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2nd Anniversary
thanks a lot !


今日もこの街は異常と狂気に満ち溢れていて、至極平和だ。けれど、世界の均衡を保つ、という大義名分を掲げて日夜得体の知れないアレやコレやと戦っている私達の組織「ライブラ」は、この街がどれだけ平和だろうと忙しくて死にそうだった。比喩表現などではなく本当に、物理的に。それでも戦うことを止めないのは、正義感に駆られているから、なんて立派な理由ではない。それをしなければ生きていけないからだ。
そんなこの組織において、私は主に諜報活動に従事しているのだけれど、チェインのような実動にはあまり携わっておらず、基本的には裏方の仕事を任されている。ありとあらゆる汚いことをやってのけているので、殺されそうになったこともしばしば。そのため、自分の身を守るための術として磨き続けただけあって、戦闘能力もそこそこあると自負している。誰かの助けを待っている間に殺されるなんて堪ったもんじゃない。
さて、今日も今日とて、この職場は雑然としている。ソファで横になり大イビキをかいているザップは徹夜で戦闘を繰り広げていたらしいので寝てしまうのも無理はないと思うけれど、うるさいのでどこか違うところに行ってほしいというのが正直なところだ。こういう時こそ日頃誑かしている女の子のところに転がりこんでベッドを借りれば良いのに、などと、いつもは気にも留めないことでイライラしてしまっている原因はただひとつ。私の上司にして恋人である男が帰って来ないからだ。
私の恋人、スティーブンはこの組織にとってなくてはならない存在だ。ミスタークラウスを影となり日向となり支えている男。組織を守るためなら、それこそどんなに汚いことだって平然とやってのけてしまう冷徹さを持っている、ある意味1番恐ろしい相手。けれどもそんな彼が唯一心を許している人物というのが他でもない私…らしい。そんな風に思ってもらえている実感はこれっぽっちもないけれど。
彼は仕事上、必要な情報を手に入れるために様々な人間を使っている。そして彼自身も駒となり情報入手に力を注いでいた。見た目が見た目だけに、ちょっと甘い言葉を囁かれただけでころりと落ちてしまう女は少なくない。つまり、ハニートラップはお手の物なのだ。彼は昨日の夕方からそのハニートラップを仕掛けるために出て行ったのだけれど、日付けを跨いでも、そして日が昇って朝になった今になっても帰って来ていなくて、ああそういうことか、と落胆した。
分かっている。こういう仕事だ。彼がどんな手を使っていようが私が口出しできる問題ではないし、どんな手段であったとしてもそれが情報を入手するためにやったことならば「仕事だから仕方がない」と割り切らなければならない。それでもやっぱり、恋人である以上、そこにどんなに気持ちがなくとも一線を越えてほしくないという女特有の独占欲や嫉妬心が顔を覗かせるものだから、私は日々、心労を患っていた。
こんな気持ちになるぐらいなら彼の恋人にならなければ良かったと何度思ったことだろう。けれどもこればっかりはどうしようもなかった。好きになってしまったものは仕方がない。そう、それこそ「仕方がない」ことなのだ。


「ただいま」
「…随分とお早いお帰りね」
「はは、ちょっと手間取ってね」
「そう」


噂をすればなんとやら。今の今まで私の脳内を支配していた男は静かに私の前に現れるなり、いつもと変わらぬ涼しい顔で帰還の挨拶をしてきた。私の気も知らないで、という不満はできるだけ露わにしないよう努めているつもりだけれど、今日のこの言い方は些か棘がありすぎただろうか。
そんな反省をしていると、彼がソファで爆睡しているザップに視線を落とした。恐らく、昨日彼が夜通し任務に当たっていたことは彼も知っているはずだ。だからここで寝ている理由も分かっていると思うのだけれど、彼は無情にも、気持ちよさそうに寝ているザップを叩き起こした。勿論ザップは飛び起きるなり怒り狂っている。しかし、自分を起こした相手が組織のナンバー2だと分かるなり、不満たっぷりながらも大人しくなった。


「疲れているところ申し訳ないんだがちょっとお遣いを頼まれてくれないか」
「あ!?なんで俺が…そんなのコイツに、」
「ザップ。もう1度言う。お遣いを頼まれてくれないか」
「……へいへい…」
「ありがとう。こちらに向かっているはずの少年と一緒にコレを…クラウスの元まで届けてきてほしい。急ぎで」
「なんでアイツなんかと一緒に!」
「僕も今帰ってきたところで非常に疲れていてね。何度も同じことを言って無駄な時間を費やしたくはないんだが…」


さすがのザップも彼の禍々しい雰囲気に気付いたらしい。眠気など吹っ飛んでしまったかのように彼から手紙のようなものを受け取ると、光の速さで出て行ってしまった。きっとこの後で合流するレオは怒りの矛先を向けられて可哀そうなことになるだろうけれど、私にはどうしてあげることもできない。
それにしてもわざわざザップを叩き起こして急ぎで遣いに行かせなければならない内容とは一体何だろうか。ミスタークラウスもチェインも、そしてギルベルトさんも、昨日から外での任務に忙しく動き回っているので、それに関する大切な情報なのだろうけれど、この戦況を覆すような情報を一晩で手に入れてくるあたりさすがだと思わせられる。


「さて、やっと2人きりになれたわけだが…何か僕に言いたいことがあるんじゃないのか?」
「お疲れ様。ゆっくり休んでね」
「違うだろう。そんな建前は聞きたくない」
「…他に言いたいことなんてないけど」
「なるほど」
「っ…、」
「キミは僕にそんな見え透いた嘘が通用すると思っているわけか」


抱き寄せられる腰。つぅっと人差し指でなぞられた唇。目の前にある彼の目は笑っているようでちっとも笑っていなくて凍らされそうなのに、じわりと熱い。その熱に浮かされてうっかり思っていることを口にしそうになってしまったけれど、それをぐっと飲み込むことができたのは、この指先が数時間前までは他の女の身体をなぞっていたのだということを思い出してその光景を想像してしまったからだ。
なんと醜くて余裕のない女なのだろうか。こんな浅ましい自分の本心など、彼には絶対に晒け出したくない。だから必死に隠しているというのに。


「嘘じゃない」
「…まったく、強情だな」
「可愛くないのはいつものことだから」
「誰もそんなこと言ってないだろう?」
「いいの、分かってる。ほら、どうせ寝てないんでしょう?早く仮眠を…」
「俺がぐっすり眠るには名前が必要なんだが」


彼の一人称が僕から俺に変わり、表情がぐんと柔らかくなった。ということは、私は彼の機嫌を損ねてしまったのだろうか。物腰が柔らかくなればなるほど彼がヤバくなってしまうというのは、私だけではなくライブラのメンバーなら皆が知っていること。けれども今日の柔らかさはいつもと違うような気がする。ああ、そうだ。この雰囲気は。
ぐ、と掴まれたままの腰はどうやら解放してくれる様子がなさそうで、私はついに観念することにした。この雰囲気は2人きりの時だけにしか出さないものだということに気付いてしまったから。それに、そもそも私なんかがこの男に敵うはずがないのだ。


「他の女を抱いた手で私に触らないでよ」
「…やっぱりそういうことか」
「面倒臭い女だと思ったでしょう?」
「いいや。むしろ嬉しいよ」
「仕事だって分かってても嫉妬されることが?」
「勿論。好きな女に嫉妬されて嫌な男なんていないさ」
「…でも困るでしょう?」
「そうだな…ただひとつ、キミは勘違いしているみたいだから言っておくと、」
「なっ、ん…っ!」


艶めかしく唇を重ねられ、あっという間に舌を捻じ込まれたかと思ったらソファのところまで追いやられ、どさりと倒される。もしかして最初からこうするために人払いをしたのか、なんて気付いた時にはもう遅い。は、とどちらからともなく漏れた吐息はしっとりとしていて熱っぽく、それと同じぐらい絡み合う視線も熱かった。


「俺は自分が惚れた女にしか手を出さないんだよ」
「でも、情報を手に入れるためには…」
「必要最低限のサービスをすることはあっても、俺が触れたいのはキミだけだ」
「スティーブン、ここ職場…っ、」
「でも誰もいないし暫く帰って来ない」
「だからって…」
「名前…今日は俺を甘やかしてくれないか?」


頼むよ、と。私の頬を撫でる指先は羽根のようにふわふわしていて擽ったい。甘やかしてくれないか、などと言ってきたけれど、それが私を甘やかすための手法だということは分かっていた。本当にこの男は、呆れるほど良い男すぎて嫌になる。そして同時に、嫌になるぐらい好きだからどうしようもなくて。
彼のネクタイを引き寄せて口付ける。不意打ちを狙ったはずなのに、嬉しそうに口元に弧を描いているところをみると彼にはお見通しだったらしい。するりと髪を梳いてキスを落としてくる動作は紳士気取りで彼にお似合いだ。


「名前」
「何?」
「やっぱり場所を変えようか」
「どうして?」
「今日は離したくない気分なんだ。途中で邪魔はされたくないだろう?」
「仕事は?」
「クラウスには後で上手く言い訳をしておくよ」
「スティーブンがそれで良いなら」


そう言って彼に全てを委ねたけれど、本当は私との時間を作ってくれたことが嬉しくて堪らなかった。その嬉しさを露わにできない可愛くない女。それでも彼は私を、まるでお姫様みたいに抱き上げて笑うから。私もたまには良いかなって、ぎゅっと抱き着いた。


「良い子だ」
「子ども扱いしないで」
「可愛い彼女っていうのは子どもみたいに甘やかしたくなるものだよ」


ちゅ、ちゅ、と唇が落とされる度に胸の奥に燻っていたドス黒い感情が消えていくのだから、私という女は随分と単純な作りをしていたらしい。好きだよ、と落とされた何気ない言葉のひとつで天にも昇れそうだなんて、本当におめでたい。
仕事中には絶対見せないその表情に見惚れる。いつもの澄ました、きりりとした顔付きも好きだけれど、こういう気の抜けた優しい顔の方が好きだなあって。改めて実感する。そして、凍てつく彼を熱くさせるのはこの先もどうか自分だけであってほしいと、傲慢なことを思わずにはいられないのだ。

エスメラルダの
融点をこたえよ

ちゆさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
これがスティーブンなのかはさっぱり分かりませんが個人的には僕と俺の使い分けが楽しくて遊ばせてもらうことができたので満足しています(勝手に遊んでごめんなさい)。スティーブンって大人の男の色気が半端ないので…そりゃあ好きになりますよね…甘やかされてる要素が少ない気はしますが、この後たっぷり愛されるはずなので脳内補填お願いします笑。
勿体ないお褒めの言葉ありがとうございました!ちゆちゃんの夢こそ最高オブ最高なのでいつもお世話になってます…今後もお互い切磋琢磨して夢を書き続けましょうね!