい?と、彼が口元に弧を描いた。楽しいというか、これは不可抗力だ。素敵だなあと思う対象に目を奪われてしまうことに理由なんて必要ない。


「かっこいいなあって思って」
「え。なに。今日そういう感じ?明日も仕事なのにいいの?時間もいつもより遅いけど」
「違うよ。ただの感想」
「ああ、なるほど。そっか」
「……別に、そういう感じになってもいいけど、ね」


そういう感じ。普段なら平日のど真ん中、水曜日には流れない雰囲気。それは暗黙のルールというか、社会人として翌日の仕事に影響を及ぼすようなことはしない方が良いよね、というお互いの認識の元で成り立っているだけの、非常にあやふやでぐらぐらとした決まり事みたいなものだった。
ネクタイを緩めきった彼の手が止まり、切れ長の目は私へと向けられている。別にいいけど、というのは、今日は水曜日だけどそういうことをしてもいいですよ、という意味だ。それは彼もきちんと理解していると思う。けれども、驚きや嬉しさを感じている様子がないどころか少し怪訝そうな顔をした彼は、私にゆっくりと近付いてきた。
身体を屈めて私に視線を合わせる。伸びてきた手は頭をゆるゆると撫で、やがて背中へ。とん、と軽く押されれば、私の身体は簡単に正面に立つ彼の胸板に押し付けられた。


「ごめん。約束してたのに来れないって言ったから不安にさせたよな」
「不安なんて、そんな、」
「寂しかったって顔に書いてある」
「…ほんと?」
「だから、ルール破っても良いやって思っちゃったんでしょ」


寂しかった。だから会えた瞬間に嬉しくて、でもなんだか離れたくなくなって、無意識のうちに彼を求めていた、のかもしれない。自分でも気付いていなかった気持ちにこうして気付いて寄り添ってくれる彼は、どうしてこんなにもイイ男なのか。私には勿体なさすぎる。


「ご飯、食べよっか」
「今日シチュー?」
「うん。よく分かったね」
「いい匂いしてたから」
「すぐ食べられるよ」


そうして私達は暫くお互いの存在を確認し合うみたいに抱き合った後、夜ご飯を食べた。ちょっと恥ずかしいけれど一緒にお風呂にも入ったし、付き合いたてホヤホヤの学生カップルでもないのに指を絡めながらソファに座って、くだらないバラエティー番組を見た。
時計の長針と短針が仲良くてっぺんを向く頃、彼が今更のように尋ねてきた。今日泊まっていい?って。本当に今更だった。今から帰るって言われた方が衝撃的なぐらい今更すぎて、返事はおろか、頷くことすら忘れてしまう。


「名前?きいてる?」
「きいてるけど……今更すぎてびっくりしちゃって」
「いつもなんだかんだ言って帰るじゃん」
「そうだけど、今日は帰らないような気がしてたよ」
「いいの?」
「いいよ。太一こそいいの?」
「シャツがちょっとシワになってるけど、まあいいよ」
「アイロンかけよっか」
「なんかそれ、奥さんって感じでいいね」


彼の言葉にどきんと胸が高鳴った。奥さん。いつか彼の奥さんになれたらどんなに良いだろう。そんなことをぼやいたらプレッシャーをかけてしまいそう、というか、重たい女だと思われそうで、私はにやけそうになるのを必死に堪える。
何言ってんの。照れ隠しにそう言えば、俺の奥さんになるの嫌?と尋ねてくる彼はあざとい。嫌だと思うはずがないって知ってるくせに。私が照れて動揺するのを見て揶揄いたいだけに違いない。


「またそうやって揶揄うんだから」
「いや、これはマジで。俺の奥さんになるの嫌?」
「そんなの、分かってるでしょ」
「俺だってそれなりに不安なんだけど。好かれてんのかどうかとか、この先のこととか、色々」
「この先?」
「そう。この先。だから参考までに」


俺の奥さんになるの嫌?
3度目の問いかけだった。隣に座る彼の視線は真っ直ぐ私に注がれていて痛いと感じるほど。もうはぐらかすことは許されないみたいで、私は小さな声でぼそぼそと、嫌じゃないです……と言うのが精一杯だった。だってなんかこれって、結婚を意識してますって公言しているのと同じじゃないか。
少しずつ顔全体が熱くなってきて、それをどうにか誤魔化したくて、寝よっか、と立ち上がろうとした私を、彼が引き寄せる。そうだ、手繋いだままだった。どさり、ソファに勢いよく引き戻された反動で彼に寄りかかってしまった私は、そのまま彼に後ろから抱き締められる。


「良かった」
「……そんなこと言われたら期待しちゃうよ?」
「期待していいよ?」
「え、」
「じゃなきゃあんなこときかない」
「太一はずるいなぁ」
「どこが」
「色々。全部」
「アバウトだね」
「じゃあ待ってる」
「俺が行動起こすまで愛想尽かさないでね」


そんなこと絶対有り得ないのに、彼は尚も耳元で囁くのだ。ちゃんと俺のもんになって、ってダメ押しの一言を。もう既に私は彼のものになってるってことも知らないで。
明日も仕事だ。朝は早い。けど、たぶん今日は初めて暗黙のルールを破ってしまいそうな気がする。彼も私も、この身体に燻った熱を解き放つ方法を他に知らないから。

朝まで
心中ということで

はるさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
川西くん好きなんですがあまり書いていなかったのでリクエストしていただけて嬉しかったです!恋人のこときちんと大切にしてくれる川西くん推せます…素敵…愛されたい…
応援ありがとうございます!これからも更新頑張りますね。