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2nd Anniversary
thanks a lot !


忙しい人だ。そんなことはとうの昔から分かっていた。仕事ができる彼が仲間から信頼されているということも。詳しい仕事内容はよく知らないし、知る必要もない。彼はいつも正しい判断をする。私がどこまで知っていれば良いのか、そのことも計算済みなのだろう。だから私は、極力彼の足手纏いにならぬよう細心の注意を払っていたし、無駄な詮索は一切しなかった。それが私なりの彼に対する信頼の表し方だと思ったからだ。
彼がどうして私のような平凡な女を選んでくれたのかは分からない。もしかしたら元カノに似ていたからとか、自分に深入りしてこない都合の良い女だったからとか、そういう、嬉しくない理由かもしれないけれど、そんなことはどうでも良かった。私はただ彼の傍にいたいだけだったから。それ以上は何も望まない。そう、決めていたのに。


「おめでとうございます。妊娠されていますよ。12週…ですね」
「12週…」


女性特有のそれがこなくなって、嫌な予感はしていた。けれども、まさかそんなはずはないと調べるのを後回しにしていた結果がコレだ。最初は市販のそれで調べた。陽性だった。99%以上の正確さ!という謳い文句がついているけれど、もしかしたら私は残りの1%未満に該当する人間かもしれない。そんな藁にも縋る思いで産婦人科に訪れた私を待っていたのは、もはや死刑宣告と同じだった。
彼との子どもであることは間違いない。他にそういうことをした相手はいないから、それは断言できる。けれども、彼との子どもというのが最も問題だった。最近は仕事が立て込んでいるらしく、まともに会えていない。というか、彼の場合は忙しくないことの方が稀で、長期間会えないなんてよくあることだ。それは別に構わない。少しの時間を見つけて私のところに来てくれる。そんなマメなところにも惹かれていたから。そんな、仕事が生き甲斐みたいな人に、赤ちゃんができた、なんて伝えたらどんな反応をするだろうか。
彼には常日頃から忠告されていた。外出するときはくれぐれも気を付けるように、と。職業柄、彼と繋がりがあると分かった時点で何かしらの事件に巻き込まれる可能性があるらしい。だからだろう。最初は恋人という関係になることを拒まれた。私も引き下がるべきかと考えた。けれども結局、私達は恋人になる道を選んだ。彼は私を守ることを約束し、私は彼のために私自身を守り抜くことを約束した。そして同時にお願いもした。私にもしものことがあったとしてもそれは私が決めた未来だから、絶対に後悔しないでほしいと。
そうして彼と恋人になってから1年、2年、3年と月日は流れた。私は何事もなく生きているし、命の危機に晒されたこともない。もしかしたら私の知らないところで彼が守ってくれていたのかもしれないけれど、彼は口数の少ない人だから何も教えてはくれなかった。そう、今まで私はきっと、彼に守られてきたのだ。足手纏いになりたくない、なんてどの口が言えようか。私は恋人になった時点で足手纏いにしかなり得なかった。それでも彼は受け入れてくれた。どうして、だろう。彼はああ見えて優しいから、縋り付く私を振り払えなかったのかもしれない。
けれども今回ばかりは別れを切り出されるような気がした。私だけでも重荷なのに、それに加えて赤ちゃんができてしまったのだ。これほどまでに重たい足枷はない。選択肢は2つ。1つ目は彼に事実を伝えて身を委ね、こっぴどくフラれる。2つ目は彼に事実を隠したまま自分から別れを告げる。そのどちらかだった。
不思議と、お腹の子どもをおろす、という選択肢は全く思い浮かばなかった。1人でも絶対に育ててみせる。どんなことをしてでも。だってこの子は彼との子どもだから。


「ただいま」
「え、あ、おかえり、なさい、」
「…どうした」
「ううん。急に来るからびっくりしちゃって」


考え事をしていたせいで物音に気付かなかったのだろうか。いや、彼はいつも忍者かと思うぐらい静かに現れるから、これはいつものことだ。私はソファから立ち上がると、何か食べる?と尋ねながら台所に向かった。いつも通りに振る舞わなければならない。事実を伝えるとしても今はまだダメだ。私の気持ちが整理できていないから。
冷蔵庫の中を確認して、適当に野菜を取り出す。包丁とまな板を用意して、フライパンもセットして、さて野菜を切ろう。と、包丁を握り締めた時だった。突然むかむかと気分が悪くなってきて、慌ててトイレに駆け込む。まさかとは思うけれど、これは悪阻というやつだろうか。そうだとしても、何も彼がいるこのタイミングで出現しなくても良いじゃないか。私はぶつけようのない不満ごと、込み上げてきた胃液を吐き出した。


「体調が悪いのか」
「あー…うん、ちょっとね。昨日ちょっと食べ過ぎちゃったのかな」
「食べ過ぎで体調を崩すところは見たことがないが」
「年かな?最近よく体調崩すの」
「……そうか」


彼は何か言いたげだったけれど、ぐっと言葉を飲み込んでくれた。何かを隠していることには気付いているかもしれない。けれどもそれが妊娠していることだなんて、さすがの彼でも思い至らないだろう。私は彼に何かを悟られる前に台所へと戻った。
それから夜ご飯の準備を済ませテーブルに料理を並べていると、彼がボトルワインを取り出している姿が見えた。今日はもう仕事に行く予定はないし明日も早起きする必要はない、と言っていたけれど、彼が自らお酒を取り出すのは珍しいことだった。いくら予定はないとしても、急に呼び出されることがある。彼はそういう仕事をしている人だ。私よりもそのことを弁えている彼が、今日に限ってお酒を飲もうとしている。当たり前のことながら用意しているグラスは2つ。彼と私の分だ。けれども妊娠していると分かった以上、私はどうやってもお酒を飲むわけにはいかない。彼は知らないから、上手にお酒を回避する言い訳を考えなければ。


「今日は体調悪いから、私はパスしとくね」
「君が飲みたいと言って買ってきたワインだが」
「だから、えーと、今日はやめとく。また今度ね」
「……何を隠している」
「何も隠してないよ」
「嘘を吐かなければならないようなことなのか」
「ほんとに、何も隠してないってば」
「名前」
「…ご飯、食べよう」
「君の異変に気付けないほど、俺は落ちぶれちゃいない」
「冷めちゃうよ」
「俺はそこまで信用できない男なのか」
「だから、」
「妊娠、してるんだろう」


がちゃん。うっかり手を滑らせてしまったせいでご飯を盛ったお茶碗を落としてしまった。幸いにもご飯がぶち撒けられただけで茶碗は割れずに済んだようだ。けれども今はそんなことはどうでも良かった。今、彼は何と言った?彼の口から、何という単語が飛び出した?妊娠してるんだろう、って。なんでほんの2時間弱の間にその答えに行きついちゃうの?頭が良すぎるにもほどがあるでしょ。
まだ全然心の準備はできていなかった。というか、たぶんどれだけ時間をかけても心の準備なんてできやしなかったと思う。そう考えれば、彼に指摘を受けたのは話を切り出す良いキッカケだったのかもしれない。ただ、ちょっと早すぎた。この話を切り出すということは即ち、私と彼が別れるということを意味する。そんな心構え、私には全然できていない。けれども私の反応は確実に彼の言葉を肯定してしまっているから、もう誤魔化すことはできなかった。後戻りはできないのだ。


「どうして、分かったの」
「何年一緒にいると思ってる。君の考えていることなんて大体わかるさ」
「私は秀一のこと全然分からないままなのにね」
「そうだな…本当に、全然分かっていない。困ったものだ」


零れたご飯をひろいながら淡々と会話を続ける彼の表情は見えない。怒っている雰囲気はないけれど、彼はそもそも怒っている時ですら淡々としているから気付かないことが殆どだ。彼だけにご飯をひろわせるわけにはいかないので、私もご飯をかき集める。布巾でテーブルを拭き、ご飯を片付け、またご飯を盛る。その間、会話はない。追及してこないのは有難いけれど、私はこの先どうしたら良いのだろう。


「あのね、秀一。隠してたのは悪気があったからじゃなくて…私の心の準備ができてなかったからなの」
「そうか」
「ちゃんと、言うつもりだった」
「それはすまなかった。つい気になってしまって」
「それで、その…私、1人でも育てるつもりだから」
「なるほど」
「秀一には迷惑かけない」
「というと?」
「だから…私と、別れる、でしょう……?」


声が掠れた。沈黙。もしかして聞こえなかったのかも。そう思ってもう1度、言いたくはないけれどもう1度、同じセリフを口にしようとした時だった。どうして?と。それはそれはひどく柔らかな声が降ってきて、声の主の方へと視線を向ける。
彼は、笑っていた。呆れたように、ちょっと面白そうに。こちらのシリアスな雰囲気なんて全く感じ取っていないかのように。ただ、笑っていた。


「だって、子どもなんていたら邪魔でしょう…?」
「だから君は全然分かっていないと言ったんだ」
「ごめんなさい」
「子どもが欲しくないならそういう行為には及ばない」
「え、」
「とっくに覚悟はできている」
「うそ、」
「嘘だった方が君にとって都合がいいならそれでも良いが」
「別れないの?」
「別れる理由がない」
「足手纏いが増えちゃうよ?」
「君のことを足手纏いだと思ったことはないし、お腹の中の子どもに対してその言い方はいただけないな。この子の親として君を怒らなければならない」


私のお腹にそっと触れる彼の手はあまりにも優しくて、視界が滲む。そうだよね、足手纏いなんて言っちゃだめだよね。ごめんね。彼の手に自分の手を重ねて謝る。まだ何も動かぬはずのそこが、とんとん、と返事をしてくれたような気がした。
飲む気もないのにワインを取り出したのは、私が言い出しやすいようにキッカケを作ってくれたつもりだったのだろうか。グラスを片付けてコップにお茶を用意してくれる彼を見ながら、そんなことをぼんやり思う。冷めてしまった夜ご飯を温め直して夜ご飯を食べ、2人で一緒に片付けをしてお風呂に入る。ベッドに潜り込んで彼に擦り寄って、まだこの人の隣にいてもいいんだと噛み締めたら、引っ込んだはずのそれがまた込み上げてきて、慌てて唇を噛んだ。


「そういえば言い忘れていたんだが」
「うん」
「結婚しよう」
「……うん、」
「おやすみ」


ちっとも色気のない、あっさりすぎるプロポーズだった。けれどもそれは彼にとって、ごく自然に、当たり前のようにある未来を確定づけるための一言だったのだろうから。彼の未来に当たり前のように自分がいた喜びを、今はこの子と一緒に味わいながら眠りにおちよう。

埋葬された
涙の在り処

こぺいさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
初DCキャラの夢だったのでキャラが掴み切れている自信がないのですが、きちんと赤井さんになっていますでしょうか?裏は挑戦する勇気がなかったのでまったりと終わらせていただきました…少しでもご希望に添えていたらいいのですが…(びくびく)
いつも遊びに来てくださっているようでありがとうございます。今までに書いたことのないジャンルの夢に挑戦する機会をいただけたことも有難く思っています。今後もどうぞ宜しくお願い致します〜!