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2nd Anniversary
thanks a lot !


※社会人設定


どこにでも転がっていそうな、特別でも何でもないありきたりな話だ。社会人1年目、慣れない仕事を任されて途方に暮れているところを、同じ職場内で人気があるちょっとイイ感じの先輩に助けてもらって、いとも簡単に、丘の上から転げ落ちるように恋に落ちてしまった、なんて。漫画やドラマなら、実は俺も気になってたから助けたんだけど…なんて言われて、私は頬をピンク色に染めながら、嬉しい!って抱き着いちゃったりなんかして、ハッピーエンドめでたしめでたし、なのだけれど。現実はそう甘くない。
私の片想いは既に、半年ほど前に終わりを告げられている。というのも、彼は同じ職場の同期である受付嬢の美人さんと付き合い始めたのだ。しかもそれは、噂話なんかではなく紛れもない事実。だって私は彼から直接きいてしまった。最近彼女できちゃったんだよね、って。ちょっと照れながら、嬉しそうに。
長身の彼と、その隣を歩くすらりとした美人の彼女さんは非常にお似合いの2人だった。だから社内で2人が付き合い始めたという情報が流れた時も、誰1人として反対する者はいなかったと思う。彼を密かに狙っていた(私を含む)女性社員達だって、逆に彼女を狙っていた男性社員達だって、あの2人なら仕方がないなって納得せざるを得なかったのだ。


「名字、先週頼んでた報告書ってどうなった?」
「あ、はい、終わってます」
「さっすが俺の後輩。仕事早いねぇ」


偉い偉い、と軽率に頭を撫でてくるのは、私のことを後輩と言うより妹とでも思っているからなのだろうか。触れられるのは純粋に嬉しい。けれど、その動作に特別な意味がないということには酷く傷付く。子どもじゃないんですからそういうことするのやめてくださいよ、と言ったのは、半分本音で半分が嘘。本当にやめてほしいと思っているのは確かだけれど、これからも今みたいに軽々しく触れてほしいとも思う。乙女心というのは非常に複雑なのだ。
そんな私の心境など知らぬ彼は、今日もケラケラと笑いながら私に話しかけてくる。それは勿論、仕事に関することが主なのだけれど、時々雑談を交えてくれることが密かな楽しみでもあった。彼には彼女がいる。それを知っても尚、彼のことを諦めきれない私は、未練がましくて浅ましくて往生際の悪い女だと思う。


「そういえば名字、今日の仕事終わり暇?」
「特に予定はありませんけど…」
「んじゃちょっと飯付き合って」
「えっ」
「なんだよ。先輩の奢りだぞ」
「でも…えっと…、」


黒尾さんには彼女がいるじゃないですか。私なんかとご飯食べに行く時間があるなら彼女さんと行った方が良いんじゃないですか。
喉元まで出かかった意地悪満載で皮肉たっぷりの言葉達はどうにか飲み込んで、私は当たり障りなく、彼女さんは良いんですか?とお伺いを立てる言葉にすり替える。それに対して、あー…いいのいいの、とどこか歯切れ悪く返事をしてきた彼は、仕事終わったらまた連絡するわ、と言い残して営業のため外に出かけてしまった。
彼に彼女ができる前は食事に誘われたら浮かれまくって、たとえ予定があろうとも彼との食事を優先させる勢いだったけれど、今は違う。彼女持ちの想い人との食事なんて、どうやってもルンルン気分ではいられない。そういえば彼に彼女ができてから一緒に食事に行くのは初めてのことだった。ただの気紛れだろうか。それとも、何か意図していることがあったりするのだろうか。だとしたら意図していることとは一体何だろう。
少し考えてみたけれど、私如きの知能では彼の考えを推し量ることなどできるわけがなく。私はとりあえず、彼と一緒に食事に行くことができるなんて滅多にないことなのだから、今は難しいことを考えず手放しで喜んでおくことにした。


◇ ◇ ◇



仕事は1時間の残業をするだけでどうにか終えることができた。彼は営業が終わったら直帰コースだったらしく、連絡を取り合った結果、会社近くのお店で落ち合うことになった。
先に店内で待っていた彼は、私がお店の中に入るなりカウンター席から手招きをしてきて、それに吸い寄せられるようにして近付いた私に、お疲れさん、と労いの言葉をかけてくれる。たったそれだけのことで、とくん、と胸が跳ねるのは、私がいまだに彼のことを好きでいる証拠だ。居酒屋、というには随分とオシャレな雰囲気でちょっとしたバーのような店内は少し薄暗く、彼の隣に座っているだけで顔を赤らめてしまいそうな私にとっては好都合かもしれない。


「急に誘ってごめんね」
「いえ、私は大丈夫です」
「彼氏とか、いるんじゃないの」
「あはは、いませんよ」


冗談で尋ねられているということが分かっていても、この手の話題を彼に振られるのは精神的にキツいものがあった。けれど、ここで取り乱したりしたら私の気持ちはソッコーでバレてしまう。それは防がなければならない。というわけで、私は必死に軽い調子でいつもの能天気な後輩を演じた。我ながら、結構頑張ったのではないかと思う。
お酒を飲みながら食事をしている間、彼は仕事の話と話題のテレビ番組の話、最近の出来事なんかを上手に話してくれた。私は基本的に相槌を打つばかりで、たまに彼が投げかけてくれる問いかけに答えるぐらい。もしかしたら彼は私に気を遣って沢山話題を提供してくれていて疲れているかもしれないけれど、私にとっては満ち足りた心地の良い時間だった。


「名字はなんで彼氏つくんないの?」
「…そんなこときいてどうするんですか」
「いや別にどうもしないけど…なんとなく気になって」


なんとなく、で私の心を抉る彼に悪気がないことは分かっている。それでも私は、上手に平静を装うことができなかった。随分と刺々しい物言いになってしまったのは反省しなければならないと思うけれど、こっちの気持ちも考えてほしい。
なんだか彼に翻弄されっぱなしな自分が急に惨めに思えてきて、悔しくて。少しぐらい彼を困らせてやれないだろうかとお門違いなことを考え始めてしまった酔っ払いの私は、気付いたらとんでもないことを口走っていた。


「ずっと片想いしてる人がいるからですよ」
「え…マジで?」
「マジですけどいけませんか」
「なんでさっきからそんな冷たい言い方すんの」
「黒尾さんが、きいてほしくないことばっかりきいてくるから…、」


お酒のせいか、私は随分と情緒不安定になっていた。そして、いつものように十分に吟味したセリフではなく、思ったことをポンポンと口から零してしまっていた。お陰で今私達の間に流れている空気は非常に微妙で最悪である。自業自得ではあるけれど、今すぐにでも先ほどまでの会話を撤回してこの場所から逃げ出してしまいたい。


「プライベートなことは詮索されたくないタイプだったっけ?」
「そういうわけじゃないんですけど…すみません、なんかちょっと飲みすぎちゃったみたいで…」
「酔った?」


何の前触れもなく顔を覗き込んできて私の顔色を確認する彼は、わりとハイペースでお酒を飲んでいたように思うのだけれどいつもとちっとも変わらなくて、至近距離で彼の顔を見つめてドキドキしているのは自分だけなんだと思うと馬鹿みたいだった。ふい、と視線を逸らして、大丈夫です、と言うのが精一杯の私は完全に挙動不審で「大丈夫」には見えないだろう。そりゃあそうだ。全然大丈夫じゃないのだから。
それまで上手に親しみやすい可愛げのある後輩を演じてきたというのに、一瞬で努力が水の泡になってしまった。先ほどよりも更に空気は最悪になったような気がするし、これはもう酔ったと言って帰った方が良いのではないだろうか。そう思っている時だった。彼が急に、何の脈絡もなく爆弾発言をした。
俺、彼女と別れたんだよね、って。なんで今それ言うの?ってタイミングで。ていうか別れたって、本当?いつ?どうして?疑問は沢山浮かんでくるけれど、何から声に出したら良いのか分からなくて目をぱちくりさせているだけの私に、ノーリアクションですか、と苦笑してくる彼は相変わらず落ち着いている。


「あの…ごめんなさい、ちょっとびっくりしちゃって…いつ別れたんですか?…とか、きいちゃっても良いんですかね…?」
「2ヶ月前には別れてた」
「そんな前に?全然気付かなかった…」
「そりゃ気付かれないようにしてましたからね」
「仕事に支障が出るからですか?」
「そんなとこ」


単純に凄いなあと思った。私なら、どんな理由であれ、彼氏と別れることになったら周りのことなんて気にしている余裕はないだろうに。さすが大人の男性である。


「どうしてそれを今私に…?」
「まあ今日飯に誘った理由はここからが本題なんだけど」
「へ、」


そう言って、なぜかすうっと大きく息を吸い込んで珍しく緊張したような面持ちで私を見つめてくる彼の目から、視線を逸らすことは許されなかった。何ですか、これ。さっきまでとは違う意味で微妙な雰囲気なんですけど。


「実は名字のこと好きになっちゃったみたいで」
「…………はい?」
「いや俺も自分でどうかしてんなとは思ったんだけど、彼女と別れたのもぶっちゃけそれが原因だし、別れてからすげぇ考えたけど気持ち変わんなかったし、もう言うしかねぇかなって……って、おーい、聞こえてます?名字サン?」


聞こえてますよ。聞こえてますけど、そんな、俄かには信じ難すぎて。どうリアクションしたら良いか分からないじゃないですか。
はくはくと口を動かしてはみるけれど声は出てこない。何を言いたいかも決まっていない。嬉しいです!私もずっと好きでした!って喜んでも良いところなのかもしれないけれど、リアリティーがなさすぎて気後れしてしまう。


「ごめんごめん。俺がスッキリしたかっただけだから。返事きかせてとか言うつもりもねぇし。これからも今まで通り良い先輩と後輩として…」
「そんなの、嫌ですよ」
「嫌?」
「良い先輩と後輩なんて、もう無理です」
「あー…まあ、そうだよなあ…」
「だって私、ずっと好きなんですもん」
「さっき片想いしてるヤツがいるって言ってたもんな。困らせて悪いとは思ってる」
「そうじゃなくて。…私の片想いしてる人って、黒尾さんなんです。……ずっと、前から」


いまだにこれが夢なのか現実なのかも判断できぬまま、けれどもどちらにせよ、今ここで自分の気持ちを伝えておかなければこの先ずっと後悔することだけは分かっていたから。私は声を震わせながら素直に本当のことを言った。
沈黙が怖い。グラスに残ったお酒をじっと見つめている私は彼の表情を見る勇気が出なくて、早く何か言ってくれないだろうかと彼の反応を待つばかり。すると漸く、マジで?と。随分とシンプルに驚きを表す一言だけが落とされた。その声はちょっぴり喜びを孕んでいるような気がしたので、思い切って彼の方に視線を向けてみる。
するとどうだろう。いつも余裕たっぷりで大人な先輩の黒尾さんが、口元を手で覆って、私の気のせいでなければほんのり顔を赤らめているではないか。何それずるい。なんかちょっと可愛いし。ちょい待って、なんて言われても待てませんよ。嬉しくて、でも私の方まで恥ずかしくなってきちゃって、彼の赤が伝染してきたみたいに私の顔にも熱が集まってくるのが分かる。


「なんかすっげぇ恥ずかしいね、コレ」
「そうですね」
「明日から仕事中にニヤニヤしそう」
「黒尾さん、そんなキャラじゃないじゃないですか」
「いやいや意外とピュアだから俺」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ」
「顔、まだ赤いですもんね」
「人のこと言えませんよ名前チャン」


ニヤリと笑みを傾けられながら突然呼ばれた名前に、胸がキュンとときめく。どれだけ店内が薄暗くたって、私達の顔色を隠すのは無理だったみたいで。今日この瞬間、大人の恋愛には程遠い、甘酸っぱい夜が幕を開けた。

ブラックチェリー
ワンダーランド

彩乃さま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
珍しく少しピュア寄りの?黒尾鉄朗にしてみましたがいかがだったでしょうか?切甘の程度が分からず私の匙加減で書いてしまったので色々と物足りなかったら申し訳ありません…。
嬉しいお言葉ありがとうございます!これからもキュンキュンしていただけるように頑張りますね!