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2nd Anniversary
thanks a lot !


※牛魔王蘇生実験阻止の任務終了後の設定


彼はもう帰ってこないんじゃないかと思っていた。そして、万が一帰って来たとしても、私のことは覚えていないんじゃないかと懸念していた。けれども彼は長い年月を経てこの場所に帰って来て、しかも、きちんと私のことを覚えていてくれた。ただいま、と。そう言ってくれた時の笑顔を、私は一生忘れないと思う。
彼が帰って来てからすぐ、私達は同棲を始めた。彼が西に旅立つ前からそうしようと約束していたことを、律儀にも覚えてくれていたらしい。彼との同棲生活において、意見の不一致や生活習慣の違いによる喧嘩や言い合いはひとつもなかった。元々温厚な彼とはほとんど喧嘩をしたことがなかったし、喧嘩をしたとしても私が一方的にヤキモチを妬いたり何かを勘違いして怒ったりするぐらいで、彼から負の感情を押し付けられたことは1度もなかったので、もしかしたら彼は何も言わないだけで鬱憤を溜め込んでいるのかもしれない。


「ねぇ八戒」
「はい?」
「私に言いたいこととかない?」
「なんですか、藪から棒に」
「なんとなく…八戒は私に不満とかないのかなあと思って…」


特別なキッカケがあったわけではない。ただ本当になんとなくきいてみたくなっただけだった。同棲し始めて今日でちょうど2年。不平不満のひとつぐらいあるだろうに、彼は相変わらず、そんなのありませんよ、と柔らかく笑う。
例えば、朝起きるのが遅いとか、私が当番の日の朝ご飯のメニューはワンパターンだとか、そもそもご飯を当番制で作るのはどうなんだとか、洗濯物の畳み方が雑だとか、掃除の仕方が甘いとか、買い物で無駄遣いをしすぎだとか、自分で考えるだけでもこれだけ思い付くというのに、彼はそれら全てに対して不満はないと言う。こんなに大らかな男が他にいるだろうか。少なくとも私の知り合いには絶対にいない。彼はできすぎた男なのだ。
これだけ優しくて家事もできて見た目も良い彼氏なのだから、浮気のひとつやふたつされたって許さなければならないと思う。けれども彼は素行も完璧なので浮気の「う」の字もチラついたことがない。それは嬉しいことなのだけれど、だからこそ、こんな自分が彼のような男を独占してしまって良いのかと不安にもなったりして。浮気されたらされたで怒ったり泣き喚いたりするに決まっているくせに、私というヤツは全く面倒な女である。


「名前はないんですか?僕に言いたいこと」
「えぇ…それこそないよ…あったら世間の女の人に殺される…」
「殺されるなんて物騒ですねぇ」
「だって八戒って完璧なんだもん…」
「そんなことありませんよ。完璧だったら何も失わずに済んだでしょうし」


う、と言葉に詰まったのは、彼が失ったものの大きさを知っているからだ。彼の過去は正直知りたくなかった。けれど、知らなければならなかったと思う。何があって、何を失って、何を思って今に至るのか。全てを理解することは難しいだろうけれど、できるだけ受け止めたいとは思っている。昔も今も。それができているかは分からないけれど。
この手の話になると私の顔は自然と曇ってしまうらしい。だからいつも彼は意図的に触れないようにしているようなのだけれど、それも私を気遣ってのことなのだと思うと申し訳なかった。もっと、彼ほどではなくても広い心で全てを受け止められる度量があったら、どんなに良いだろう。私はいつも無いものねだりだ。


「それに、完璧じゃなかったからこそ名前に出会えたんですよ」
「八戒はそれで良かったと思ってる?」
「勿論」
「…そっか」
「すみません、そんな顔をさせたかったわけじゃないんですけど」


謝る必要などひとつもないというのに、彼は申し訳なさそうに、困ったように眉尻を下げて苦笑する。過去は変えられない。私も、そして彼も、そのことは当然のように理解しているけれど、それでも私はやっぱり彼女のことをズルいと思ってしまう。彼の中から彼女の存在は永遠に消えることがなくて、それは仕方のないことで、けれども私はそれにずっと嫉妬していた。きっと私はこれからも彼女に嫉妬し続けるのだろう。我ながら強欲だと思う。今でも十分すぎるほど大切に愛してもらっているというのに、私だけを見ていてほしいだなんて。
そういえば、と。彼が口を開いた。言いたいことありました、って。今思い出しました、みたいな軽いノリで。だから私も軽いノリで、なぁに?と尋ねた。マグカップに入ったちょっと砂糖が多めのコーヒーを口に含みながら。昼下がりの穏やかな時間帯。外はそろそろ春になろうかという気候で、日差しがぽかぽかと暖かい。


「そろそろ結婚しませんか」
「……え?」
「だってほら、今日でちょうど2年じゃないですか、僕達」
「それはそうだけど…え?」
「悟浄がうるさいんですよ。いつ結婚すんの?って」
「ああ…うん、言いそう…」
「三蔵も、一緒に住んでんなら結婚しても今と変わんねぇだろうが、なんて言いますし」
「そんなこと言うんだ…」
「悟空は結婚式の話をしたら、美味いもんいっぱい食えるならやって!って言ってました」
「想像できる」
「まあ1番は僕が名前と結婚したいっていう、ただそれだけなんですけど」


ダメですか?って。珍しく不安そうに私の顔色を窺ってくる彼が新鮮で、それ以上に全てを飲み込み切れないほど胸がいっぱいで。結婚したいと思わなかったわけじゃない。むしろ、そんな未来が待っていたら良いなと思っていた。けれど、私から望んではいけないような気がしていた。いつも与えられてばかりの私が、これ以上彼に望んじゃいけないって、そう思っていた。だから今まで決して私からその言葉を口に出したことはなかったし、これからもそのつもりでいた。けれど彼は、私の気持ちなんて手に取るように分かっていたのだろう。
あくまでも、僕が望んでるだけなんです、っていうスタンスで。私が手を伸ばしやすいように、彼の手を掴みやすいように。そうやっていつも、彼は私を待っていてくれる。なかなか手を伸ばせない臆病な私を、いつまででも。そんなところが好きで愛おしくて、離れたくないなあって思うのだ。


「ダメじゃ、ないよ」
「良かった」
「私で良いの?」
「それはこっちのセリフです。僕で良いんですか?」
「当たり前でしょう?」
「名前がずっと待っていてくれて…ここにいてくれて、良かった」


マグカップを置いて机の上に投げ出していた手に、彼の手が重ねられる。大きくてごつごつしていて、けれどもとても優しい指先が私の手をなぞって絡み合った。視線を手元から彼へと移動させれば目が合って、どちらからともなく微笑む。
そうだね。待っていたのは八戒だけじゃなかった。私も待っていた。ずうっとずうっと。この手が伸ばされるのを待っていた。やっと、ちゃんと繋がったね。八戒も私も、お互いに手を伸ばすことができたんだね。


「幸せになろうね」
「おや、僕は今でも十分幸せなんですけどね」
「そうだけど、もっともっと」
「欲張りですね」
「八戒はもっと幸せになって良いんだよ」
「…じゃあ名前が幸せにしてください」
「勿論!」


絡み合ったお互いの薬指にキラリとお揃いの指輪が光る日は、もうすぐそこに迫っている。

ハッピーエンド
待ちぼうけ

おぱさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
まさかの八戒夢でドキドキしながら書かせてもらいましたが、どうにも幸せ満載という感じに仕上がらず申し訳ありません…八戒夢となるとどうしても彼女の存在をにおわせずにはいられない病気でして…笑。しかも2周年記念祝いではなくもはや結婚話にしてしまいリクエスト内容とは?って感じですね…過去を乗り越えて幸せになってほしいなという気持ちだけはたっぷり込めましたので少しでも楽しんでいただけたら幸いです!
いつも優しく嬉しい言葉をプレゼントしてくれてありがとう…これからもどうぞ仲良くしてやってね…!