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2nd Anniversary
thanks a lot !


桜もすっかり散ってしまい、早々に初夏の気候を思わせるほど暖かい4月下旬。帰りのホームルーム直前の騒つく教室内で、クラス替えをしたにもかかわらず2年生の時と変わらず私の隣の席を陣取っているのは、変な寝癖をそのままに登校してくるゴボウみたいに(ゴボウほどひょろひょろじゃないけど)細長いシルエットの男子バレー部主将。相変わらずちっさいねぇ、なんて揶揄い混じりに言われたけれど、彼から見たら大抵の人間はちっさいと思うから放っておいてほしい。
去年同じクラスになってから、なんとなく話すようになって、なんとなく仲良くなって、気付いたらなんとなく…ではなく、自分でも驚くほど急激に好きになっていた。一緒にいると楽しいし、黒尾と付き合えたら毎日楽しいんだろうなあって、そんなことを考えてしまうぐらいには特別な存在になっていたのだ。
よくある話で、彼とは友達としては上手くいっていたのだけれど、それ故に、その先に踏み出すのは難しかった。私と話している時の彼のテンションは同性に対するそれと同じだし、恐らく恋愛対象にはなり得ない。だったらもう友達ポジションのままで良いや、というセオリー通りの考えで突き進んでいた私に降り掛かった、思いも寄らぬアクシデント。


「黒尾と名字って仲良いよな」
「え?」
「んー?そう見える?」
「もういっそ付き合っちまえよ!」
「なっ、何言ってんの!」


気候が暖かいからというだけではなく、明らかに違う意味でかあっと体温が上昇していくのを感じながら、私は咄嗟に大きな声を出してしまった。どうして男子高校生というのはこうも幼稚なのだろう。少し話をする機会が多いからというだけで冷やかしてきたりして、これで折角今まで築き上げてきた友達関係にヒビが入ったらどうしてくれるのか。私は大慌てで修復作業に取り掛かるべく、そんなの有り得ないから!と全力で否定しようと試みる。
そんな時だった。それもアリかもなー、と。驚くべき呟きが耳に入ってきて、ぐりんと首をそちらに向ければ、まるで他人事のように恥ずかしげもなく、付き合っちゃう?とこちらに視線を落としてくる彼と目が合う。あまりの衝撃ではくはくと声の出し方を忘れてしまった私とは対照的に、周りは大盛り上がりだ。
どうしよう。先にも述べた通り、私は彼のことが好きだ。ライクじゃなくてラブの意味で。だから付き合えるのは単純に嬉しい。けれどもこんな、その場のノリで付き合い始めるっていうのはどうなんだ。そもそも彼はそれで良いのだろうか。


「黒尾は、それでいいの?」
「いーよ。今までと変わんないっしょ」


ひゅーひゅー!と囃し立てる外野。どーもどーも、とわざとらしくぺこぺこと頭を下げる彼。その隣で縮こまって、小さな身体を更に小さくさせる私。彼が良いと言うなら私に拒絶する理由なんてない。こうして、ちっともロマンチックじゃない上に嬉しさを噛み締められるようなシチュエーションでもない中、私達の関係は友達から恋人へと転がり落ちるように変貌を遂げたのだった。


◇ ◇ ◇



付き合い始めてから変わったこと。何ひとつなし。今までと変わんないっしょ、という彼の言葉を聞いて安心していたはずの私は、今や少しばかりがっかりしていた。何もイチャイチャしたいなんて思っていない。そんなキャラでもないし。けれども、本当に何も変わらないということに寂しさというか、不安を抱いているのは確かだった。
飄々とした性格を有効活用して他人と上手くコミュニケーションが取れる彼は、男女問わず満遍なく、誰とでも仲良くできるタイプだ。だから、クラスメイトだけでなく同学年、果てはどこで知り合ったのか、後輩の女子からも挨拶をされたりしている。人気者、というほどではないにしても、一般的な男子高校生よりも交友関係が広いことは一目瞭然だった。


「てーつーろーうー!」
「はいはいなんでしょうか?」
「古典のプリント!提出した?」
「あ、いっけね。忘れてた」
「もー。私日直なんだから手間かけさせないでくださいー」
「ごめんって」
「受験生としての自覚が足りませんよ」
「スミマセンデシタ。イゴキヲツケマス」
「全然反省してないでしょ」


私の隣で繰り広げられていたのは、日直であるクラスメイトの女子と彼との他愛ない日常会話。けれども私は、彼女が彼を「鉄朗」と呼んだことが気になった。彼女だけではない。何人かの女子は、彼のことを「鉄朗」と名前で呼ぶ。彼の恋人である私はいまだかつて呼んだことがないその名前を、彼女達はいとも簡単に呼ぶのだ。
純粋に羨ましかった。何の躊躇いもなく照れもなく、彼のことを名前で呼べることが。私だって何食わぬ顔で呼べば良いのかもしれない。けれどもそれができないのが、今までずっと同性の友達のような関係を築いてきた私である。彼にこのもやっとした気持ちを暴露したら、そんなこといちいち気にしてたの?と鼻で笑われることだろう。だから絶対に言えやしないのだけれど、隣の席である以上、こんな光景を目の当たりにするのは日常茶飯事で、その度にじくじくと嫌な感情が染み出してくるから困っているのだ。


「名前」
「んー?何?」
「昼飯食った後、時間ある?」
「なんで?」
「担任に資料室の片付け頼まれてさー、手伝ってほしいんだよねー」
「どうして私に頼むかなあ」
「名前って片付けとかそういう地味なこと、意外と得意じゃん」


そんな私のデリケートな悩み事など全く知らず、昼休憩になってすぐ私の元にやって来て非常に不躾な頼み事をしてきたのは、クラスメイト兼中学時代からの幼馴染である男子だ。確かに私は大雑把に見えて整理整頓が好きなタイプだけれど、こんな頼まれ方をされたら素直に手伝ってやろうという気にはなれない。私はのろのろとコンビニ袋を持っていつものお弁当メンバーのところに向かうべく席を立った。


「手伝った見返りは?」
「自販機のジュース1本」
「せめてお菓子もセットにしてよ」
「じゃあ売店でなんか奢る」
「仕方ないなあ…」


私は、昼ご飯食べたらまた声かけるね、と幼馴染に言い残して1歩を踏み出す…予定だった。けれども、その予定はなにひとつ遂行されずに終わる。隣の席の黒尾が私の発言の前に、だめ、と言葉を発し、手首を掴んできたからである。何がだめで、どうして引き留められているのか。私も幼馴染の男子も状況が理解できていなくて呆気に取られている。


「俺の彼女、取らないでちょーだいよ」
「え、」
「あと、幼馴染なのは知ってんだけどさ、名前の名前呼んでいいのは今後俺だけってことにしてくんない?ヤキモチ妬いちゃうから」


この発言には私と幼馴染の彼だけではなく近くにいたクラスメイト達も驚いたようで、黒尾ってそんなキャラだっけ?そんなに2人ってラブラブなの?などという声が聞こえ始め、事態はどんどん大きくなっていく。これはまずい。けれども私は、この状況をどうにかしなければという気持ちよりも、先ほどの彼のセリフ達が引っかかってもやもやした感情を持て余していた。
彼女だって言うくせにそれらしい言動は一切なし。しかも、ヤキモチ妬いちゃうから私の名前を呼ぶのは自分だけにしたい、だなんて。それじゃあ私の気持ちはどうなるというのだ。自分だって色んな女子に名前で呼ばれてへらへらしているくせに、それとこれとは別だとでも言うつもりなのか。冗談じゃない。私だってヤキモチぐらい妬く。彼みたいにさらりと思っていることを口にすることはできないけれど、ずっと我慢してきたのだ。


「勝手なこと言わないでよ」
「へ?」
「自分だって色んな子に名前呼ばれてるくせに。私が気にしてないとでも思ったの?」
「…気にしてたの?」
「当たり前でしょ。付き合い始めてもそれらしいこと何もないし。そもそも皆に煽られてノリで付き合い始めちゃっただけだし。本当に彼女になれたって実感ないもん」


ギャラリーがいることは認識していたけれど、1度動き出してしまった口は簡単に止まってくれなかった。おかげで胸のわだかまりは解消できたものの、周囲の視線が痛い。ああ、もう。こんなはずじゃなかったのに。
自業自得とは言え、これ以上好奇の目に晒されるのは耐えられなくて逃げ出そうとすれば、いまだに私の手首を掴んでいた彼の手に力が込められて、それさえも許されない。彼が私をどうしたいのか、どう思っているのか。全然分からなくて怖い。


「俺と恋人っぽいことしたかったの?」
「うるさいな!別にそういうつもりで言ったんじゃないってば!」
「ほんとに?」
「いいから離して、っ、」
「俺はしたいけどね」
「は?何言っ…!」


腕を引っ張られ、立っていた私はバランスを崩して座っている彼の方に重心を傾けてしまう。なんとか机に手をついてぶつかることを阻止できたまでは良かったものの、後頭部に大きな手が触れたかと思ったら引き寄せられて、次の瞬間、視界が真っ暗になって唇がふにゃりと形を変えた。
時間にしたらものの数秒の出来事。けれどもその数秒で、教室は絶叫の渦に飲み込まれる。そりゃそうだ。クラスメイトの公開キスなんて、滅多に見れるもんじゃない。私が外野側の人間だったら間違いなく同じ反応をしていただろう。けれども残念ながら今絶叫の渦の中心にいる当事者は私と黒尾なわけで、他人事だと思って逃げることはできないポジションだった。
反射的に彼から離れて口元を手の甲で隠す。きっと茹蛸もびっくりの赤さになっているであろう私に、こういうことじゃなかった?と尋ねてくる彼は、どれだけ周りに冷やかされようが全く気にしていない様子だった。どんなメンタルしてんの。信じらんない。


「今度から俺の名前呼んでいいのは名前だけにすんね」
「今、それどころじゃないでしょ…っ、」
「ちょうど良かったじゃん。俺達ラブラブなんですよほんとは、って見せつけられて」
「何も!良くない!」
「変な虫に寄り付かれると困んの。俺が」


名前のこと好きだからね、って。また恥ずかしげもなく公開告白までするなんて、どういう神経してんだ。何がラブラブだ馬鹿。今まで2人きりになってもそれらしいこと全然してこなかったくせに、いきなり公衆の面前で地獄に突き落としてくれちゃって、これからどんな顔してこのクラスで過ごせばいいの?
恥ずかしくて死にそうで、睨みつけるように向けた視線の先。彼は頬杖をついて満足そうに、私に笑顔を向けていた。そうですか、そうですか。そっちがその気なら私も高を括りますよ。その代わりこれから先もちゃんと私のこと好きでいてくれないと許さないんだからね。
ワイワイ、ガヤガヤ、ヒューヒュー。いまだに外野はうるさい。たぶん今日から卒業するまで、私達は冷やかされまくるのだろう。でもまあ、もう後戻りはできないし。今ここで逃げても午後の授業は受けなきゃいけないし。明日も明後日も学校には来なくちゃいけないし。こうなったら皆が呆れて物も言えないぐらいの恋人になってやろうじゃないか。

世界の片隅だけど
愛を叫んでいい?

舞花さま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
こんなことするか?ここまで堂々としていられるか?と思いながらも折角のリクエストだったので黒尾くんにもヒロインちゃんにも精一杯頑張ってもらいました笑。嫉妬しまくる辺りは高校生っぽさがあるんですけど、余裕っぷりがちっとも高校生らしくなくて可愛くないですね…それが黒尾鉄朗なんですけど…(個人的見解)
嬉しいお言葉を沢山ありがとうございます!これからもキュンキュンしていただけるお話が書けるように日々精進して参りますので、今後もどうぞ宜しくお願い致します〜!