×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

2nd Anniversary
thanks a lot !


「名字、お淑やかって単語知ってる?」
「何それ、喧嘩売ってんの?」
「知っててそれなら救いようがないなと思って」
「やっぱり喧嘩売ってんじゃん!」
「違うよ。ただ馬鹿にしてるだけ」
「それが!喧嘩売ってるって言うの!」


ぎゃあぎゃあと教室内で大声を出している自分が非常にうるさいことは分かっていた。けれども、この男と話しているとどうにもボリュームの調節ができなくなってしまうのだ。有難いことに、11月ともなればクラスメイト達は私の喧しさにも慣れてきてくれた(というか恐らく諦められた)ようで、またやってるよ、と笑いながら見過ごしてくれる。受験を間近に控え、推薦入試なんかはもう始まっているピリピリムードの中、皆さまの寛大な対応には頭の下がる思いだ。しかし、こんな事態を招いているのは、何かと私に突っかかってくる男のせいである。私だけが反省するのはおかしい。
小湊亮介。何の因果があってか、1年生の時からずっと同じクラス。小柄ながらも軽い身のこなしと目を見張るバッティングセンスを武器に、精鋭揃いの野球部でスタメンを張り続けてきた男だ。惜しくも高校生活最後のチャンスだった甲子園出場の切符は逃してしまったものの、その功績は称えられて然るべきだろう。教室ではいつも飄々としている彼が、必死な顔で白いボールを見つめて、追いかけて、泥まみれになって。そんな姿に惹かれ始めていた私が、練習辛くない?と尋ねたら、辛くないわけじゃないけど目指してる場所があるからね、と爽やかに、けれども力強く答えてくれた2年前の夏。私は見事、恋に落ちてしまったのだ。
彼に近付きたい。仲良くなりたい。その一心で自分から声をかける機会を増やし、野球部の応援にも行った。順当にいけば、少しぐらい良い雰囲気になってもおかしくないだろってところまで距離は近付いたはず、なのに。どうしてこうなった。
今では顔を合わせれば売り言葉に買い言葉。普通の会話の仕方を忘れてしまったんじゃないかと思うほど口喧嘩しかできない関係になってしまった私達。物腰柔らかそうな口調とは裏腹にズケズケと辛辣な言葉を浴びせてくる彼だって、最初は普通に私と他愛ない会話をしていた…と思う。もう記憶が曖昧で、きちんと思い出すことはできないけれど。


「いい加減、告白したら?もうちょっとで卒業だよ?」
「そんなのできたらしてるってばぁ…」


放課後の教室。日直の私を待ってくれているのは友達のキョウコちゃんだ。こういう時は意中の彼と2人で日誌を書くのがセオリーでしょうが!って感じだけれど、もう1人の日直だったハマダ君は塾の時間に遅れそうだからと先に帰ってしまったので、私は1人寂しく日誌を書くしかなかった。こんなんじゃ恋なんて始まるわけがない。
のろのろと日誌を書いている私の恋心を唯一知っているキョウコちゃんは、日々繰り広げられる私と彼とのやり取りを見て、毎回密かに溜息を吐いているらしい。けれどもこればっかりはどうしようもなかった。今更私が、それこそお淑やかに「小湊君のことがずっと好きでした」なんて言った日には、大笑いされて終わるのがオチだ。卒業間際にそんな醜態を晒したくはない。
思えば、彼は私以外の女の子には普通、というかどちらかというと紳士的で、この2年とちょっとの間に数回告白されているのを知っている。その度に彼女ができてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしていたけれど、彼は結局、今までに告白の返事で首を縦に振ったことはなかった。なぜだろう。野球に忙しかったからかな。これからは受験も控えてるし。そもそもそういうのに興味がないのかも。


「誰かに小湊君を取られちゃってもいいの?」
「よくはないけど……」
「だったら頑張って!」
「嫌だよ…フラれるの分かってるもん…」
「そんなの分かんないって!」


必死に私の背中を押すキョウコちゃんは、私を失意のどん底にでも突き落としたいのだろうか。死刑宣告も良いところである。どうなるかは分かんないって言うけど、今の状態で期待している返事がもらえると思いますか?思いませんよね?つまりはそういうことなんですよ。
はあ。私は大きな溜息を吐いて漸く最後まで日誌を書ききると、キョウコちゃんにお待たせ、と声をかけ教室を出た。


「名字」
「あれ?サカモト君じゃん。どうしたの?忘れ物?」
「いや…名字にちょっと話があって」
「何?」
「あー…えっと、」


同じクラスのサカモト君はキョウコちゃんの方をチラチラ見ながら言葉を濁していて、ちょっぴり挙動不審だ。私に話があるって言ったくせにキョウコちゃんばかり気にするとは何事だ。私は少しむっとしつつ、何?と、話の続きを催促する。
するとなぜかキョウコちゃんが、用事思い出したから先に帰るね!と私を置き去りにして足早に去って行ってしまった。サカモト君のせいで置いて行かれてしまったようである。日誌を書くのは散々待っていてくれたのにこのタイミングで急用を思い出すなんて、しっかり者のキョウコちゃんらしくないなあ、なんて思っていると、サカモト君がまた私を呼ぶ。だから、何?ってさっきからきいてるじゃん。


「俺、名字のことが少し前から好きで」
「は?」
「小湊と付き合ってんのかなと思ってたけど違うみたいだし…俺じゃダメかなって」
「え、うそ、ちょっと、待って…、」


思わぬ展開だった。なるほど、聡いキョウコちゃんはこの空気を感じ取ってわざわざ先に帰ってくれたのかと今更になって気付く。まさかサカモト君が私を好きだったなんて。ちっともそんな素振り見せてくれたことなかったのに。サカモト君の表情を見る限り、罰ゲームとかで嘘の告白をしてるって感じじゃなさそうだし、ここはきちんと誠意を持ってお返事しなければならないのだろう。
突然の出来事に、頭はまだ整理しきれていない。けれど、答えは決まっていた。だって、私には好きな人がいる。実らない恋だと分かっていても、諦められない人が。だから、ごめんなさい。そう言おうと口を開きかけたところで、背後に人の気配がした。キョウコちゃん?違う。先生?それも違う。少し顔を後ろに傾けただけで分かる。視界の隅にチラつくピンク色。


「サカモト、ごめん」
「小湊?なんでお前ここに…」
「名前のこと迎えに来たんだよ」
「へ?は?」


先ほど告白をされた時よりも驚くべき事態に、私は今度こそ順応できなくなっていた。突然彼が現れたことにも驚いたけれど、普段は名字で私を呼ぶくせにさらりと名前を呼び捨てにして、しかも迎えに来たって?これは一体どういうことですか?今、何がどうなってるんです?


「お前ら…やっぱり付き合ってたのか」
「ちが、」
「そうだよ」
「え?」
「名前が内緒にしておきたいって言うから皆には言ってなかったけど。ごめんね」
「ちょ、小湊、何言っ、」
「名前はちょっと黙っててくれる?」


いやいや黙っていられませんよ。勝手に付き合ってるなんて言ってくれちゃって。明日から変な噂が広がったらどうしてくれんの!と思ったくせに口からはちっとも声が発せなくて、私は結果的に彼の言う通り口を噤んだ状態になってしまう。そんな私のオドオドした様子を見て、サカモト君は本当に勘違いしてしまったのだろう。そうか…と勝手に自己完結してとぼとぼと帰って行ってしまった。なんだか申し訳ない。
しかしこれは完全に彼のせいだ。あんな嘘を吐いたりしてどういうつもりなのだろう。サカモト君がいなくなったことを確認した私は彼に、どういうつもり?と食ってかかった。嘘を吐いてサカモト君を追い払ったこともそうだけれど、付き合っている、なんて私にとっては夢みたいに嬉しいことを軽々しく嘯いたことが許せなかったのだ。


「どういうつもり、って?」
「私達付き合ってないし。勝手に人の名前呼び捨てにするし。急に現れて好き放題して、何が楽しいの?」
「名字が好きなのは俺だと思ってたんだけど」
「なっ…、」
「違った?」


ちっとも悪びれることなく言う彼に、言葉を失う。何をそんな、前から知ってましたけど、って顔して私が温め続けてきた気持ちを言い当てちゃってるんだこの男は。いつからバレてた?いつから弄ばれてた?ていうか、私の気持ちを知ってたからって勝手に人の告白を断る権利はないでしょ。気持ちがバレて恥ずかしいという感情も勿論あったけれど、彼の行動はどうも釈然としない。


「私が小湊のこと、好き…、だったとして。付き合ってるなんて嘘吐く必要はなかったよね?」
「自分のものを他人に取られるのは誰だって嫌でしょ」
「……どういうこと?」
「鈍いなあ。名字以外はみーんな気付いてたと思うけどね」


呆れたように、馬鹿にしたように。彼は言葉を落としてから私に向き直る。それほど差のない身長。ちょっとだけ身を屈めて、俺も名字と同じ気持ちなんだよ?と囁かれた一言にはどれだけの破壊力があったか。少なくとも、私の脳をパンクさせるには十分すぎるものだった。
な、とか、え、とか、う、とか、上手く言葉を発せない私は、とりあえずこの熱が集中しまくっている顔を見られないようにと顔を下に向ける。けれども私より何枚も上手な彼は顔を覗き込んできて、照れてるのは分かったから顔上げて、と容赦ないセリフをぶつけてきた。辛辣だ。優しくない。そう思っていてもおずおずと顔を上げてしまう己の脆弱さが恨めしい。


「なんか言うタイミング逃しちゃったし、周りは勝手に付き合ってるって勘違いしてくれてるから取られる心配もなさそうだし、名字が必死なのも面白いし、このままでも良いかと思って放置してたんだけど…油断したな」
「な、なにそれ…!自分だけ楽しんで…余裕ぶっちゃって…私がどんな気持ちで…、」
「だから、ちゃんと迎えに来た」
「…ほんとに、私のこと、好きなの…?」
「そうだけど。こんな性格の悪い男とは付き合えない?」


付き合えないよ。見損なった!そう言えたらこの男の驚いた顔を見ることができるのかもしれないけれど、嘘を吐くのが苦手な私にはとてもじゃないがそんなことは言えなかった。性格が悪くても意地が悪くても口が悪くても、その他色々悪いところがいっぱいでも、私はこの男のことが好きで堪らないから。
名前って呼んでいい?と。既に勝手に馴れ馴れしく呼んだくせに今更確認してくる彼に、好きって言ってくれたら良いよ、って注文を付けるぐらいの我儘は許してもらえるだろうか。誰もいない教室前の廊下。彼の笑みが深められて、私の胸がとくんと跳ねた。

捻って捩って
出来上がり

しぐれさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
亮さんがめちゃくちゃやりたい放題振り回し放題になってしまったんですけれども、最終的にハッピーエンドなのでどうぞ大目に見てやってください…両片想いって良いですよね!くっつきそうでくっつかない中途半端な時期を書くのがとても好きです!付き合いだした2人の関係も気になりますね…青春って良いなあ…
随分と昔から当サイトに遊びに来てくださっているようで感無量でした…嬉しすぎます…ありがとうございます!これからも楽しんでいただけるよう頑張りますのでどうぞ宜しくお願い致します!