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2nd Anniversary
thanks a lot !


※社会人設定


初めてその姿を見た時、彼はこのまま夜の闇に溶け込んで消えてしまいそうだなと思った。それぐらい不安定で、絵や写真の1枚のように整いすぎていて、現実味がなくて、とても美しかったのだ。
元々が端正すぎる顔立ちで、スタイルも申し分なし。男にしては細身かと思いきや実はそうでもなくて、案外しっかりした体格をしている。そんな男が、惜しげもなく上半身を晒け出したまま自分の家の簡素なベランダで白い煙を吐き出しているなんて、いまだに夢じゃないかと思う。黒、もしくはそれに限りなく近い濃紺の夜の帳に吸い込まれる紫煙が、彼を連れて行ってしまいそう。今日も私はそんなことを思いながら、ベッドの中、布団に包まって彼を静かに見つめる。
彼はいつか、すぅっと、音もなく、本当に溶けて消えるみたいに、私の元からいなくなるような気がしていた。どれだけ熱く口付けを交わしても、痛いぐらいに抱き締められても、飽きるほど求められても、好きだと、愛してると、噎せ返るような囁きを繰り返されても、絶対に離れないなんて保証や確証はどこにもない。特に彼は、及川徹という男は、本来私なんかが独占してもいい人物ではないから、唐突に忽然と姿を消したって、ああそっか、って。驚きもせず受け入れられると思う。というか、受け入れなければならない。そういう相手を好きになってしまったのは私なのだから。
先ほどまで私の全身を撫でまわしていた大きくて繊細な指で細いそれを挟み、口元を覆うようにして咥える。私はそのシルエットがお気に入りだった。何を考えているか分からないぼーっとした眼も、時々ふわふわ揺らぐ色素の薄い髪の毛も、全てが好きだった。
ふぅーっと吐き出される煙はすぐに消えて、けれどまた彼の口から吐き出され、そんなどうでもいい光景を眺める度に思うのだ。ああ、好きだなあって。何が、とか、どこが、とか、なんでこのタイミングで、とか、そういう難しいことは分からなくて、ただ漠然と、好きだなあって。その気持ちだけがじわじわと私を蝕んでいく。
そうして暫くそんな時間が流れて、ゆらゆら、揺れていた白が消えた時、彼がこちらを向いた。くるりと大きな瞳に私を映して、目を細める。手に持っていたそれはもう十分短くなったのだろうか。この距離では確認できないけれど、彼はベランダに置きっぱなしにしてある彼専用の灰皿に躊躇うことなくそれを押し付けると、カラカラと安っぽい音を立てて部屋の中に入ってきた。
季節はまだ3月を迎えたばかりで、この時間帯は結構な寒さだ。にもかかわらず上半身裸に下着を履いただけという恐ろしい状態で暫く外にいたのだから、布団に潜り込んできた彼の身体は当たり前のように冷たくて、私はぺたりと肌が触れ合った瞬間に、ひゃ、と変な声を出してしまう。


「冷たい」
「うん、寒かった」
「風邪ひくよ」
「そんなにヤワじゃないから大丈夫」


そんなことよりお前の方は大丈夫なの?と尋ねてくる彼の手は私の腰をするすると撫でる。いやらしい手つきではないところを見ると、本当に労わってくれているのだろう。明日はお互い仕事が休みだからと、昨日の夜早いうちから散々身体を重ねて、どうにかこうにか眠りについたのが1時過ぎだっただろうか。現在の時刻は夜中の3時を回ったところ。起きるにはまだまだ早すぎる。
私の体温を分けた甲斐あって、彼の肌は少しずつ温かくなってきていた。まだ色濃く残る煙草の香りは、最初こそ慣れなくて顔を顰めたものだけれど、今では落ち着くまでになっている。本当は身体のことを考えたら止めるべきだと思うし、もし私が、煙草やめてよ、と言ったら、彼は何の抵抗もなくすんなりと、いいよ、と言うだろう。そういう男なのだ。好きな女のためだから、とか、そんな綺麗な理由ではなく、ただ、何にも執着していないから簡単に捨てることができる。そういう、男。だから私を捨てることだって、きっと容易い。ちゃんと分かっている。私は私の立場ってものを。ちゃんと、理解しているのだ。


「やめてって言わないよね」
「煙草?」
「そう。最初嫌そうだったからいつか絶対言われると思ってたんだけど」
「言わないよ」
「なんで?」
「…なんでも」


煙草を吸うあなたを見るのが好きだから。綺麗だなあって見惚れて、好きだなあって感じて、その瞬間が愛おしいから。そう言ったら、彼はどんな反応をするだろう。何それ、って照れたように笑うだろうか。俺のこと好きだねぇ、って揶揄ってくるだろうか。それとも、へぇ、って興味なさそうに相槌を打つだけだろうか。どれもあり得そうだけれど、どれも違いそうだった。私は彼のことをいまだに何も知らないような気がする。
腕を私の首の下に滑り込ませて腕枕をしてくれるのはお決まりの行動。その滑り込ませた方の手で、するすると、私の髪を梳いて、掬う。もう片方の空いた手は私の手を探り当てて、指を絡ませる。額に寄せられた唇は相変わらず優しくて、既に全身に染み渡ったはずの好きという感情が更に濃度を増していく。


「もう少し暖かくなったらさあ」
「うん?」
「引っ越そうと思うんだよね」
「そうなの?」
「もう少し広くて、綺麗で、ベランダも広々してるようなところ。どう思う?」
「良いんじゃない?」
「名前ならそう言ってくれると思った」


ふにゃりと崩れた表情は少し頼りなくて、いつもより幼く見えた。どこら辺に引っ越すつもりなんだろう。暖かくなったらって、具体的にはいつ頃だろう。気になるけれど尋ねたりはしない。自分から深入りするのは怖かった。そんなこときいてどうするの?ってきき返されたら困る。掴めない彼のことを掴めるんじゃないかって勘違いしてするりと逃げられた時のことを考えると、どうしても踏み込めないのだ。
私の髪を弄ぶのも、絡み取った指先を擽るのも止めずに、彼は私の名前を呼ぶ。ねぇ名前、って。タンポポの毛みたいにふわっふわで飛んで行ってしまいそうなほど軽くて優しい声で。


「何?」
「お前も来る?」
「え、」
「一緒に住む?」


思ってもみない提案に、私は彼を見つめたまま固まってしまう。そんなに驚くこと?と、彼は眉尻を下げて困ったように笑っているけれど、私にとってはかなり衝撃的なことだった。だって、そんな、一緒に住むって。そんなに彼に近付いて良いのかなって思うじゃないか。そんなことをしたら、ここまでなら大丈夫、って今まで引いてきた線をぴょーんと飛び越えて、絶対入ってはいけないところに足を踏み入れてしまうことになる。それが、怖い。
彼は私に尋ねた。お前も来る?一緒に住む?どちらも疑問形。つまり私の答えに全てを委ねている。それもまた怖かった。私が決めて良いことなのかなって、何が正解なのかなって、不安ばかりが押し寄せる。
こんなにも考え込んでしまうのは、私が彼のことをどうしようもなく好きだと思っているからだ。自分でも馬鹿じゃないのって思うぐらい、離れたくないと思ってしまっているからだ。突然消えたって良い?捨てられたって良い?私の嘘吐き。そんなこと、1ミリも思っていないくせに。


「徹が決めてよ」
「良いの?」
「良いよ」
「じゃあ、」
「…じゃあ?」
「おいで。俺のところに」
「良いの?」
「良いよ」
「本当に?」
「…そんなに不安?俺といるのは」


いつも泣きそうな顔してる、って。彼は言った。彼の方が泣きそうな顔をしながら、ごめんね、って。下手くそでごめんね、って。そう言った。本当に消えちゃいそうなぐらい儚げに、恐る恐る私の指を撫でて、絡めていた手を離したかと思ったら頬を滑って上向かされる。ゴツン、とぶつけられた額に痛みはなくて、長い睫毛とくりくりの瞳が視界に入った。何度も思ったことではあるけれど、やっぱり、呆れるほど綺麗だ。


「来てよ、俺のところに」
「…うん」
「これでもちゃんと、本気で考えてるから。色々」
「色々?」
「そう、色々」
「期待しちゃうよ?」
「どーぞ。プレッシャーには強い方だから」
「…ごめんね」
「何が?」
「色々」
「色々?」
「そう、色々」


面倒臭くて。考え込みすぎちゃって。臆病で。好きで好きで堪らなくて。ごめんね。
ほんの数センチしかなかった距離を埋めて、彼の唇に自分のそれをぶつける。すぐに離れたけれど、今度はすぐに彼の方からぶつかってきて、また離れて、でもまたどちらからともなくぶつかって。いつの間にか離れることを忘れてしまって、気付いたら息をすることさえも疎かになっていた。随分と微かになった煙草の香りは彼の匂いとともに私に纏わりついてきて、鬱陶しくて、嬉しい。
体内にこもった熱を吐き出すために、はぁ、と大きく息を吐く。それでも熱は冷めなくて、てっきり彼もそうだと思っていたのだけれど、寝よっか、という珍しいセリフが降ってきて耳を疑った。こういう雰囲気の時は大抵そのまま流れるように事に及ぶはずなのに、今日はもう先ほどまでの行為で疲れてしまったのだろうか。


「寝るの?」
「そんな顔しないでよ。寝かせたくなくなる」
「寝たくないからいいの」
「…だめ。起きたら一緒に家探しに行くから」
「……ね、1回だけ」
「あのさぁ…1回だけで終わる方が辛いって分かってる…?」


そんなことを言いながらも結局どろどろに甘やかしてくれて、薄っすら外が明るくなってきた頃に眠りにつくのだから、私ってもしかしたら結構愛されてるのかも、なんて自惚れる。
次に目が覚めた時、彼はきっとまた狭いベランダで煙草を吸っているのだろう。暗闇に溶け込むみたいに、ではなく、高くまで昇った太陽の下、スポットライトを浴びるみたいに。そうして私はその姿を見て、また思うに違いないのだ。

毒いっぱいの中で精いっぱい死ね

まーむさま、この度は2周年企画にご参加くださりありがとうございました。
及川徹×煙草というセットが性癖すぎて書きながらニヤニヤしました…こういう展開で大丈夫だったか不安でならないのですが、お互い好きすぎて不安定な関係を書きたいなと思いまして…煙草もっと活躍しろよって感じなんですけど…素敵なシチュエーションを生かしきれず申し訳ありません。でも私は楽しかったです!(?)
こちらこそいつもありがとうございます!好きです!これからもずっと!共に及川徹を愛で続けましょうね…!