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2nd Anniversary
thanks a lot !


隠れるつもりなどなかったのに反射的に物陰に隠れてしまったのは、何か見てはいけないものを見てしまったような気がしたからだ。見てはいけないというより、それは私にとって見たくなかった光景と言った方が、ニュアンス的に正しいかもしれない。
部室棟の冷たいコンクリートの壁に隠れてゆっくりと顔だけを覗かせれば、そこにいるのは同級生で彼氏の男子バレー部主将の姿。そしてその隣にもう1人、すらりとした美人の女性が立っていた。その女性には見覚えがある。確か、私達が1年生の時に男子バレー部のマネージャーをしていた先輩だ。現男子バレー部にマネージャーはいないのだけれど、2年前にほんの数ヶ月程度、あの先輩が体育館に出入りしている姿を見たことがある。私は1年生の頃からずっとバスケ部のマネージャーをしていてバレー部とは体育館を共有して使っているので、この記憶に間違いはないと思う。
しかし、2年前に卒業した先輩がなぜ今になって現れたのだろう。そりゃあ母校なのだから遊びに来ることはあるかもしれないけれど、黒尾とそんなに接点があったのだろうか。親し気に話す2人はなんだかちょっとイイ感じというか、認めたくはないけれどお似合いだった。
元々背が高くて黙っていれば大人っぽい黒尾は、年上女性と並んで歩いている方がしっくりくるような気がしていた。私みたいなちんちくりんじゃあ釣り合わないんじゃないかって、今までに何度も思ったことがある。ただ、そうは思っていても今までは黒尾の周りにそれらしき女性がいなかったから、そこまで真剣に悩んだり焦ったりしたことはなかった。
けれども今回はどうだろう。明確に、黒尾にぴったりの身近な年上女性が現れて、しかもなんだかとっても良い雰囲気。嫌な予感しかしない。
私が盗み見ていることなど知る由もない2人はいまだに何やら楽しそうに談笑していて、私の胸はきゅうきゅうと締め付けられるばかりだ。ほんと、嫌になる。私はもやもやとどす黒い感情が立ち込めてくるのを感じながら、2人に気付かれぬようそおっとその場を立ち去った。


◇ ◇ ◇



そんなことがあった日の週末。たまたまうちの高校に練習試合に来ていた幼馴染に遭遇した。1つ年下ではあるけれど、私よりも冷静というか、とても落ち着いた性格の彼は、昔から良き相談相手だ。
だから私は、お昼ご飯の時間に差し掛かったところを見計らってその幼馴染に声をかけた。勿論、先日の出来事について相談するためである。一緒にお昼ご飯食べよ!と近付いて行ったらとても嫌そうな顔をされたけれど、こんな反応をされるのは慣れっこなので気にしない。


「もしかして、あかーしの彼女?」
「違いますよ。ただの幼馴染です」
「ちょっと京治のこと借りていきまーす!」
「どーぞどーぞ」


嫌がる彼とは反対に、彼の先輩達(つまり私の同学年にあたる面々)は快く彼を引き渡してくれたので、私は彼の腕をぐいぐいと引っ張って体育館の外へと連行し、日陰になった体育館のコンクリートの階段のところに座るよう促す。ここまでくれば彼も嫌がることを諦めたようで、渋々指示に従ってくれた。


「で、何?」
「一応私の方が先輩なのにさあ、相変わらず敬語なし?」
「いつも話きいてあげてるのは誰だっけ?」
「すみませんでした。いつもありがとうございます」
「…で、今日は何?」


随分と横柄な態度ではあるものの、彼の指摘に言い返すことができないのは事実なので、私は大人しく事の次第を話すことにした。なんだかんだで相談に乗ってくれるから、彼は結構優しい子だ。
私が見た光景と、それに対する感想、最後に、ぶっちゃけ浮気されちゃうと思う?という質問で話を締めくくれば、彼はおにぎりをもさもさと咀嚼しながらとても怪訝そうな顔をした。お茶いる?とペットボトルを差し出すと、首を横に振り更に眉間に皺を寄せられたので、どうやらおにぎりが喉に詰まりそうというわけではないらしい。


「あの人がそういうことするタイプかどうかは自分が1番よく知ってるんじゃないの?」
「そうなんだけどさあ…なんか自信なくなっちゃったんだもん…」
「ていうか、この状況を見たら黒尾さん良い気持ちしないと思うけど。そういうこと考えた?」
「え?なんで?」
「……そういうところ、そのうち怒られると思うよ」
「だから、なんでよ。回りくどい言い方してないで教えてってば」


煮え切らない言い方に痺れを切らした私は、彼にずいっと詰め寄る。すると、背後に人の気配がしたと同時に影が落とされた。恐る恐る振り返れば、そこには我が彼氏様が私を上から覗き込む形で立っているではないか。一体いつの間に近付いてきたのだろう。私はなんとなく気まずくて、どーも、と他人行儀な言葉を発することしかできない。


「2人してこんなところで何のお話してんの?」
「別に何も…ね、京治?」
「黒尾さんのことですよ」
「ちょ!何言ってんの!」
「変な勘違いされるのはごめんだから。あとは2人でごゆっくり」
「あ、こら!京治!この裏切り者!」


勝手にカミングアウトして逃亡を図る幼馴染を追いかけようとした私を引き留めたのは、勿論彼氏である黒尾だ。服の首元を引っ張られたせいで、ぐえ、と我ながら女とは思えぬ声を発してしまったけれど、これは不可抗力なので仕方がない。私はこれ以上自分の首を絞めるわけにはいかないので、その場に止まる決意を固めた。
黒尾は私と違って普段あまり感情を表に出すタイプではないのだけれど、今は珍しく不機嫌そうなオーラを漂わせている。しかも目を合わせてくれない。これは怒っているということなのだろうか。先ほどの幼馴染の発言を思い出した私は、彼の的確すぎるアドバイスに恐ろしさを感じた。あの子、もしかして予言者?


「一応確認しときたいんだけど、名字サンは俺と付き合ってる自覚あるんですか」
「そ、そんなの、当たり前じゃん…」
「じゃあ自覚した上で、彼氏以外の男と2人きりになったと?」
「男って…京治はただの幼馴染だし、」
「でも男だし?」
「…もしかして怒ってる…?」
「もしかしなくても怒ってますね。だいぶ」


口調は穏やかだけれど、その目は真剣そのものでちっとも笑っていなかった。今まで些細な口喧嘩は数えきれないほどしてきたけれど、こんな眼差しを向けられたことはなくて、恐怖より戸惑いの方が大きい。
京治だって男。確かにそれはそうだ。幼馴染だからって何も考えずに2人きりになったのは悪いことだったかもしれない。それは認めよう。けれども、それならば自分はどうだ。私以外の女の人と2人で仲良さそうに話しちゃって、それは許されるのか。そんなの納得できない。


「私だって怒ってる」
「なんで」
「…黒尾だって最近、女の人と2人きりになってたもん」
「はあ?」
「記憶にないとは言わせないからね」
「……あ。もしかして先輩と話してるとこ見た?」
「見た」
「…なるほどね」
「なるほどね、じゃないよ」
「なに、それで浮気じゃないかって心配になって赤葦に相談してたの」
「浮気してるとまでは思ってなかったけど!もしそんなことになったらどうしようって不安にはなるじゃん…」


つい勢いで本音をぶち撒けてしまったけれど、言った後になって自分の発言の恥ずかしさに気付く。こんなの、嫉妬してました、って暴露しているようなものじゃないか。黒尾のことだからきっとニヤニヤしながら、俺のことそんなに好きなんだ?とかなんとか言ってくるんだろうな。でもまあその通りだから否定もできないし…などと思いながらこれからどのようにこの恥ずかしさを紛らわそうか考えていたら、予想外の出来事が起こった。
黒尾が、私の頭を撫でてきたのだ。がしがし、って乱暴にじゃなくて、ぽんぽん、って優しく。ごめんな、ってとびっきり優しい声音にのせた一言を添えて。こんなの、予想外すぎて反応できない。


「先輩は監督とか顧問に会いに来たらしくて、ついでにちょっと話してただけなんだけど…次からはもうちょい気を付ける」
「なんでそんな、今日は素直っていうか…優しいっていうか…調子狂うじゃん…」
「素直で優しいことに定評のある黒尾サンなんですけど」
「それ誰からの評価なの?」
「当社比」
「何それ全然信憑性ないやつじゃん」
「そういうこと言わずに素直に嬉しいって言や良いのにねぇ?」


漸く登場したいつものニヤニヤ顔。腹は立つけれど、その表情にちょっと安心したなんて、口が裂けても言えない。


「嫉妬してくれてどーも」
「なっ…黒尾の方こそ!京治に嫉妬してたじゃん!」
「それ」
「それ?」
「赤葦のこと京治って呼ぶの、やめない?」
「なんで?」
「なんでも」
「理由になってない」
「…俺も嫉妬しちゃってるんで。ね?」


ね?って言われても。嫉妬してますって自己申告されると揶揄い甲斐がないし。結局、明確な理由は言ってくれてないし。私は反応に困って、ただ不満そうな顔を浮かべたままだんまりを決め込む。


「俺のフルネーム知ってる?」
「なんなの急に」
「いーから」
「黒尾鉄朗でしょ」
「はい正解」
「それが何?」
「じゃあ名前で呼んでみましょうか」
「え、なに、そんな、いきなりそれは、」
「京治って呼ぶのと同じでしょーが」
「……もしかして、」
「分かったならはい、どーぞ。名前チャン」


いとも簡単に私の名前を呼んだ黒尾はそれっきり口を噤んでしまって、どうやら本気で呼ばれるのを待っている様子だった。黒尾のことは名字で呼ぶのに、京治のことは名前で呼ぶ。それが気に食わなかったということは察した。けれども、京治の名前を呼ぶのと黒尾の名前を呼ぶのとではワケが違うということを分かってほしい。
てつろう。たった4文字を音にすれば良いだけなのに、こんなにも緊張しているなんて馬鹿馬鹿しい。でもたぶん、それが恋ってもので、好きってことなのだ。


「…ろう」
「ん?何?」
「てつ、ろう」
「きこえませーん」
「ねぇちょっと!これでも頑張ってるんだけど!」


悔しいことにこれぐらいのことで顔が赤くなっているであろうことは何となく分かっていたので、ずっと俯いたままボソボソと口を動かしていた。けれど黒尾は私の頑張りを無に帰すみたいに何度も聞こえないフリをするから、私はとうとう堪忍袋の尾が切れて、その憎たらしい顔を睨みつけるべく顔を上げる。
すると黒尾は珍しく普通に、本当にただ幸せです、みたいな笑顔で私を見下ろしていた。可愛くってつい、なんて、本当に思っているのかどうかも分からない歯の浮くようなセリフを落とした直後、よく言えました、ってぐしゃぐしゃと頭を撫でてくるなんて、卑怯すぎやしないか。ほんとにもう、悔しい。振り回されてばっかりなのが。こんなにもきゅんきゅんと胸を苦しめられるのが。悔しくて、嬉しくて、それがまた悔しくて。ちょっともう自分でも自分の感情の収拾がつかないんだけど。


「そろそろあっち戻るわ」
「うん…」
「もーちょい上手に呼べるように練習しといてください」
「誰が練習なんか!」
「バスケ部午後練もあるんだろ?」
「へ?あるけど…」
「んじゃ一緒帰るか」
「え…うん」
「そん時までの宿題。頑張ってね、名前チャン」


ひらひらと手を振ってから体育館の方へ向かって歩いていく無駄に縦長の後ろ姿を呆然と見つめていると、なんでそんなこと言われなきゃいけないんだ、という反抗心とともに、憎たらしくて堪らないのにどうしようもなく好きだという感情が一緒に込み上げてくる。分かりましたよ。鉄朗って呼べば良いんでしょ。そんなの簡単だもん。帰り道、ドキッとさせてやるんだから覚悟してなさいよ。
そう意気込んでいた私が、数時間後の帰り道、何食わぬ顔で、名前、と名前を呼ばれてドキッとさせられてしまうのは、もはや定められた未来なのだと思って諦めるしかないのかもしれない。

好き×好きで
おそろいで

ナミルさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
具体的に素敵なリクエストをしてくださったので全て詰め込んだつもりなのですが物足りなかったらすみません…黒尾君って嫉妬してても堂々としてそうだし結局いつも優位なポジションをキープしてそうだよなって勝手に妄想した結果このような仕上がりになりました。黒尾君に振り回されたい!笑
赤葦君との絡みも書けて楽しかったです!これからも更新頑張りますのでまた遊びにきてやってください〜