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2nd Anniversary
thanks a lot !


天気は晴れ。雲ひとつない…とまではいかないまでも、どこまでも澄んだ青空が広がっていて、風も随分と暖かく感じられるようになった4月。卒業式のしんみりとした空気を引き摺る間もなく春のセンバツが始まり、またひとつ大きな壁にぶち当たった我が青道高校野球部は、夏の甲子園を目指して今日も厳しい練習に明け暮れている。そして私もまた、彼らに鼓舞されるようにマネージャー業務に勤しんでいた。
この4月に3年生へと進級した私にとって、今年の夏は去年までと重みが違う。それは同学年の部員達なら同じことで、私なんかよりもずっと特別な思いを抱えていることだろう。私は真剣に白球を追いかける彼氏に自然と目を向けていた。
私の彼氏は野球部主将の御幸一也だ。付き合い始めたのはバレンタインデー。部員達に配る用のチョコレートとは別に、甘いものが苦手な本命の彼にはビターチョコで甘さを極力抑えたガトーショコラを渡した。野球に打ち込んでいる彼が好きだからこそ、彼が野球部で主将として、キャッチャーとして、4番として頑張っている間は余計な邪魔をしたくなくて、どれだけ好きを積み重ねていってもその気持ちを伝えたりはしないと心に決めていた。のに、どーぞ、と軽い調子で渡したそれを受け取った彼は、容易く私の決意を打ち崩した。


「これって本命?」
「え…なんで?」
「他のヤツらにあげてたのと違うじゃん」
「御幸は甘いもの苦手だから別のやつを作ったの」
「ふーん?渡さないって選択肢もあったのに、わざわざ俺のためだけに義理チョコ作ってくれたんだ?」
「それは…まあ…1人にだけあげないっていうのも…可哀そうかなって…」
「義理ならいらない」


そう言って手渡したばかりのチョコレートを突き返されたら、本命だもん、って暴露してしまうしかなくて。結局のところ私は自分の気持ちを押し殺してまで、じゃああげないよ、って言えるほど、強くなかったということだ。彼は、野球以外に割く時間なんてあるわけないだろ、というタイプだと思っていたし、そもそも私をそういう対象として見ていないと思っていたので、この投げやりで強引な告白めいた何かは明らかに失敗だったとその時は後悔したけれど、本命ならもらっとく、とラッピングされた包みを受け取ってくれた彼は、私の予想に反して爽やかに笑っていて。
本命チョコを受け取ってもらえただけで、好きだとは言われていない。けれど私は、彼氏になってやってもいいけど?という彼の意地悪な言葉に飛びついてしまった。だって、そういう提案をしてくるってことは少なからず私に好意を寄せてくれてるってことだと思ったから。彼は自分が嫌いな女の子を彼女にできるほど器用な男じゃないって知っているから。私は彼に選ばれたんだって舞い上がっていた。
めでたく付き合うことになったとは言え、野球に打ち込む彼と恋人らしいことなんてできやしない。それは最初から分かっていたことだ。クラスメイトや部員達に揶揄われたり冷やかされたりするのはお互いに嫌だったので、絶対に内緒というわけではないにしろ、自分達から公言するようなことはしなかった。だから、同じクラスではあるけれど学校でもほとんど一緒に過ごすことはなかったし、部活中も連絡事項を伝達するぐらいでそれ以上の接点はなし。勿論、デートなんてもってのほか。清く正しいお付き合いどころか、私達は本当に付き合っているのかも分からない関係を続けている。
変わったことと言えば、業務連絡以外でメールのやり取りをするようになったことぐらいだろうか。それも、おはよう、おやすみ、お疲れ様、程度の短い単語のやり取りがほとんどなので、特別感はどこにもない。でも、それが彼と付き合うということなのだ。野球でいっぱいの彼の頭の隅に、ほんの少しでも私の存在があったら良い。そう思っていたはずなのに。


「梅本、この前の練習試合のスコアボードは?」
「あるよ」
「サンキュ」
「そういえばこれ、貴子先輩の書き方真似してみたんだけどさ〜」
「お前、もう少し字綺麗に書けねぇの?」
「これでもかなり綺麗に書いてるんだけど!」
「そもそも読みにくい」
「御幸って絶対女の子泣かせるタイプだよね」


たまたま目撃してしまった御幸と幸子のツーショット。別に特別な会話をしているわけではなかったし、今までだってあんな風に小さな言い合いみたいなことをしているところは何度も見たことがある。それなのに、楽しそうに会話を続けている2人を見ていたらムクムクと嫌な感情が湧き上がってきて、私はその場から逃げるように走り去った。
こんなことをいちいち気にしていたら身が持たない。マネージャーは私以外にもいて、皆がそれぞれ野球部のために必死に働いているのだ。主将である彼と話をする機会だって、そりゃあ沢山あるに決まっている。でも、つい思ってしまう。私とは最近、部活関連のことですら会話してないじゃん、って。私と会話してる時、そんな風に笑ってくれないじゃん、って。
私以外の女の子と喋るなとか仲良くするなとか、そんなことは一切思っていない。けれど、不安なのだ。今の私には、彼に特別だと思ってもらえている自信が微塵もないから。私達って本当に付き合ってるんだよね?って、今の肩書きすら疑ってしまう。
そんな余計なことを考えていたせいで、今日は全然仕事が捗らなかった。おかげで部活が終わった夜の7時をすぎても、片付けは一向に終わりそうになくて本当に情けない。こんなことなら彼とは恋人という関係にならない方が良かった。そんなことを考えてしまう程度には、今の自分に嫌気がさしている。


「まだ終わんねぇの?」
「え…」
「今日なんか様子おかしかったろ?体調悪いんだったら早く帰れよ」
「別に…そんなんじゃない」


突然聞こえた声の主は、できれば今は会いたくなかった彼で。私は久し振りにきちんと話すというのに、つい素っ気ない反応をしてしまった。
私の様子がおかしいことに気付いてくれたのは嬉しい。けれど、その原因を作ったのは他でもない彼だ。だから、どうにも手放しでは喜べない。私は後ろに立っている彼の気配を背中で感じながら、せっせと手を動かして片付けを続けた。


「そろそろ夜ご飯なんじゃないの」
「もう少し時間あるけど」
「ここ片付けたら帰るから、行って良いよ」
「…何怒ってんの?」
「怒ってない」
「俺なんかした?」
「何もしてないよ」
「じゃあなんで、」
「もうやだ。別れる」
「は?急になんだよ…」
「やなの。こんなこと思っちゃうのも今まで通りでいられないのも、全部」


完全なる八つ当たりかもしれないけれど、こうするしかなかった。別れたくはない。でも、今の嫌な自分を打破するにはこの方法しか思い浮かばなかったのだ。背中に突き刺さる彼の視線は痛いけれど、言ったことを撤回する気はない。そもそも、彼は私のことが好きなのかどうかも分からない状態なのだから、この提案を拒む理由もないような気がする。


「付き合う前の状態に戻りたいってこと?」
「だって…私だけが付き合ってるってことに舞い上がってどんどん好きになるの、辛いんだもん…」
「へぇ……私だけ、ね」


彼の声のトーンが少し低くなった。そして、こちらに近付いてくる足音が聞こえてきたかと思ったら私の隣までやって来て、ぽん、と頭に手をのせてきたではないか。今まで彼に触れられたことがない私は俯いたまま硬直してしまって、ついでに頭もフリーズする。なんだこの展開は。今これ、どういう状況?


「何があったのかは知らねぇけど、俺はお前のこと好きだし別れるつもりねぇから」
「えっ」
「なんだよその反応」
「御幸って私のこと好きなの…?」
「はあ?だから付き合ってんだろ?」
「だって私、ちゃんと好きって言ってもらったことないもん!」
「もしかしてそれが原因で別れるつもりだったとか?」
「それが直接的な理由ってわけじゃない…と思う…けど…」


もごもごと歯切れの悪い切り返しをする私に、はっきり言え、と詰め寄ってくる彼の威圧感は凄まじい。まあここで隠したところで、いつかは先ほどのような場面に遭遇して今と同じ展開になるだろうから、言っておいた方が良いのかもしれない。私は後で彼に呆れられるのを覚悟の上で、正直に幸子との様子を見て嫉妬したことを伝えた。
すると彼はやっぱり、はあ、と呆れたように溜息をひとつ零して。なんと再び私の頭をぽんぽんと撫でてきた。一体今日はどうしたというのだろうか。彼らしくもないことを繰り返して、ここまでくると、もはや今ここにいる男は御幸一也の皮を被った別人なのではないかと疑いたくなってしまう。


「言っとくけど、俺が好きなのはお前だけだから」
「……御幸?」
「なんだよ」
「ほんとに御幸なの?」
「俺じゃなかったら誰なんだよ」
「それは分かんないけど…なんかいつもと違いすぎるから別人じゃないかと思って…」
「じゃあもう言わねぇ」
「それはやだ!」
「それなら素直に喜べば良いんじゃねぇの?」


その言葉の直後、頭をぐいっと引き寄せられたかと思ったら彼の胸板に顔をぶつける形になっていて、一気に心拍数が急上昇した。いやいや、待って。ほんとに。こんなことするの御幸じゃないよ絶対。嬉しいよりも先に動揺が激しくて、私はぐいぐいと彼の胸板を押して距離を置くことに必死になる。


「こういうことされたら普通嬉しがるだろ」
「だって、心の準備ができてないっていうか、急に恋人っぽいことするから…」
「コイビトなんだから仕方ねぇじゃん」
「な、それは、そう、だけど…っ」


折角離れた距離がまたゼロになって、彼の身体にぴたりと張り付けられる。動こうにも私より力の強い彼の手がそれを許してくれないから、私はただ心臓が爆発するのを今か今かと待つことしかできない。
そうしてどれだけ時間が経ったのか。暫くして、そろそろ飯行かねぇと、と何食わぬ顔で言葉を落としてあっさりと私を解放した彼は、満足そうに口元を緩めている。なんなんだ。その勝ち誇った笑みは。好き放題してくれちゃって。


「俺から逃げられると思うなよ?」
「逃げないもん!」
「それなら良かった」
「へ…、」
「片付けは良いからさっさと帰れよ。またメールする」


ひらひら。自分のやりたいことをやって言いたいことだけ言って去って行った自分勝手な彼氏様の後姿を呆然と見つめていた私は、やがて頭を抱えて蹲った。ああ、もう。これ以上好きにさせないでよ。

底なし沼の底行き

ゆみこさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
王道展開大好き人間なのでサクサク楽しく書かせてもらいました。甘くラブラブ!って感じにはなりませんでしたが高校生の御幸一也はたぶんこれぐらいが限界じゃないかなと勝手に思ってます笑。糖分足りなかったらごめんなさい…
いつも絡んでくれてありがとう!忙しそうだけどまたゆみちゃんの書いたお話が読みたいです…これからも仲良くしてね!