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2nd Anniversary
thanks a lot !


彼に面と向かって、好きだよ、と言われて嬉しくない女は、恐らくほとんど存在しないと思う。幼馴染で、彼のみっともない姿も面倒な部分も知り尽くしている私ですら、その言葉を囁かれた時には心の中で小躍りしてしまうぐらい浮かれていた。だから、常に絵に描いたようなイケメンキャラを装っている彼の表面の部分しか知らない女なら、ころりと落ちてしまうのも無理はない。でも、だからって。どんな事情があったにしろ、彼が浮気をして良い理由にはならないと思うのだ。
バレ方としては最悪だった。手を繋いで歩いているところを目撃したとか、物陰かあるいは人のいない教室で抱き締め合っているところに偶然居合わせてしまったとか、そんなありきたりなバレ方だったなら、もう少し気持ちの整理のつけようもあったと思う。彼を前にして怒ることもできたかもしれない。
けれども私が見たのは、彼の部屋で、彼と、私と普段から仲良くしている女友達が艶かしい口付けを交わしているところで。もう少し時間を置いていたらもっと恐ろしい場面を見ることになっていたのかもしれないと思うと吐き気がして、私はその場から逃げるように走り去った。
徹ちゃんはモテるけれど、浮気をするような人じゃないと思っていた。というか、信じていた。チャラチャラしているように見えるけれど、肝心なところではブレない、大切にしている人を裏切ったりしない、芯の通った人間だって知っているから。
だからこそ、そんな彼に好きだと言われた時は心の底から嬉しかったし、幼馴染としてではなく彼女として隣にいられることがこの上なく幸せだった。それなのに、蓋を開けてみればこの仕打ち。しかも相手は私と仲の良い女友達だなんて、明日どんな顔をして会えば良いと言うのだろうか。
最初は涙も出なかった。真っ暗な部屋に閉じこもって、夜ご飯も食べず、お風呂にも入らず、ただぼーっとしていて、恐らく頭の中で状況が整理できていなかったのだと思う。けれども、少しずつ理解が追い付いてきてからあの時の場面が脳内で再生されると、今度は馬鹿みたいに涙が溢れ出してきて、それは何をどうしようとも止まらなくて。
私は彼の「大切な人」には分類されていなかった。だから裏切られた。その答えに辿り着いてしまった時の絶望感と言ったら、とてもじゃないが言葉では言い表せない。何が幼馴染だ。何が彼のことを知り尽くしている、だ。ただ知ったような気分になって1人で浮かれていただけで、私は彼のことを何も知らなかったのだ。


「名前ー?はじめ君が来てるわよ」
「…っ、ごめん、今日は帰ってもらっ、」
「悪ィ。もう来ちまったわ」


部屋をノックする音の後に明るいお母さんの声。それから私の涙声を遮って不躾に開かれたドアの向こうには、逆光のせいでシルエットしか見えないけれど、間違いなくはじめちゃんが立っていた。
なんで徹ちゃんじゃなくてはじめちゃんが来るんだ。いや、徹ちゃんに来られたら今の私は何をしでかすか分かったもんじゃないから、はじめちゃんの方がまだマシだったかもしれないけれど。それにしたってどうしてこのタイミングで。
パチリと部屋の電気がつけられて、暗闇が一瞬にして光に包まれる。そのせいで私の無様で不細工な泣き顔ははじめちゃんにバッチリ見られてしまって、その代わりにはじめちゃんの怒りに満ち満ちた表情もしっかりと確認することができた。はじめちゃんが怒っている。そしてこのタイミングで私のところにやって来た。ということは。


「あのクソ野郎からきいた」
「……そう」
「アイツをぶん殴りに行くより先にこっちに来て良かった」
「…はじめちゃん、」
「良い。何も言うな」
「はじめちゃん…っ、」


はじめちゃんの表情と声に安心してしまったのか、私の目からは止まりかけていた涙が再びどばどばと溢れ出してきてしまう。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった私を見ても、はじめちゃんは何も言わずただ傍にいてくれた。よしよし、と子どもを慰めるみたいに背中を撫でてくれる手は、大きくて安心する。
徹ちゃんは私に連絡しても駄目だと悟ってはじめちゃんに助けを求めたのだろう。後からはじめちゃんにこっ酷く怒られて、殴られて、軽蔑の眼差しを向けられるのを承知の上で。
はじめちゃんがどこまでのことを聞いたのかは分からない。ただ、私と徹ちゃんが付き合うことになったと報告した時に、良かったな、と祝福してくれたはじめちゃんには申し訳なさが募った。私達3人は幼馴染として上手くやっていた。その関係を変えたのは私と徹ちゃん。そして壊したのもまた、私と徹ちゃんで。はじめちゃんはいつだって私と徹ちゃんの間に立って変わらずそこにいてくれたのに、こんな最悪の事態になってしまったのだ。謝って済む問題ではないけれど、私には謝ることしかできなかった。


「ごめんね、…っ、」
「名前が謝ることなんか何もねぇだろ」
「だって、」
「悪いのは全部アイツだ」
「…違うよ…、きっと、私にも何か原因があったんだと思う…」
「たとえそうだったとしても、こんなやり方は間違ってる。だから悪いのはアイツで良い」


はじめちゃんの言葉ひとつひとつが、私をふんわりと、そして力強く包み込んでくれているような気がした。都合の良い私は、そんなはじめちゃんに容易く救われる。思えばはじめちゃんは、私達3人の中で誰よりも強くて真っ直ぐな人だった。だから徹ちゃんのしたことが心底許せなくて、当事者の私よりも怒りを露わにしてくれているのだと思う。
はじめちゃんを好きになったら良かったのかなあ、と。こんな時にそういう思いを抱いてしまう私は、徹ちゃんと変わらない最低な人間だ。優しさに擦り寄って、甘えて、欲して。それじゃあダメだって分かっている。きっとはじめちゃんは私が求めても、それは違うだろ、って突き放すことだろう。それでいい。そうでなければ私は、ずっとずっとはじめちゃんを利用してしまうから。


「はじめちゃんに、お願いがあるの…」
「アイツのことぶっ飛ばす以外に、か?」
「うん」
「なんだよ」
「…徹ちゃんのこと嫌いにならないでね」
「は?」
「2人は一生仲良くしていてくれないと困るから、ぶっ飛ばした後は今まで通りに戻ってね」
「…お前はそれで良いのか」
「そうしてほしいの」
「っ…なんで、お前は…!」


我儘な女だと呆れてしまってもおかしくないのに、はじめちゃんはただただ苦しそうに顔を歪めて拳を握ったまま私を見つめていた。はじめちゃんがそんな顔しなくても良いのに。本当に優しいよね。徹ちゃんとは違う優しさで、私を守ろうとしてくれる。


「はじめちゃんは優しいね」
「…優しさでここまでやってるわけじゃねぇ」
「幼馴染だもんね。放っておけないよね」
「違う」
「違う?」
「及川にフラれて、傷付いて、俺になびいちまえば良いと思った」
「はじめ、ちゃん…?」
「名前が幸せなら良いと思って身を引いた。けど、こんなことになるぐらいなら最初から引くんじゃなかったな」


卑怯な俺を許してくれ、と。はじめちゃんは言った。そうして蹲っていた私を正面から抱き寄せて、俺じゃダメなのか、と。聞き間違いでなければ確かにそう言ったのだった。
そんなズルいことできないよ。しちゃいけないよ。徹ちゃんに浮気されたからって、それではじめちゃんに優しくしてもらって嬉しかったからって、救われたからって、じゃあはじめちゃんにします、なんて。どう考えたってダメだ。つい先ほどまでそう考えていたところじゃないか。それなのにはじめちゃんは、私がズルい女になることを望んでいる。それで良いと言ってくれている。こんなの、恵まれすぎではないだろうか。
ダメだよ、と言わなければならなかった。もっと1人で気持ちの整理をして、徹ちゃんと向き合って、きちんと別れを受け入れて、抱き締めてくれているこの腕を引き剥がさなければならなかった。けれどもそれができなかったのは、私が弱いせいだ。


「私、ダメな女だから…そんなこと言われたら簡単になびいちゃうよ、」
「そうすりゃいい」
「…ごめん、ね…っ、」


拒めなくて。縋り付いて。はじめちゃんの気持ちに気付かなくて。すぐにころりと落ちちゃうような女で。全部全部、ごめんね。
わんわん泣く私を、はじめちゃんは離さなかった。何も言わずにずっと抱き締めたまま背中を撫でて、それ以上は何もしなかった。それがどんなに有難いことだったか。はじめちゃんは分からないだろう。
恐る恐るはじめちゃんの背中に手を回してみる。これが正解なのかは分からない。けれど、私を想ってくれているこの人を、私を傷付けないこの人を、大切にしたいと思った。好きとかそういうレベルじゃなくて、心の底から愛したいと思った。
ごめんね。この言葉を何度言っただろう。これから何度言うことになるだろう。何十回、何百回言ったって足りないかもしれない。私はそれだけのことをしているから。けれど、いつか私がもっともっと強くなって、胸を張ってはじめちゃんを愛していますと言えるような女になったら。その時は、ごめんね、じゃなくて、ありがとう、って言わせてね。

滲むペパーミント

みかさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
リクエストの内容をぎゅっと凝縮した感じにしたところ、ヒロインちゃんが都合の良い女みたいになってしまって申し訳ありません…でも岩泉一に慰められるところりといっちゃっても無理ないと思うんですよね…そして及川徹が最低男のままで終了となりましたが、どうぞご容赦ください…きっとはじめちゃんがぶん殴ってくれます笑。
連載物、沢山読んでくださっているのですね!有難い限りです…ありがとうございます。これからも更新頑張りますね!