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2nd Anniversary
thanks a lot !


※社会人設定


大半の女性は彼を初めて見た時、必ずと言っていいほど口にする。王子様みたいだ、と。まるでそう言わなければならない呪いにでもかけられているみたいに。物腰が柔らかくて、愛想も面倒見も良くて、文句なしの長身イケメン。だから、王子様みたい、という比喩表現がぴったりであることは間違いないのだろう。
しかし実際のところはどうかと言うと、彼は童話に出てくる王子様みたいに完璧なんかじゃなくて、どこにでもいる普通の一般男性と同じだった。朝起きたら髪には寝癖がついているし、寝間着はだるっだるのスウェットだし、料理を手伝ってもらったらたまに砂糖と塩を間違えて渡してくるし、お風呂場にパンツを持って行くのを忘れてアタフタしていることだってある。挙げだしたらキリがないけれど、つまり何が言いたいかというと、そういうごく普通の、王子様ではない及川徹を知っている女は私だけだということだ。
同じ高校に通っていた彼は、学生時代から王子様キャラが板についていた。最初はその仮面に騙されていたけれど、彼との距離が近くなればなるほど素の部分を知ることができて、気付いたら私は王子様ではない彼に恋をしていた。
付き合い始めたのは彼が部活を引退して、私の受験が無事に終わった高校3年生の3月。記念すべき卒業式の日からだった。告白したのは私の方から。思えばあの日、女子生徒からの人気が殺到していた彼と2人きりになれた上にきちんと告白できたことは、奇跡だったのかもしれない。そしてその奇跡は、私を王子様の彼女にしてくれるというところまで続いていた。
ダメ元で告白したのに思いがけず成就した恋。ほんの数ヶ月、否、数週間や数日でも及川徹の彼女と名乗ることができる。私はそれだけで十分満足していた。お互い違う大学に進学するし、きっとすぐに終わりがくるんだろうなあって、始まった瞬間から終わりの瞬間のことを考えたりもした。けれども、事実は小説より奇なり、とはよく言ったもので、大学を無事に卒業し社会人3年目となった今でも、私の彼氏は及川徹のままだったりする。どうやら奇跡は今も尚続いているらしい。
けれどもその奇跡には、そろそろ終止符が打たれそうだった。というのも、私はつい先日、彼が見知らぬ女性とホテルに入るところを目撃してしまったからだ。その日は会社の飲み会があると言っていたので、彼もお相手の女性も酔っていたのかもしれない。つまり、酔った勢いというやつだ。勿論、一緒にホテルに入って行ったからといって必ずしも浮気とは限らない。けれど、長年付き合ってきてこんなことは初めてだったので(もしかしたら私にバレないように何度も同じようなことをしていたのかもしれないけれどそれはそれとして)、私は真っ先に浮気を疑ってしまった。
不思議と、怒りや悲しみの感情はそこまで湧き上がってこなかった。とうとうそういう日がきたんだなあって、逆に納得すらしていた。だからだろう。彼に冷静に話を切り出せたのは。


「先週の、飲み会があるって言ってた日、徹が女の人とホテルに入っていくところ見たよ」
「え…」
「大丈夫。別に怒ったりしてないし。そりゃあ何年も私と付き合ってたらそういうこともあるよね」
「…お前、本気でそれ言ってんの?」
「徹が別れたいって言うなら、私はそれでも良いと思ってるし」
「……あっそ。じゃあ別れよう」


細く長く続いていた関係は、こうして至極あっさりと終わりを迎えた。最初にそのキッカケを作ったのは彼の方なのに、私が別れを仄めかすようなことを言ったら怒って投げやりになるなんて矛盾しているなとは思ったけれど、こんなどこにでも転がっている石ころみたいな女からそんな仕打ちを受けるのは嫌だったのかもしれない。兎に角、何はともあれ、こうして私は自由になったのだった。
ずっとずうっと好きで、けれどもずっとずうっと苦しかった。いつ終わりがくるのかとビクビクしていた。お前じゃダメなんだ、って明確な言葉で拒絶されるのが怖かった。私は始まってしまったあの日から、できるだけ傷付かずに終われる方法を探していたのかもしれない。怒りも悲しみもないのは、私が彼から離れることを望んでいたからだ。好きだけど、好きだから、彼との関係が続けば続くほど自分が押し潰されていくような気がして。
臆病者の私は彼に恋をしたまま、さようならを告げた。


◇ ◇ ◇



幻滅されるのはもううんざりだった。勝手に作られたイメージで俺を評価して、そのイメージからちょっと外れただけで「思ってたのと違う」って言われて。ほんと勝手だな、って女の子を軽蔑した回数は数知れず。
確かに、愛想を振り撒いていたのは俺自身だ。当たり障りなく上手に生きていくためには、多少の努力をしなければならない。だから俺は、上手に作り笑いを浮かべて、上手に会話を盛り上げられるように努力してきた。それが自分の首を絞めることになるとも知らないで。
気付いた時には遅かった。俺はもう「王子様のような俺」という仮面を脱ぐことはできなくなっていたのだ。唯一、彼女の前を除いては。
少しムシャクシャしている時にうっかり荒い口調で喋ってしまったのは、本当に迂闊だったと思う。けれどもそのおかげで彼女を見つけることができた。及川君ってそんな風に喋ることもあるんだね、って。私はそっちの方が良いなあ、って。きっと彼女にとっては何でもない感想を零しただけだったのだろうけれど、俺にとっては特別なセリフに聞こえた。
そんな彼女から、まさかの告白。奇跡だと思った。俺自身を好きだと言ってくれる女の子に出会って、その女の子から好きだと言ってもらえた。こんなことって、この先きっとないんじゃないだろうか。そう思った。だから俺は彼女の隣に居座り続けた。大学生の頃も社会人になってからも、当たり前のように彼女だけを欲していた。彼女もそれを受け入れてくれているようだったから、なんとなくこのまま一緒にいられると思い込んでいた。約束された未来なんてありはしないのに。


「及川君って彼女いるの?」
「いますよ」
「ふーん…浮気相手は?何人いるの?」
「それはいませんね」
「うそでしょ。その見た目で?」
「はは、この話って前にもしませんでした?」


付き合いだから参加せざるを得なかったとは言え、飲み会の度に絡んでくるこの2つ年上の先輩女性の相手はもう御免だった。以前からやけに距離が近いしスキンシップが多くて、明らかに狙ってますオーラが強い人だったからやんわり牽制はし続けていたのだけれど、やんわりではダメだったらしい。その日はとうとう、近くのホテルに泊まるから送ってくれと縋り付かれてしまって、渋々送り届けた。
千鳥足の先輩をベッドに座らせて、さあこれで任務完了、と帰ろうとしたところで背後から抱き着かれ、1回だけで良いから、と強請られた時には、しつこいんだけど、と本気で突き飛ばしそうになったけれど、そこは社会人としてのマナーとか今後の会社でのあれこれを考えてぐっと踏み止まった。彼女のこと大事なんで、とできるだけいつも通りのトーンで断れば、つまんない男、と言われたけれど、別に先輩にどう思われようが構わなかった。俺には彼女だけで良い。そう思っていたから。
それなのに、その数日後、まさか自分から別れようなどと言う未来が待っているなんて誰が予想できただろうか。浮気を疑われて弁解すら求められなかった。それどころか別れを望んでいるようなことを言われた。だから怒りとやり切れない思いをぶつけるみたいに、あれほど手放したくないと思っていた彼女を突き放してしまった。好きだと言ってくれたのは彼女なのに、自分はもう求められていないんだと思ったら辛くて。
あっさりと別れを受け入れた彼女は、今、俺から解放されて喜んでいるのだろうか。別れてからもう2ヶ月も経ったというのに、俺はいまだに立ち直れていなかった。仕事に支障はきたしていないと思う。けれど、私生活の方はもう、自分で言うのもなんだけれど目も当てられなかった。彼女と付き合っている時だって、そんなに毎日べたべたしていたわけじゃない。お互い仕事があるから平日はほぼ会っていなかったし、会ったとしても食事を一緒にするぐらいで、泊まるのは週末だけ。
それでも良かった。むしろ、そういう慣れきった、必死に着飾らなくていい関係が楽で良かった。でも今は、その時間がぽっかりと空白になってしまった。なんで別れようなんて思ってもないことを言ってしまったのか。俺はそんなこと望んでないし浮気もしてないって、どうしてきちんと言えなかったのか。肝心なところで自分を晒け出せなかった自分をこれほどまでに悔いたことはない。そんな時だった。本当に偶然、彼女に出会ってしまった。
駅の改札口を出たところ。行き交う人の中で、彼女を見つけた。あちらも俺に気付いたようで驚いた表情を浮かべたままこちらを見たまま動かなくて、まるでドラマのワンシーンみたいだった。そして俺はその姿を見ただけで、ああダメだと思った。今は赤の他人。何の関係もないかつての同級生で元カノ。だから、何だって言うんだ。
気付いたら俺は彼女に近付いてその手を握っていた。久し振りだね、なんて爽やかな挨拶をすることも忘れて、無言のまま、ただ彼女の手だけを離さないように気を付けながら足早に歩を進める。彼女は突然の出来事に反応できていないのか、抵抗はない。そうして、駅の近くの俺の家まで連れ込んで、扉を閉めた直後、ごめん、という言葉とともに彼女を抱き締めてしまった俺は、たぶん相当カッコ悪い。


「ちょっと、あの、」
「浮気なんてしてない。別れたくない」
「徹、」
「名前だけいればいい。他には何もいらない」
「ね、徹、」
「好きなんだ、ずっと。これからも」
「とおる、」


何を言っても俺の名前しか呼ばない彼女の表情を確認するべく恐る恐る抱き締めていた腕の力を緩めれば、俺をおずおずと見上げる瞳と視線が交わって固まる。うるりと俺を見据えるその目が、今にも頬を濡らしてしまいそうな水の膜を張っていたからだ。


「ごめんね」
「何が?」
「本当は別れたくなかったの。ずっと好きなままなの。でも怖くて、私、嘘吐いちゃった」
「怖い?」
「いつか離れちゃうのが怖くて。徹から突き放されるのが怖くて。私から、突き放した」
「……そっか」
「ごめ、」
「いい。なんでもいい。俺のこと好きなら、なんでも」
「でも、」
「いいから。もう黙って」


両頬を包み込んで唇に噛み付く。彼女が目を閉じたことで溜まっていたそれが決壊して頬は濡れてしまったけれど、きっとすぐに乾くだろう。こんなにお互い好きで好きで堪らないって分かったんだから、言葉なんて必要ない。俺も彼女も、それを確認し合うみたいにただ静かに吐息を交わらせた。
俺達が高校の時に出会えたことも、こうして求め合える関係になれたことも、別れて傷付けあって、けれども偶然再会して気持ちを確かめ合えたことも、全部全部奇跡みたいなものだ。きっと奇跡ってものに賞味期限はないに違いない。

未来くるミラクル

はやさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
がっつり浮気させようかとも思ったのですが、及川徹ならこれぐらいの大恋愛をしてくれても良いかなと思って愛を重めにしてみました笑。私が個人的に好きな展開でまとめてしまったので、思っていた雰囲気と違ったらすみません…!
いつも遊びに来てくださっているようでありがとうございます。これからも楽しんでいただけるように頑張りますね!