×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

2nd Anniversary
thanks a lot !


※社会人設定


突然ですが質問です。例えば職場に、凄く仕事ができて、凄くルックスが良くて、凄く優しい上司がいたとして、あなたはそんな人物に特別な感情を抱かずに毎日を過ごすことができますか?はい、答えは勿論ノーですね。というわけで、私は今、その絵に描いたような凄く素敵な上司に絶賛片想い中です。
彼に初めて会った時の感想は、うわあ…でかっ…しかもちょっと怖そう…という、恋心には程遠いもの。けれど一緒に仕事をしていくうちに、彼はちっとも怖くなくて(むしろ優しいしそこら辺の男なんかとは比べ物にならないぐらいレディーファースト)、自分の仕事を当たり前のようにキッチリこなしながら私みたいな仕事ができない人間のフォローもスマートにできちゃうスーパーマンみたいな人だということが判明した。彼に助けられたのは1度や2度ではない。しかも、俺が助けてやったんだから感謝しろよ、みたいな嫌味ったらしいことはひとつも言ってこず、それどころか、よく頑張ったじゃん、などと褒めてくれる心の広さ。これで惚れない女がいるわけないだろう。
と、ここまで話せばお分かりだと思うけれど、彼は女性社員から人気がある。キャーキャー言われているわけではないのだけれど、私独自のリサーチによるとどの女性社員からも「松川さんってイイ感じ」「結婚するならああいうタイプが良い」などという発言が聞かれたから間違いない。美人で有名な経理部の先輩も、可愛いことで有名な宣伝企画部の後輩も、その他諸々、ありとあらゆるハイスペック女性陣がこぞって狙っているのが私の片想い相手の上司、松川一静さんなのだ。
だから私は片想い中ではあるけれど、最初から高望みはしていなかった。そりゃあ、彼と付き合えたら幸せだろうなあ、という淡い希望を抱いているのは否定しない。けれども悲しいことに、凡人中の凡人、もしくはそれ以下かもしれない私と彼が両想いになる未来なんて全く想像できなかった。そう、つまりそんな未来は絶対に訪れないのだ。それが分かっているから、私は多くを望んでいない。望んではいけない。そう考えると、これはもはや片想いと言うより憧れや崇拝に近い感情なのかもしれなかった。


「あれ、名字さんだ」
「松川さん…!どうしてこんなところに…、あ、コーヒーですか?」
「そう。飲みたいなって思って」
「私淹れて持って行きますよ」
「いいよいいよ。それぐらい自分でやるから」


給湯室には基本的にお茶汲み係の女性社員しか来ないものだから油断していた。まさかこんなところで松川さんと出会えるなんて。こんなことならお昼ご飯の後にきちんと化粧直しをしておくんだった。ていうか今2人きりじゃん。どうしよう。嬉しいけど緊張する。
心の中で嬉しさと後悔と緊張が渦を巻いている私の隣で、彼は淡々とコーヒーを淹れていた。うちの会社には大人数用の一気に沢山作れるタイプのコーヒーメーカーと、1人分のコーヒーをドリップできるタイプのコーヒーメーカーの2種類が設置されていて、彼は勿論1人分のドリップタイプのコーヒーメーカーを使っている。ちなみに私はと言うと、午後1番の会議用に大人数用のコーヒーメーカーにコーヒーをセットし終えたので、出来上がるのを待っていた。


「名字さんもいる?」
「えっ、いや、そんな、私なんかのことはお構いなく…」
「なんでそんな低姿勢なの。コーヒーぐらいすぐ淹れられるのに」
「みんなの憧れの松川さんにそんなことをしてもらったらバチが当たります」
「ふーん…みんなの憧れねぇ…」


ここぞとばかりに褒めたけれど、私の言ったことは脚色でもなんでもなく事実だ。みんなの憧れ。女性社員から大人気のスーパーマン。けれども彼は私の発言にどこか不服そうな呟きを漏らした。もしかして褒めようが足りなかったのだろうか。それとも、私が社交辞令的にそういうことを言ったと思って不快な気持ちになったのだろうか。何にせよ、いつも温厚で柔らかい雰囲気を醸し出している彼が少しピリついた空気を身に纏っているという今の状況が非常にマズイということだけは、どれだけ無能な私でも分かった。
とても気まずいのでどうにかしたいのは山々なのだけれど、私はあともう少しで淹れ終わる会議用のコーヒーを準備しなければならないのでここを立ち去るわけにはいかないし、彼の方も自分のコーヒーが出来上がるのを待っているようなので微動だにしない。昼休憩も後半に差し掛かったこの時間帯に給湯室に来る人はほとんどいないだろうから助けてくれる人が現れることも期待できないし、これは困った。


「名字さんも俺に憧れてんの?」
「勿論!今までも沢山助けていただきましたし!」
「ああ…うん。そりゃあね、名字さんのことは助けるよ」
「私いつも迷惑かけてばっかりだから…1人じゃ仕事任せられませんよね」
「そういう意味じゃなくて」


コポコポとコーヒーメーカーが一生懸命美味しいコーヒーを淹れてくれている最中、彼が突然私の方に身体を向けて1歩近付いてきた。近い。私は慌てて距離を取るために後退る。けれども後退すればするほど彼はどんどん近付いてきて、私は狭い給湯室であっと言う間に壁際まで追い込まれてしまった。目の前には彼。背後には壁。顔の横にドン、とつかれた手は彼のもので、私は所謂、壁ドンをされている。
私としては非常に美味しい展開。憧れの大好きな松川さんに壁ドンをしてもらえるなんて一生有り得ないことだと思っていたから、今日は嬉しい壁ドン記念日だ。けれども、彼はどうして私にこんなサービスをしてくれているのだろうか。というより、そもそもこれはサービスなのか。そういえばピリついた空気はそのままだし口調もやや刺々しかったような気がするから、私は今、怒られているのかもしれない。呑気に、壁ドンされちゃった…嬉しい…などと思っている場合ではなかった。
何に対して怒られているのかイマイチ分からないけれど、私はとりあえず、すみません、と謝罪の言葉を述べてみる。すると、こっち向いて、と。予想だにしない言葉が降ってきて、それまで俯きがちだった顔を恐る恐る上げた。すると、思っていた以上に至近距離に松川さんの顔があって驚く。やばい。無理。心臓飛び出てきそう。
反射的にまた俯こうとした私の顎を、彼が掴んで上向かせる。こっち向いてって言ったよね?って。そんなこと言われましても。私、何をしたんでしょうか。嬉しいんですけど、ちょっと怖いと言いますか、あの、控えめに言って死にそうなんですが。


「この状況、どう思う?」
「へ、あの、何か、怒ってますか、」
「怒ってはないよ。イライラはしてるけど」
「それは…どう違うんでしょうか…」
「鈍感な名字さんにもいい加減気付いてもらいたいんだけど。俺、誰でも助けてやるような良いヤツじゃないよ」
「そう、なん、です、か」


いやもう、話の内容なんて半分以上理解できていなかった。会話をしながら少しずつ彼の顔が近付いてきていて逃げることができないこの状況なら、無理もないと思ってほしい。もしこんなところを誰かに見られたりしたら変な誤解をされてしまうに違いない。私は良いとしても、彼にとってそれは良くないだろう。
こんなこと、誰にでもすると思ってる?
私の顎を捉えていた手が離れていってほんの少しホッとしたのも束の間、彼の顔が私の顔の真横に移動して耳元で低い声が響いた。ぞわぞわと身の毛がよだつほど色気たっぷりの声音。そりゃあこんなこと誰にでもするような人ではないと思うけれど、だとしたらどうして私に特別なことをするのだろう。
…まさか。いや、そんなまさかね。ないない。だって彼はみんなの憧れで、スーパーマン。私は凡人かそれ以下の村人A…いや、BかC。そんなこと絶対に有り得ないって。


「松川さん、人、来ちゃいますよ」
「俺は別に良いけど。名字さんは見られたら困るの?」
「え、だって、こんなの見られたら、」
「嫌?」
「は?」
「俺と噂になるのは、嫌?」


大きな身体を曲げて私の耳元で囁くのはきっと大変だろうな、などと考えているのは、もはや現実逃避というか、思考回路が完全にフリーズしてしまった結果だ。けれども彼はすぅっと離れて私を見下ろし、ねぇ嫌?と、容赦なく尚も私を追い詰める。嫌も何も、私に選択肢を与えて良いんですか。松川さん、困ると思いますよ。私、正直に本音で答えちゃうから。


「嫌、じゃ、ない…です…」
「うん。そうだろうね。そうじゃなきゃ困るよ、俺」
「え。あの、松川さん、それって、」
「コーヒーできたみたいだから…この話の続きは今日の夜、どう?」


ピリついた空気は忽然と姿を消していた。柔和な雰囲気に戻った彼は、優雅にコーヒーを1口啜って微笑む。今日分かったこと。松川さんは凄く仕事ができて、凄くルックスが良くて、凄く優しいスーパーマンみたいな人だけれど、ちょっぴり怖くて思っていた以上に強引。でもそれがまた魅力的だった。憧れだけじゃ止まれなくなるほどに。
こくり、頷くことで精一杯の私に、じゃあ仕事終わったら迎えに行くね、という言葉を残して立ち去った彼は、終業時刻を少し過ぎてから宣言通りに私のところにやって来るなり、じゃあデート行こっか、などと言ってのけた。あの、みんなが見てるんですけど、明日からどうしてくれるんですか。その前に、私の心臓爆発しそうなんですけど、死んだらちゃんと生き返らせてくれますか。たぶん生き返らせてもらってもすぐ心臓ダメになっちゃうと思うんですけど、それでも見捨てないでくださいね。

ライフ1個じゃ、死ぬしかない

さりーさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
社会人の松川一静は私の大好物なのでリクエストしていただけて嬉しかったです!プロポーズのお話も魅力的だったのですが今回は両片想いの設定の方で書かせていただきました。相変わらず余裕たっぷり色気たっぷりに仕上がったかなと思いますので、楽しんでいただけたら幸いです。
これからもどうぞ宜しくお願い致します〜!