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2nd Anniversary
thanks a lot !


※社会人(未成年、プロ)設定


携帯のアラーム音で目を覚まし時間を確認。ああ、今日もまた朝が来てしまった、と落胆する間もなく、私は布団の中から脱出して支度を始める。薄すぎず濃すぎず、上司や先輩に嫌味を言われない、けれども後輩からおばさんっぽいとも思われない程度の絶妙な化粧を施し、これもまた当たり障りないシャツとパンツに身を包む。朝ご飯はトーストとコーヒーだけ。それらを流し込むように胃の中に押し込んで、天気予報を見るだけのつもりでつけたテレビには今1番会いたくて堪らない彼の姿が映っていて、思わず洗い物をしている手を止めてしまった。期待の大型新人!来年度に向けての決意表明!という謳い文句とともに、彼の昨シーズンの試合内容がハイライトで流れているのをぼーっと見つめる。凄いなあ、なんて言葉しか出てこない凡人の私は、いまだに自分が彼と付き合っていることが信じられない。
彼は高校時代の後輩だった。私が3年生の時の1年生。同じクラスの野球部の男子が、1年生のくせに生意気なヤツがいる、と憤慨していたのだけれど、その生意気な1年生というのが彼、御幸一也。当時の私は野球部に彼氏がいるカホちゃんという友達と仲が良く、度々野球部の試合の応援に付き合わされていた。
初めて彼を試合で見た時は、なんて言うんだろう。確かに生意気そうではあったけれど、こんなにも生き生きと野球をする子がいるんだ、って衝撃を受けた。何度も野球部の試合は観戦していたけれど、彼以上に野球を楽しんでいる人はいなかったと思う。それは、プロになった今も変わらない。
彼は、ただ野球が好きなだけだ、と言っていた。けれど、そんな人間はこの世の中に腐るほどいる。凡人と彼との違い。それは野球が好きというだけでなく、才能があったというところ。だから楽しむ余裕が生まれるんだと思っていた。だから、良いなあ、と。恵まれているんだなあ、と。正直、羨ましく思ったこともある。けれど、彼は自分の才能に驕ることなく沢山の努力を積み重ねてきて、挫折も味わってきたんだと知ってからは、そんな自分を恥じた。


「名字センパイ」
「なあに?」
「俺、プロになるから」
「うん。御幸君ならなれると思う。頑張ってね。応援してる」
「プロになったら、俺の彼女になって」
「え…いや、びっくりするからそんな冗談やめてよ」
「本気だから」
「そんなまさか、ちょっと待って、」
「2年後、絶対に迎えに行くから連絡先教えてください」


卒業式の日、彼はそう言って私から連絡先を奪っていった。だからと言ってメールや電話でやり取りをすることは一切なく。高校卒業後は野球部の応援に行かなかったし、母校自体に顔を出すこともなかったので、彼に会うことは勿論なかった。甲子園に出場したということは知っていたし、何度も応援に行こうと思ったのだけれど、彼の姿を見るのが怖かったのだ。私よりもうんと大人になっているであろう彼を見て、自分が取り残されたような気分になるのが。
彼が宣言通りプロ入りしたと知ったのはテレビのスポーツ番組でのことだった。迎えに行くから、なんて言ったくせに何の連絡もなくて、やっぱりそうだよねぇ、と落胆していた私の元に彼からの着信があったのは3月。2年前に自分も着ていたはずなのにやけに懐かしく感じる制服姿で私を待っていた彼は、久し振りに会ったというのに再会を喜ぶ素振りすら見せず、それが当たり前であるかのように堂々とした姿で、第一声、お待たせ、と言った。それが私達の始まり。
今私達は、付き合い始めて漸く1年が経ったところ。この1年、私は2年制の専門学校を卒業して社会人になったばかりで、彼とゆっくり過ごす時間なんてちっとも確保することができなかった。シーズン中は会うこと自体難しいし、オフシーズンを迎えてからも彼にはテレビ取材やら特番の収録やらの仕事が詰まっていて、私も毎日仕事にいっぱいいっぱいで、こんな状態で付き合ってるって言えるのかなって。結局私は天気予報を見ることも忘れて、もやもやとした気持ちのまま家を飛び出した。


◇ ◇ ◇



天気予報を見なかった罰が当たったのだ。朝はピカピカ輝いていた太陽が午後にはすっかり姿を隠してしまって、私が帰る頃には大粒の雨に変わっていた。折り畳み傘を常備しているほどできた女ではない私は、途中で立ち寄ったコンビニで傘が売り切れていた時点で、止みそうもない雨の中ずぶ濡れになりながら走って帰る以外の選択肢がなくて、家に到着した時には酷い状態。まさに濡れ鼠というやつだった。
別にこれぐらいどうってことない。たまたま土砂降りの雨に見舞われただけ。毎日へとへとに疲れるまで仕事をするのだって、社会人なら当然のこと。それなのになぜか今日は全然気持ちが浮上してくれなくて、大丈夫、っていう魔法の言葉も効果がないみたいで。
シャワーを浴びて、ご飯を食べる気力もなくて、もう寝ちゃおうかなって思っている時に鳴り響いたのは来訪者を告げるチャイムの音。のそのそと玄関に向かい覗き穴で誰だろうかと確認してみれば、なんとそこには信じられないことに一也君の姿があって目を疑った。けれども扉を開けて家の中にずかずかと入りこんできたのは間違いなく彼で、私は驚きのあまり言葉を失う。3月初旬。オープン戦が始まっているというのに、どうして連絡もなしに突然私のところに来たのだろうか。


「仕事、どう?」
「え、と…まあ、うん、普通」
「普通ってどういう意味?すげぇ疲れた顔してるけど」
「そんなことないよ。ほんとに、大丈夫、」


本当は来てくれて、会うことができて、凄く嬉しい。抱き着いて会いたかったって言いたかったし、毎日ヘトヘトだからちょっと癒してよって甘えたいとも思った。けれど、私は彼より2つも年上のお姉さんで、私よりもずっと頑張っている彼に負担をかけるようなことはしたくなくて。大丈夫、という呪文を、また唱えていた。


「私のことより一也君はどうなの?オープン戦始まったばっかりだし、期待の新人は2年目も注目されてるでしょ?」
「俺は今まで通りやりたいことやってるだけだから」
「そっか…凄いなあ…私ももっと頑張らなくちゃ」


頑張るって、これ以上何をどう頑張ったらいいのかなんて正直さっぱり分からなかったけれど、私は自分自身を奮い立たせるためにまた呪文を使ってしまった。大丈夫。頑張らなくちゃ。ずっとずっと自分に魔法をかけるために唱え続けてきた言葉だ。この魔法がないと、私はこの1年を乗り切れなかったかもしれない。
それなのに彼は、私がかけ続けていた魔法をいとも簡単に解いてしまった。そんなに頑張んなくていいと思うんだけど、って。大丈夫じゃないくせに大丈夫って言うのやめたら?って。ぎこちなく私を抱き締めて、これもまた不器用に頭を撫でながら。こんなの今まで数えるほどしかされたことがないっていうのに、どうして弱りきっている今してくるのだろう。タイミングが良すぎるではないか。


「なんで今日来てくれたの…?」
「なんとなく。名前が呼んでるような気がしたから」
「一也君ってエスパー?」
「はっはっは!まあそんなとこ。…ってのは冗談で。俺が、ただ会いたくなっただけ」
「一也君、普段そういうこと言わないじゃんか…もう…」
「少しは俺に頼ったら?彼氏なんだから」


私は、つい最近まで高校生だった男の子のくせに、ほんの少し会っていない間に逞しい男性へと変化を遂げていた彼に、ただただ翻弄されていた。そのせいで、一生懸命取り繕っていた大人の女の仮面はすっかり剥ぎ取られてしまって、本来の幼稚で甘えたがりで弱い私が姿を現す。
このまま甘えちゃっても良いのかなあ、なんて迷ったのはほんの数秒。今日だけは思い切ってたっぷり甘えてしまおうと決意したら意外にも呆気なく女の子に戻れてしまうもので、私は大きな胸に擦り寄って彼に抱き着いていた。たとえ年下の男の子だとしても、私を甘やかすことができるのは彼だけだ。


「今日泊まってよ」
「良いけど…明日仕事だよな?」
「うん。でも一緒にいたい」
「急に素直じゃん」
「そういう気分なの。…嫌?」
「別に嫌とは言ってない」
「私のベッド狭いからよく眠れないかもしれないけど…我慢してね」
「狭い方が良いじゃん。くっ付く口実ができて」
「…口実なんかなくてもくっ付いてよ」


じぃっと彼を見上げながらそう言ってやれば、意地悪く上がる口角が恨めしい。はいはい、って適当にあしらうような反応とは裏腹に、私をひょいと担ぎ上げてベッドに運んでくれるあたり、彼だって満更でもないくせに。
狭いシングルベッドで身体を寄せ合って眠りにつく。毎日とは言わずとも、もっとこんな日が増えたら良いのに、なんて我儘は口に出さない。けれど、彼は恐ろしくなるほど私の考えていることが分かってしまう人だから。これからはもう少し来るようにする、って。何の脈絡もなく囁いてくれた。
私にとって1番の魔法使いは、彼なのかもしれない。

滅びの呪文を
滅ぼす魔法

れいんさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
年下御幸を書くのはとても新鮮で楽しかったのですが、あまり書いたことがない分これで良いものか不安でいっぱいです…御幸って甘やかし下手っぽいので…甘やかし足りなかったらすみません…笑。
私の書くお話で楽しんでいただけて光栄です。温かいお言葉ありがとうございました!